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婚約破棄から始まるけれど、どこまでもやさしい世界  作者: 倉永さな


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28/30

*二十八* “ざまぁ”ってなんですか

     ◆   ◆


 危機は去ったので、わたしたちは城に帰ることになったのだけれど、ここで母さんがずいっとラーウスさまの前へと身を乗り出した。


「ラーウス殿下。一つ、お願いというか、提案があるんです」

「提案?」


 ラーウスさまは訝しげな表情で、母さんを見た。母さんは白い髪をゆらゆらさせながら、口を開いた。


「うちのかわいいルベルを振った、オース家のカニス青年を見てみたいと思いませんか?」


 母さん、なんてことを!

 ラーウスさまもその一言に、表情を輝かせた。


「それはいい提案です。ルベルを振ってくださったおかげで、私が結婚できたのですから。お礼を言いに行かなくては」


 うわぁ、ラーウスさま、性格悪いですよ、それ!


「もちろん、案内をしてくださるのですよね?」


 とラーウスさまはにっこり。それに対して、母さんも赤い瞳を細めて、にっこり。


「もちろんでございますとも」


 なに、これ。

 二人とも、性格悪いと思いますよ!


 父さんと兄さんは、小屋でお留守番となった。

 ご機嫌なラーウスさまに手を取られて、母さんを先頭に、わたしたちはオース家に行くことになった。

 いつもの母さんはおっとりしているのに、今日はなんだかいつもと違って見えた。身体が弱いんだから、無理していなければいいんだけど。

 というわたしの心配をよそに、母さんはずいぶんとご機嫌だった。


「でも、わが家としても、カニス青年と婚約破棄になって良かったと思っていますのよ」

「ほう?」

「ルベルが幼い頃、ルベルの将来を心配したわたしの父が勝手に決めたことですのよ」

「そうだったのですね」

「ルベルは幼い頃からお転婆で、このままでは行き遅れてしまうと父が余計な心配をしましてね」

「お転婆……」


 母さん、なんてことをラーウスさまに言うのよ!


「ルベルは素敵ですよ。活動的で、キラキラしていて、そしてなにより、やさしい」

「そう褒めてくださるのは、ラーウス殿下だけですよ」

「そんなことはないですよ。私の兄も、ルベルのことを褒めていました」


 ラーウスさまが今言っているお兄さまって、第二王子かしら? あの方が人を褒めるなんてあるのっ?


「おまえには、ルベルくらいのじゃじゃ馬がちょうどよい、と」


 ラーウスさま、それ、褒めてない! 褒めてないです!

 ラーウスさまの言葉に、母さんとルークスさまが同時に笑い出した。

 やっぱりそこ、笑うところですよね……。


「ラーウス、それ、褒めてないぞ」

「いや、褒めているぞ。口を開けば罵詈雑言しか飛び出さない次兄にしては、褒め言葉だと思わないか?」

「そうかもしれないが……」


 ルークスさまは涙が出るほど笑っていた。そんなに笑わなくても……。


「ふふふ、面白いですわね」


 母さんもくすくすと肩を震わせて笑っていた。

 もう。


 そうこうしていると、町の入口にたどり着いた。

 一見したところ、特に壊れているようにもなくて、ホッとした。

 久しぶりの町は、夜のせいで、静まり返っていて、ちょっと淋しい。

 静かな町をわたしたちは黙って歩き、町の中心にある一際大きなお屋敷の前にたどり着いた。


「オース家に到着いたしましたわ」


 記憶の中のオース家と変わりのない、大きなお屋敷。

 やはりこれを見ると、町はずれのわが家が侯爵家だなんて思えない。

 母さんは躊躇することなく、扉についている呼び鈴を押した。

 なにも考えないで来たけれど、夜に、しかも、なんの連絡もなく来るのって、非常識じゃない?

 と思っていたけれど、それほど待つことなく、扉が開き、記憶の中よりもずいぶんと歳を取ったオース家の当主が姿を現した。


「お待ちしておりました」

「いいえ。突然の訪問、失礼いたします」


 そのやりとりで、母さんが昼間にオース家に連絡を入れていたことが分かった。


「立ち話もなんですので、中へ」

「なんたって、今はピウスさまのお時間。すぐに戻りますので、こちらで失礼いたします」


 長話をする気はないと知り、ホッとした。


「カニス青年は?」

「こちらにおります」


 と、オース家当主の後ろから、茶色い髪の一人の青年が現れた。

 幼いとき、一度だけ会ったことのある、カニス。あの頃は金髪で、かわいらしい姿をしていたような気がしたけれど、今は、目つきが悪く、しかも顔色もよくなくて、素行が良くない生活をしているのが顔に表れていた。


