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*三* 強制的に結婚することになりました

     ◆   ◆


 殿下はそれはそれは機嫌よく、にこにこと笑みを浮かべて続けてくれた。


「私はね、ルベル」

「…………」

「私の仕事をきちんと理解してくれる人と、結婚したいと思っていたんだ」

「…………」

「それにね、ルベル。私はキミのこと、これでも気に入っているんだよ」


 人嫌いと噂のある殿下だけど、最初からわたしにはやさしかった。だからそんな噂は嘘だと思っていたけれど、でも、しばらくの間、見ていたら、殿下は人によって、態度を変えることがすぐに分かった。

 嫌いな相手には、嫌いという態度を表に出し、どうでもいい相手には、どうでもいい対応を。少し好意を持っている相手でも、素っ気ない。

 それでも、殿下は最初から、わたしにはやさしかった。

 それはきっと、殿下の護衛騎士という役目で、わたしが女だから手加減してくれているのだとばかり思っていた。

 それが今の、気に入っている、の一言だ。

 これは驚きではないだろうか。


「キミは、私のことを、とても理解してくれている。仕事も手伝ってくれる。歳が少し離れているけれど、そんなのは些末なことだ。キミ以上に魅力的で条件のよい相手なんて、いるわけがないんだよ!」


 と殿下は力説するけれど、そんなことはない。

 わたしは殿下の護衛騎士であり、ついでに仕事を手伝っているという身分であり、殿下と結婚するにはとてもではないけれど、身分差がありすぎる。


「殿下、大変ありがたいお言葉ばかりですが」

「が、なんだ」

「殿下とわたしでは、身分があまりにも違いすぎます」


 そう言えば、殿下はそれはそれは楽しそうに笑ってくれた。

 うーん、殿下のこの笑顔、好きなんだよなぁ。

 殿下が結婚しても、わたしはここで変わらずこの笑顔を見ることができるだろうと思っていたから、早いところ身を固めてくれれば、毎日毎日やってくる見たくないお見合いの書類を見なくて済むようになると、このときまでは思っていた。


「あれ、ルベル、キミは知らなかったのかい」

「知らないとは、なにを、ですか……?」


 知らないことは多いけれど、なにを知らないと言うのだろうか。


「キミの家、侯爵家だって、知らなかったの?」

「……へっ?」


 思わず、間抜けな返事をしたことを許してほしい。

 だって、町の隅でオース家よりも小さな家に住んでいるわが家が、侯爵家だなんて、なんの冗談だろうか。オース家が侯爵家と言われたら納得だけど、それはあり得ないのではないだろうか。


「そんな話、聞いたことがありません」

「あー、そんな気がしてたんだよね」

「…………」

「そもそも、私の騎士になれるというのは、腕もだけど、身分も関係があるって、知ってた?」

「もちろん、存じております」


 ようやく、普段どおりに接することができるようになってきた。それだけショックが大きかったのか、婚約破棄。

 殿下の側近ともなる騎士であるから、腕はもちろん、身分も保証されていないとなれないってのは知っていたけれど、わたしはてっきり、第二王子に鍛えられて、耐え抜けたからだとばかり思っていた。

 まさかのまさか、わが家が侯爵家だったというのも関係があったとは。


「まあ、キミの家が侯爵家じゃなくても、私はキミを起用していたけれどね」


 と意味深なことをいう殿下に、わたしはどういう顔をすればいいのでしょうか。


「キミのお父上からも了承を得ているし、私の両親もルベルのことを気に入ってくれているし、この結婚には賛成してくれている」

「…………」


 ちょっと待って。

 殿下が用意周到で、悪巧みをする人ってのは嫌ってほど知っているけれど、今回のこれ、一番、最悪なのではないでしょうか。

 うちの父の了承を取っているのもどういうことよって感じだし、それよりなにより! どうして陛下と王妃にすでに話しているわけですか! それなのにどーしてお見合い話が未だに来ているのですか!


「ルベル、キミは気がついてないかもしれないけれど、私のお見合いの書類を見ているとき、いつも不機嫌な顔をしているんだよ。てっきり嫉妬してくれていると思っていたんだけど、違っていたの?」


 え、わたし、そんなに不機嫌な顔をしていましたかっ?

 思わず、ぺちぺちと自分の頬を押さえれば、殿下は面白そうに笑ってくれた。


「ルベルも好意を抱いてくれていると思っていたんだけど、それは私の勘違いだったのかな?」


 そう言って、殿下は今まで見たことがないほど甘い笑みを浮かべ、わたしの頬に手のひらを当ててきた。

 殿下は緊張しているのか、少ししっとりした手のひらだった。しかもいつもより熱くて、思わず殿下の調子がよろしくないのかと心配して顔を上げれば、幸せそうに目を細められた。

 殿下のこんな表情、初めて見る。

 うわぁ、珍しいものが見られたー! なんて余裕はまったくなくて、あまりの恥ずかしさに視線を逸らしたいのに、頬に手のひらを当てられているせいで、顔を動かすことができなかった。

 灰色の瞳が、真っ直ぐにわたしを見ている。殿下の表情はとても切なそうで、それでいて幸せそうだった。この表情はわたしが休日の日に殿下が訪れた時に見せる表情と一緒で……。その意味するところをようやく理解したわたしは、耳まで熱くなってきた。


 もしかして殿下、前からわたしのこと……?

