*七* 愛している
◆ ◆
ドレスに関しては、ラーウスさまは分からないということで、王妃さまが手伝ってくださることになった。
王妃さまの私室に王家専属の仕立屋が呼ばれ、あれでもない、これでもないと色々と試着をさせられたりした。
そして、解放されたのは、すっかり夜の帳が降りる頃となった。
「王妃さま、長い間、申し訳ございませんでした」
と謝罪をすれば、むしろ恐縮されてしまったのだけれど、恐縮するのはこちらの方だ。
「ごめんなさいね、あたくしのわがままであなたを長時間、拘束してしまって。でも、ほら、あたくしの子どもたち、みんな男の子でしょう? だから娘ができて、嬉しくて、思わずはしゃぎ過ぎてしまったわ」
そう言って、頭を下げられてしまい、わたしは大慌てで王妃さまに近寄った。
「そんな、頭をあげてください! むしろ、大変、助かりました。楽しんでいただけたのなら、僥倖です」
と言えば、王妃さまは、がばりとわたしに抱きついてきた。いきなり抱きつかれるのにはラーウスさまで慣れているけれど、まさか王妃さまにまで同じことをされるとは思っていなくて、驚いて、固まってしまった。
「もう、なんて良い子なのかしら! ラーウスにはもったいないわ!」
そんな、恐れ多いことを。
王妃さまからもとてもいい匂いがして、不敬にも思わず抱きしめ返し、そっとその香りを胸いっぱいに吸い込んだ。それは、なんだか母に似た懐かしい匂い。わたしの口からは思わず、
「お義母さま……」
と呟きが洩れていた。
その一言に王妃さまの身体がびくりとしたことで、ハッとした。
あまりにも失礼すぎたのではないだろうか!
慌てて身体を離そうとしたら、逆に、ますますぎゅーっときつく抱きしめられた。
「まあまあ、ルベル! あたくしのことを、お義母さまって呼んでくれるのね! もう、感激過ぎて涙が出そうよ!」
驚いて、王妃さまの顔を見れば、本当に涙ぐんでいて、わたしはさらに焦った。
「おっ、王妃さまっ」
「あら、やだ! お義母さまって呼んでよ」
「お義母さま……」
「そうよ、あたくしはあなたの義母になったのよ? すぐには難しいかもだけど、あたくしたちのこと、頼ってね?」
「はい、ありがとうございます」
王妃さまはしばらくの間、わたしのことを抱きしめていたけれど、気が済んだのか、ようやく解放してくれた。
「あぁ、本当に今日は楽しかったわ! 今度は二人でお茶をしましょうね」
「はいっ、お義母さま」
そう答えれば、王妃さまは花が咲くような、華やかな笑みを浮かべてくださった。美しい王妃さまのその笑みに、わたしは思わず赤くなる。
とそこへ、扉を叩く音がして、王妃さまが返事をすると、ラーウスさまの応えだった。
「母上、ずいぶんとルベルを独り占めしていましたね」
入室するなり、これである。
わたしと王妃さまの距離が近いことにラーウスさまは眉をひそめ、それからなぜか王妃さまから隠すようにわたしはラーウスさまの背中側に回された。
え、なんで?
「ドレスはどうなりましたか」
「えぇ、それはもう、素敵なものができそうよ。あとは普段に着るドレスも何着か用意させることにしたわ」
え、なんですって?
それでウエディングドレス以外のドレスも着せられていたのかと、このときになって初めて知った。
「ルベルは身長がありますし、姿勢もよいから、どのドレスを着せても映えるから、選ぶのに困ったわー」
「それなら、似合ったドレス、どれも作らせればよいではないですか」
「あらぁ、それをしたら、当分、ドレスを作らなくてよくなって、あたくしの楽しみがなくなるから駄目よ。ね、ルベル、またドレス選び、しましょうね」
「え、あ、は、はい……?」
え、またあの着せ替えをやるのですかっ?
