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婚約破棄から始まるけれど、どこまでもやさしい世界  作者: 倉永さな


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*二十九* 帰還

     ◆   ◆


 母さんは、わたしが城に帰る前に、乾燥したウィケウスの花を煎じたものを用意してくれた。

 あたりにあの独特な甘い香りが漂うのだけど、わたしは反射的にあの苦さを思い出し、思わず顔をしかめた。だけど、あれを飲まなければ、わたしは城には帰られない。


「ルベル、そんなに不味いのかい?」


 とは、前から興味津々だったラーウスさま。


「飲んでみますか……?」

「あぁ、一度、飲んでみたかったんだ」

「それでは、少し残っているのを……」

「いや、ルベルが飲んでいるのを少しもらう」

「えっ」


 そう言うなり、ラーウスさまはわたしの目の前に置かれたカップを手に取り、ウィケウスの花を煎じた物を口にした。途端。


「……苦い」

「そうなんです。匂いは甘いのに、味が苦いんです」


 頭ではそうだと理解しているのに、このギャップに未だに慣れない。


「しかし、なんだか癖になる味だな」


 そんなことを言うのは、ラーウスさまくらいではないでしょうか。

 わたしはいつも、ウィケウスの花を煎じた物を冷やしてから、一気に飲む。本当は熱いのを飲んだ方があまり苦くないのだけど、ちびちびと飲むのは憂鬱になる。

 冷めるのを待っている間、ラーウスさまは父さんとなにか話をしていた。

 そういえば、ラーウスさまは父さんと文通らしきしていたと話をしていたけれど、本当なのだろうか。


「ねぇ、母さん」

「なぁに?」


 父さんとラーウスさまが話し込んでいるのを、母さんはにこやかな笑みを浮かべて見ていた。


「父さんとラーウスさま、手紙のやりとりをしていたと聞いたのだけど」

「えぇ、月に一度程度かしら。ルベルがラーウス殿下付きの騎士になるちょっと前から始まったみたいよ」

「えっ、そんな前からっ?」

「なんでも、ルベルはラーウス殿下にとって、いなくてはならない存在だとか、結婚をしたいだとか、結構、熱烈な内容だったみたいよ」

「…………」


 なんですか、それ。聞いているこちらが恥ずかしいのですけれど!


「ラーウス殿下でなければ、一蹴するところだったみたいだけど、相手が相手だから、父さんはのらりくらりとお手紙のやりとりを楽しんでいたみたいよ」

「……父さん……」

「あなたがどれだけお転婆だったのかってことも、かなり書いていたみたいよ」

「うわあああ、止めてええ」


 だって、ここはとても平和で、家の手伝いはしていたけれど、それだってわたしが出来ることってのは限られていたから、暇だったのよ! それに、いたずら好きな兄さんと一緒になって、あちこちいって、いたずらするのも楽しかった。こんなお転婆になったのは、兄さんのせいでもあるんだから!


「でもまあ、お父さまはオース家を嫌っていたから、結果的にはラーウス殿下のところに嫁げて、よかったんじゃないの? ほら、見てごらんなさい。お父さまの機嫌のいいこと。珍しいわ」


 いつもは仏頂面ばかりしている父さんが、楽しそうに話をしているのは、確かに珍しい。

 二人の様子を見ながら、わたしは覚悟を決めて、ウィケウスの花を煎じた物を一気飲みした。

 うん、今日も苦い!


「あなたも毎日これを飲まないといけないなんて、大変よねぇ」

「……本当にね」

「週に一度でも、嫌だものね。毎日これを続けられるルベルを、わたしは尊敬するわ」

「そんなところで尊敬されても、嬉しくないわ」


 はー、とため息を吐き、数日分の乾燥させたウィケウスの花を受け取り、わたしは立ち上がった。


「ラーウスさま、お待たせいたしました」

「いや、大丈夫だ。君のお父上は、なかなか興味深いことをたくさんご存じだ。今後もお手紙のやりとりを続けてもよろしいでしょうか。色々とまだ聞きたいことがあります」

「わたくしでよろしいのでしたら、いくらでもお聞きくださいませ」


 和気あいあいとした空気の中、わたしとラーウスさま、ルークスさまは小屋を出た。


「また来ます」

「ちょっと待て、ラーウス! おまえ、また来ますって……!」

「あぁ、こっちに魔法陣を残しておけば、いつでも行き来ができるからね」

「いや、だから、ちょっと待てって。そうそう簡単に行き来されても困るから!」

「なぁに、問題ない。ルベルのためだ」


 わたしのためって、なんですか、それ! わたしに責任を押しつけないでください、ラーウスさま!


「私のわがままでルベルをなかなか実家に帰らせてあげられないし、ここは私の第二の実家でもある」

「…………」

「だから、いつ来たって問題ないだろう?」

「えぇ、もちろんでございます」


 父さんまで!

 それを聞いたルークスさまは、がくりと肩を落とした。


「……負けた」


 勝敗の問題ではないと思いますが、わたしも同じ気分だったので、小さくうなずいておいた。


     ◆   ◆


 結局、ラーウスさまの言葉に負けたわたしたちは、あの洞窟の中に魔法陣を敷くことになった。

 ラーウスさまは懐からなにかを取りだし、液体を地面に撒いた。その後、杖を手に取り、地面をトン……と叩いた。すると、黒く輝く光が地面に走り、複雑な模様を描いた。それは見覚えのあるもので、どこで見たのだろうと少し考えて、思い出した。そうだ、執務室の床に描かれていた模様と一緒だ。


「今、なにを……?」

「転移魔法の媒介となる液体を撒いたのだよ」


 てっきり、地面にカリカリと手描きで魔法陣を描いているものだと思っていたから驚いていると、ルークスさまは否定するように首を振った。


「そこの男が規格外だから、そういうことができるんだ。普通は媒介を使って魔法陣を描く」

「そうなんですね」


 ラーウスさまがすごいってのは聞いていたけれど、どれくらいすごいのかは知らなかった。そうだよね、みんながみんな、こんな感じで魔法を使えるのなら、もっと魔法が普及しているはずだものね。


「これでここにこの魔法陣を定着させる」

「え、そんなことができるのですか」

「あぁ。ここは人の出入りがないとはいえ、なにがあるか分からないからね。消されないようにしておく」


 そう言った後、ラーウスさまはなにか呪文を唱えていた。たぶんそれが、定着のためのものなのだろう。


「定着といっているけれど、要は保存魔法だ。保存魔法もなかなかに高等技になる」

「へー」


 魔法の簡単な知識はあるけれど、それがどれだけのものなのか、どういった種類なのかまではさすがに分からない。ルークスさまは専門で学んでいるだけあって、わたしに分かりやすく解説してくれた。


「魔法陣は、時間と共に薄れていくものなんだ。一度きりの使い捨てならそれでいいんだが、ラーウスは本気でここと城との行き来を考えているみたいだからな。……止めても無駄だから、止めないが、行く前には俺に連絡を入れろよ、ラーウス」


 ラーウスさまは呪文を唱えながら、ルークスさまの言葉に小さくうなずいた。

 ラーウスさまは保存魔法も唱え終わったのか、大きく息を吐いた。


「さて、これで帰ろう」


 ラーウスさまはわたしとルークスさまに魔法陣の中に入るように言い、わたしたちが入ったのを確認すると、呪文を唱え始めた。

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