「この度、ルベルが結婚しましたから、報告に来ましたの」

「あぁ、その節は、大変、申し訳なく……」

「いいえぇ。おかげさまで、いいご縁に恵まれまして、結婚をいたしましたのよ」


 その一言に、カニスは目を見開き、わたしを見た。

 カニスがなにか言葉を口にしようとしたとき、家の中の扉が開いて、綺麗な女性が出てきた。その人は、大きなお腹を抱えていた。見覚えのある顔だけど、すぐにだれだか思い出せない。


「あら、だれか来たの?」

「え……あ、あぁ」


 しばらく考えて、出てきた女性がだれだか思い出した。

 そうだ、昔からなにかあるごとにわたしに突っかかってきていた、ドロースだ。

 ドロースの家は、町中で商売をしていて、かなり裕福な家だ。一方のわが家は、町はずれの小さな家で慎ましく暮らしていた。華やかな生活がすべてだと思っているドロースは、わたしの家のことが信じられないようだ。そのことでいつもなにか言ってきていた。対するわたしは、別にあの生活に不満はなかったし、むしろ、楽しかったので、そのことを言われるのが嫌だった。

 もしかしなくても、わたしと婚約を取りやめたのは、ドロースを孕ませてしまったからなの? そんなところだろうとは思っていたけれど、わたしはホッとした。素行が悪いと聞いていたけれど、ドロースのことは見捨てなかったのだ、と。

 しかし、緊迫している空気を読まないドロースは、わたしを見るなり、ゲラゲラと笑い出した。


「あら、やだ。なんでそこの人、耳出して来てるの? 非常識~」


 すっかり忘れていたけれど、わたしの耳と尻尾は出たままだった。このままでは城に戻れない。

 それよりも、ドロースはわたしのことが分からないのだろうか。分かっていてわざとこういう態度なのだろうか。そこが読めなかった。


「しかも、こんな夜に来るなんて、ほんっと、常識がなってないわね!」


 それを言われると、こちらとしては反論の余地もない。

 どうしたものかと思っていると、ラーウスさまがにっこりと笑みを浮かべ、ドロースの前へと立った。

 ラーウスさまの麗しい顔を見て、ドロースは真っ赤になった。


「非常識を承知で、ご挨拶に参りました。ごくつろぎのところ、大変失礼いたしました」

「え、えぇ……あのっ」

「あぁ。挨拶が遅れ、失礼いたしました」


 ラーウスさまは渾身の笑みを浮かべ、口を開いた。


「ラーウス・アーテルと申します」

「っ!」


 オース家の面子は、その一言に固まった。


「一言、挨拶だけでもと思いうかがったのですが、このような時間になりまして、申し訳ございません」


 ラーウスさまは、頭を深く下げた。


「それでは、失礼いたします」


 ラーウスさまはわたしたちだけに見えるように合図を送ってくると、そそくさとオース家から出た。


 わたしたちは町に入った時と同じように無言で出て、足早に小屋へと戻った。

 小屋に入るなり、三人はお腹を抱えて笑い始めた。

 え、笑うところですか?


「あー、おっかしー! あの三人の驚愕した顔!」


 母さんは顔を赤くして、笑っている。

 事情の分からない父さんと兄さんは、きょとんとした顔をして、母さんを見ていた。


「なにをやったんだ……?」


 わたしは先ほどのオース家でのやりとりを、かいつまんで説明をした。途中、ラーウスさまとルークスさまが補足をしてくださった。

 すべてを話した後、父さんと兄さんも笑い始めた。


「ぷっ、オース男爵の驚いた顔、見たかったな!」

「カニス青年の悔しそうな顔も、面白かったわ」

「ドロースも驚いた顔をしていたのか?」

「してたわよ。あの様子だと、ルベルのこと、きちんと認識してないみたいだったけれど!」

「ドロースはルベルのことをいじめていたからなぁ。あいつ、嫌いだ」


 みんな、性格悪いですよ!

 それに、なにが面白いのか、わたしには分かりません!


「オース家から煮え湯を飲まされることをよくされていたから、やり返せてスカッとしてるんだよ」

「これが今、流行りの、ざまぁよ!」


 わたしにとってはよく分からないけれど、父さんたちがすっきりしたのなら、いいってことにしておこう。


「それでは、本当に私たちの用事は終わったね」

「最後のはよく分かりませんでしたけれど、終わったと思います」



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