「今は冬だけれども、もう少ししたら春ですものね。今回は冬と春のドレスを選んだけれど、今度は夏のドレスを作らなければ、ね」
ね、とおっしゃっても困るのですが。
普段はラーウスさまのお仕事を手伝うのだから、騎士服で充分だし、ドレスを着る機会なんて、そうそうないのではないのでしょうか。
ちなみに今日は、休日ではあるけれど、さすがに普段着ではまずいと思ったので、騎士服を着ている。
「明日の打ち合わせがしたいので、母上、これで失礼しても?」
「えぇ、いいわよ。ルベル、今日は楽しかったわ、ありがとうね」
「いえ、こちらこそ。大変、勉強になりました。長時間、ありがとうございました」
そう言って、騎士の最敬礼をすれば、王妃さまはくすくすと笑った。
「もう、ルベルったら、なにさせても様になるわね」
「そうなんですよ、自慢の伴侶ですよ」
「まあ、惚気、ごちそうさま」
と親子の気安い会話を後に、わたしたちは王妃さまの私室を辞した。
部屋を出て、廊下を歩いている途中で、ラーウスさまに疑問に思ったことを聞くことにした。
「あの、ラーウスさま」
「なんだい?」
「明日の打ち合わせとは」
そう聞けば、ラーウスさまは歩きながら、にやりと笑った。
「口実だ」
「え?」
「そうとでも言わないと、母上はルベルをいつまでも離さないだろう?」
「…………」
いや、さすがにそれはないでしょう。
と思ったけれど、あの流れからして、下手したら『一緒にお夕飯を食べましょう』的な流れになりかねなかった。それは確かに助かった。
「それよりも、ルベル」
「はい」
「疲れていないかい? どうせ母上のことだ、休憩なしでずっとドレス選びをしていたのだろう」
そう言われて、初めて、休憩がなかったことを思い出した。
「そういえば……。お義母さまに悪いことをしました」
「おや、もうお義母さまと呼んでいるのか」
「はい。母のように親身に色々と気にしてくださいましたし、なによりも、母と同じ匂いが……あ」
とそこまで言って、わたしは慌てて口を閉じた。
そのことについて、ラーウスさまはこの場では特に追求はしてこなかった。
ラーウスさまに手を引かれて、そのまま執務室へと向かった。
部屋に入ると、独特の薬草の匂いが鼻につんとしたけれど、わたしはこの匂いが大好きだ。だから深呼吸して、その匂いを堪能していると、ラーウスさまが急に抱きついてきた。
途端、部屋の薬草の匂いと、ラーウスさまから漂う、甘い匂いが混じり、クラクラとしてきた。
わたしを魅了する、ラーウスさまの甘い匂い。
ラーウスさまはいつもより強く抱きしめて来たので、わたしの鼻はラーウスさまの肩の辺りに押しつけられる格好になった。
すると、さらに強くなる甘い匂い。
ラーウスさまのこの匂い、あまりにも魅惑的過ぎて、頭がぼんやりとしてくる。
「今日一日、ルベルと離れていて、苦しかった」
わたしの耳元に切なく響く甘い声に、さらにクラクラとしてくる。
「ルベル、私はキミのことを愛しているんだ」
“気に入っている”からいきなり“愛している”に格上げされたことに気がつき、それと同時に、殿下からの甘い匂いが強くなり、意識が飛びそうなくらい、クラクラとしてきた。
この殿下の甘い匂い、ここまで来たらあまりにも毒過ぎる。
周りを渦巻く薬草の匂いまで甘く感じてくるのだから、不思議だ。
「ルベル、今日はキミを部屋に帰したくない」
「え……」
その意味することに、さすがのわたしも気がついた。そこまで鈍くはない。
「ルベル、湯浴みをして、隣の部屋で待っていてくれるかい?」
戸惑いが大きかったけれど、そこまで求められて、いいえとは答えにくい。
それに、ラーウスさまに会ってから気がついたけれど、わたしも今日一日、ラーウスさまと離れていて、淋しかったのだ。
「……はい」
そう答えれば、ラーウスさまは真っ赤になって、嬉しそうに笑ってくれた。