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婚約破棄から始まるけれど、どこまでもやさしい世界  作者: 倉永さな


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*五* 結婚しましたが、日常は変わりありません

     ◆   ◆


 ラーウス殿下と指輪をそれぞれすることになったのだけど、どう見てもこれ、わたしの指にも殿下の指にも大きすぎると思うのですけど。

 だけど、周囲の指輪をしている人のことを思い出してみると、みんなの指にはまっている指輪はどれもぴったりで……。

 やっぱりこれ、失敗なのかしら?

 そんなことを思いながら、まずは殿下の指にわたしから指輪をはめると、それは不思議なことに、ぴったりになった。えー、すごい!

 次に殿下はわたしの手を取り、左の薬指にするりと指輪を通した。すると、しゅるんと縮まり、ぴったりのサイズになった。

 あまりのことに指輪をされた側の左薬指をまじまじと見つめていると、隣の殿下がくすりと笑った。


「ルベルを見ていると、いつも新鮮でいいな」

「そうですね、とても素直ですし、何事にも驚いてくれて、見ていると楽しいです」

「おまえが褒めるなんて、珍しいものだな」

「えぇ、俺もルベルのことは“気に入って”いるからな」

「やらん。ルベルはもう私のものだ。おまえの元の遣いも別の者にしよう」

「それは止めてほしい。ルベルと話すのはとても楽しいのに!」

「……おまえ、私からルベルを盗ったり」

「するわけがないでしょう! なにを言っている。俺はピウスさまのモノ。生涯、ピウスさまにずっと仕えると宣誓した身。そんなことをするわけがない」

「……それなら、いいんだが」


 じとっとした目でルークスさまを見るラーウス殿下が信じられなくて、目を丸くしていると、二人は同時に笑った。


「もう、わたしでからかうのは、止めてください!」

「いや、ルベルがあまりにもかわいいから」

「かわいくともなんでもないですっ」


 思わず感情を表して、ムッとした表情を浮かべると、殿下が慌てるのだから面白い。


「いや、済まなかった。あまりにもかわいくて、つい」

「もうっ、止めてくださいって」

「分かった、もうしないから」


 そう言いつつ、殿下はルークスさまと一緒にくすくす笑っている。

 これはまた、同じようなことをされるに違いない。もうっ、ほんっとーに失礼しちゃうわ。


「ラーウス、もう時間も遅い。そろそろ部屋に帰れ」

「あぁ、そうだな。ルベル、帰ろう」

「はい」


 ルークスさまのその声に、わたしたちはまた来たときと同じように手をつないで、いったん、殿下の部屋へと戻った。


「さて、ルベル。夜は遅いが、今後のことについて少し話をしたい」

「はい」


 殿下に導かれて、わたしたちは並んでソファに座った。

 いつもなら斜め前に座るのに、今日は驚いたことに隣り合わせだ。その意味することに、わたしの頬は自然と赤くなる。


「ルベル、私と結婚してくれて、ありがとう」


 殿下はそういうと、わたしの左手を取り、指輪を撫でた。ぞくりとしたなにかが背中を駆け上がり、思わず身を縮める。


「あの……わたしこそ、ありがとうございます」


 そう言って殿下に身体を向ければ、やさしい笑みを浮かべた殿下がそこにいた。

 わたしの好きな、殿下の笑み。

 それはそれは幸せそうで、わたしも自然に笑みを浮かべていた。


「ルベルはわたしの妻になったわけだけれども」

「は、はいっ」

「明日と明後日は休みだからともかくとして、休み明けからは、前と変わらず私の仕事を手伝ってほしい」

「はい!」


 そう、実はそこをかなり心配していたのだ。

 殿下の従者であるわたしが殿下とあっさりと結婚してしまったけれど、これでいいのかともかくとして、これからのわたしの待遇はどうなるのか、分からなかったのだ。

 それが今までどおりに仕事を手伝ってほしいと言われて、正直、ホッとした。


「とはいえ、明日と明後日で、ルベルは結婚式の準備をしなければならないな」

「えっ。ちょ、ちょっと待ってください! 結婚式、いつするのですか」

「そうだなぁ……さすがに明後日というわけにはいかないから、準備期間を入れて……早くとも一ヶ月後くらいかなあ」

「そ、そんなに早く、ですか?」

「明日はウエディングドレスを作るために採寸をするだろ」

「ウ、ウエディング、ドレ、ス」

「あとは、式はルークスにしてもらうとして、神殿で行うから……招待客の調整と、準備と……うーん、一ヶ月後は難しいな、さすがに。となると……」


 と殿下はなにやら考えていて、それからうなずいた。


「三ヶ月後がちょうどよいかな」