 いやいや、それはあり得ないわ。だって今回の求婚、わたしの秘密をばらさない代わりに、お見合い話を断るための手段でしかないのだから。たまたま殿下の都合がいい相手がわたしであって、わたしのことが好き、なんてことはないのよ。


「ねぇ、ルベル? 答えて? 私と結婚、してくれるかい?」


 殿下はとても必死な表情をして、わたしの顔を見つめていた。

 わたしは赤い顔のまま殿下の顔をじっと見て、考えた。


 これは、契約。

 殿下はお見合い話を断るのに疲れている。お見合い話が来ないようにするには、結婚するしかない。

 そして、殿下が言うには、わたしは大変、都合がよいらしい。

 わたしはというと、結婚に特に夢を見ているわけでもなく、自分がすると思っていなかったし、なによりも、つい先ほど、婚約を破棄された身。

 しかもわたしは、殿下に弱みを握られている。

 ここで承諾しなければ、わたしは獣人であるということがばれて、貴族に捕まえられて、鎖に繋がれて見世物になるだけ。


 返事は一つしかない。

 わたし、殿下のこと、嫌いではない。いや、むしろ、好きだ。

 この独特の甘ったるい匂いも、殿下がまとう雰囲気も、そしてなにより、わたしは殿下の笑顔が大好きだ。

 これがわたし一人のものになるなんて考えたことがないし、なんて贅沢なことだろうと思うけれど、うなずくことしかできない状況だった。

 だからわたしは、小さくうなずいた。


 それを見た殿下は、本当に本当に幸せそうに笑った。

 うわぁ、殿下のこんな顔、初めて見た!

 今日は殿下の初めてをたくさん見たような気がする。


「ルベル、嬉しいよ。それでは、今から結婚をしようか」

「……えっ」

「今日は幸いなことに、神殿の夜番はルークスなんだ」


 ルークスというのは、殿下の幼なじみであり、国の最高位の神官であるルークス・フィデースさまのことだ。殿下の遣いで頻繁にお目にかかっている人でもある。


「ルークスさまがですか?」


 夜番というのは、もっと位の低い神官がするものだと思っていたので、驚いて目を見開けば、殿下は小さく笑った。


「あいつは光の神官のくせに、夜が好きなんだよ。だから自ら夜番を買って出ているようだ」

「そうなんですか」

「夜の方が女神のお力が強くなるからね」

「……そういえば」

「うん」

「わがアーテル国は安らぎの夜の女神であるピウスさまを奉じているのに、ルークスさまは光の神官ですよね」

「あぁ。闇ができるのは、光があるからだ。光がなければ、闇はできない」

「……でも、夜には光はありません」


 思わず反論してしまったけれど、殿下は特に顔色を変えることなく、それよりも嬉しそうに口を開いた。


「そう、夜は光がない。しかし、夜が夜たるのは、朝と昼があるからだ。それらがなければ、ただの闇の世界だ」

「夜が夜であるために、光がある……」

「そういうことだ」


 少し不思議に思ったけれど、確かに光がなければ、夜はただの闇の世界だ。

 今だってこの部屋を柔らかく照らしているのは、殿下の魔力で灯されている魔法灯だ。これは火魔法ではなく、光魔法だと前に殿下から説明があった。

 さすが国の最高位の魔法使い。どの属性の魔法も使えるなんて、すごすぎる。

 わたしはそんなすごい人と結婚することになってしまったのか、と改めて考えて、あまりの怖れおおさに今さらながら、怖じ気づいてきた。


「あの、殿下」

「うん?」

「結婚相手、本当にわたしでいいんですか?」


 思わずそう聞いてしまった。

 すると殿下は、困ったように眉尻を下げ、わたしの顔を見た。


「私では不満かい?」

「いえっ、違います! 殿下にはもっとわたしよりふさわしい方がいるのではと思ったので……」


 そう言えば、殿下はまた、困ったような笑みを浮かべた。


「私はルベルがいいんだよ。ルベルは私では駄目なのかい?」


 そう聞かれれば、どう答えればいいのだろうか。

 わたしも、殿下のことは好きだ。


 ……とそこで、ようやくわたしは自分の気持ちに気がついた。

 わたしは、殿下のことが、好きだ。

 殿下のまとう雰囲気も、独特の甘い匂いも、そして、なによりも好きなのは、殿下の笑顔。あとは灰色の長い髪を一つに結んでいる髪が動く度にゆらゆらと揺れるのを見ているのも好きだ。


「あの……わたしも、殿下のこと、好き、です」


 そう答えれば、殿下は見たことがないほど真っ赤になって、嬉しそうに笑ってくれた。

 そのはにかんだ笑みも、初めて見るもので……。

 わたしも一緒に、赤くなった。

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