「三ヶ月……」


 普通、結婚式って半年とか一年とかかけて準備をするものだと思っていたので、あまりの短さに驚きを隠せない。


「ケラススもちょうど見頃となるし、美しい花嫁姿が見られるだろうなぁ」


 うっとりとした表情の殿下を見て、わたしなんかより美しい殿下のほうがケラススの花に映えるのではないかと想像して、あまりの美麗さにくらりとめまいがした。

 うん、明らかにわたしより殿下の方がケラススの花によく似合う。

 美しいってずるい。


「神殿の周りにもケラススがたくさん植えてあるから、それはそれは美しい結婚式になるだろうな」

「そうですね……」


 ケラススは、春の一時期にしか淡い桃色の花を咲かせない。そしてそれが散る姿がこれこそ美しいのだ。ひらひらと空を舞い上がる、淡い桃色の花びら。夢の世界のように美しく、安らぎの夜の女神の神殿にふさわしい儚さと淡さを兼ね備えている。


「ということで、ルベル。三ヶ月後を目指して、明日から頑張ろう」

「はい」


 殿下の仕事の手伝いといっても、それほど大変ではない。けれども、殿下の仕事を手伝いながらの結婚式の準備って、想像がつかない。


「招待客の調整は私がやるけれど、ルベル、キミが呼びたい人はリストアップしておいてほしい」

「はい、かしこまりました」

「あ、それ。私と結婚したのだから、もう敬語は止めてくれないかな」

「え……とは申しましても」


 いきなりそんなお願いをされても、染みついたものはすぐには無理だ。


「となるよねぇ。うん、真面目なルベルらしい回答だ。仕事のときは今までどおりでいいけれど、今はプライベートな時間だよ?」


 殿下の言いたいことは分かる。分かるけれどもだ。


「努力はいたします」

「うん、すぐにとは言わない。ゆっくりでいいから、ね」


 殿下はいつも、こうして譲歩してくれる。

 無理にとは言わない、ゆっくりでいい、といつもわたしの歩調に合わせてくれる。

 だからその思いに報わなければならない。


「そ、それでは、殿下。私的な時間のときは、ラーウスさまとお呼びしても、その、よろしいでしょうか」


 そう言えば、殿下は驚いたように目を丸くして、それから破顔した。

 それはとても嬉しそうな笑顔で、こっちまで幸せになってくる。


「あぁ、いい提案だね。さまは付けなくていいよと言いたいところだけど、それもすぐには無理だろうから、ラーウスさまでいいよ」


 いきなり呼び捨てはそれはとてもではないけれど無理だ。

 でも、それでも喜んでいただけたので、よいとしよう。


「ラーウスさま、それではわたしは部屋に失礼してもいいでしょうか」

「え、あ、そうだね。うん、今日のところはそうしようか。部屋もすぐに準備させるから、二・三日、待っていて」

「あ……そ、そう、です、よね」


 そう言われれば、そうだ。

 結婚したのだから、一緒の部屋で寝起きする方がごく自然な流れだ。

 それに、ラーウスさまと結婚したというのに、同じ城内の敷地にあるとはいえ、いつまでも騎士の宿舎にいるのも、色々と問題だろう。


「色々と、ありがとうございます」


 そうお礼を言い、立ち上がろうとしたら、ラーウスさまはわたしの手首を引っ張り、身体を引き寄せられ、ギュッと抱きしめられた。今までもたまにされていた抱擁であるけれど、関係が変わったせいで、ものすごく胸がどきどきと高鳴り始めた。

 ラーウスさまはしばらくの間、わたしを抱きしめていたけれど、なにかを諦めたかのようなため息を吐き、耳元で小さく囁いた。


「それでは、ルベル、お休み」


 そうして頬になにか温かなものが触れ、離れた。

 それがなにかと分かった途端、わたしは今日の中で一番、真っ赤な顔になった。

 ラーウスさまがわたしの頬にキスをした!


「すごい真っ赤だ、ルベル」

「ラーウスさまっ!」


 不意打ちでそんなことをされたら、どうすればいいのか分からず、困るから止めてください! と言いたかったけれど、名前を呼ぶのがやっとだった。


「ふふ、これから少し仕事をして寝ようと思ったけれど、ルベルのおかげで頑張れるよ」

「ラーウスさま、あまり無理をなさらないでくださいね」


 真っ赤な顔のまま、それだけ言うと、そそくさとラーウスさまから離れて、慌てて部屋を辞した。

 ラーウスさまの側にいると、心臓がいくつあっても足りないくらい、いつもどきどきさせられて来たけれど、今日は一生分のドキドキがあったのではないかと思うほど、ドキドキの連続だった。

 さっきのあれが一番のドキドキだ。


「もうっ」


 わたしは口の中でそれだけ呟き、いそいそと自室へと戻った。

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