*二十七* ウングラ撃退法
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ラーウスさまとルークスさまの二人だけで外に出ようとしたので、わたしは二人を止めた。
「待ってください! お二人だけにさせるなんて、駄目です!」
「だって、危ないよ?」
「危ないのでしたら、ますます駄目です! 大切なお二人に危険なことはさせられません!」
「そうは言うけれど、私たちにしかできないことなんだよ? ルベルは魔法が使える?」
「う……使えません」
「じゃあ、ここは私たちに任せて欲しい。危ないって言っても、私たちには危険は及ばないよ。むしろ、ルベルが危ない」
「…………」
わたしはラーウスさまの騎士なのに、今は思いっきり立場が逆になっている。
こんなことでは騎士団長に怒られてしまう……!
「しかし!」
「じゃあ、ルベルは小屋の中で待機していて。私たちが危なくなったら、出てきて助けて」
「あぁ、それがいい。そうしてほしい。この小屋を守っておいて」
ラーウスさまとルークスさまの二人にそう言われてしまえば、わたしはこれ以上、強く言えなかった。
お二人を矢面に立たせることにかなり躊躇があったけれど、わたしたちにはそれほどの猶予はなかった。
「分かりました。ここで待機して、小屋を守ります」
「そうしてくれ」
ラーウスさまはそう言ってにっこり笑みを浮かべ、わたしの頭と耳を撫でた。やさしいその手は気持ち良くて、思わずうっとりしてしまう。
「ルベルのその顔、私は好きだな」
「っ!」
なんでこんなときにそんな甘い言葉を言えるのですか!
「ラーウスさまっ!」
「ははっ、赤くなってかわいい」
「もうっ」
ラーウスさまはもう一度、わたしを撫でると、表情を引き締めた。
「ルベル、危ないから外を見ないように」
「……はい?」
外を見ると危ないって、なにをする気なんですか?
それ以上の説明はなく、ラーウスさまは小屋の扉に手を掛けた。
「ルークス、作戦どおりにやれよ」
「おまえこそ、ヘマすんなよ」
「するか」
二人は軽口を叩きながら小屋を出て行った。
そう言えば、光がどうとか言っていたけれど、二人はなにをする気なのでしょうか。
ラーウスさまから覗くなと言われたけれど、そっと隙間から見ると、夜でも分かる、ウングラの光る無数の目。一体、どれだけのウングラが集まっているのだろうか。
わたしは怖くなって、隙間から目を離した。
「ルベル」
それまでずっと成り行きを見つめていた母さんが声を掛けてきた。
「あなた、いい人を捕まえたわねっ」
「母さん……」
こんな時になにを言い出すのかと思ったら。
「ラーウス殿下もルークスさまも、ほんと、素敵な方たちね」
母さんはうっとりとした表情で、宙を見つめていた。
「そうそう、城に帰る前にオース家に寄ってね」
「え……?」
「ラーウス殿下を連れて行って、ざまぁしてきて!」
「母さん、その“ざまぁ”ってなんですか……」
「今、流行らしいのよ!」
「…………」
言っている意味がよく分からなかったし、わざわざオース家に行く気にもなれなかったけれど、ここは母さんに従っておかなければ、後が怖いのが分かったので、素直に行くことにした。
「気が進まないけれど、行くわ」
「大丈夫よ、母さんもついていくから!」
絶対これ、好奇心からついていくって言ってる!
「それより、そろそろ始まるんじゃないの?」
母さんは隙間から外を覗いているようだった。わたしも覗いてみた。
ラーウスさまとルークスさまの背中しか見えなかったけれど、二人とも杖を構えてなにか唱えているようだった。二人の杖から眩い黄緑色の光がこぼれていた。
もしかして、光って……。
「母さん、下がって!」
「え、これからいいところじゃないの!」
「このまま覗いてたら、目をやられるわよ!」
わたしの一言に、母さんは慌てて後ろに下がった。
その途端。
小屋の中にも差し込んでくる、眩い光。
ウングラが夜行性ってのを逆手に取って、眩い光で目潰しをするつもり……? そんなことして、大丈夫なのっ?
外から、聞いたことのない変な声が聞こえてきた。
「きぃぃぃぃぃ」
「きききぃぃぃ」
なに、これ? ウングラの声……?
わたしは光が収まるのを待って、外を覗いた。
「っ!」
ラーウスさまとルークスさまは杖を灯り代わりにして、辺りを照らしていた。
ウングラの緑の目が黄緑色になっていて、回れ右をすると、すごすごと退散していくのが見えた。
え、あれ、なに?
わたしは信じられなくて、そして、もう安全だと確信して、小屋から飛び出した。
「ラーウスさま、ルークスさまっ!」
「ルベル」
晴れやかな表情を浮かべたラーウスさまは杖を構えたまま、わたしの元へと歩いて来た。
「上手くいったよ」
「一体……?」
「うん。ほら、ウングラは夜行性という話だっただろう? 私たちがウングラに遭遇した時、あれは巣に戻っているところだったようだと気がついたんだ」
わたしたちがあの洞窟から出て、実家に向かっている時は、夜明けだった。
「そこにばったり、私たちと出遭ってしまったウングラは、私たちを敵と見なして、攻撃してきた、と」
そう言われてみれば、つじつまは合う。
「乾燥したウィケウスの花は、朝日を浴びて、鮮やかな生の花に見えたんじゃないかな」
「それで……」
「それで、気がついたんだ。目がいいとはいっても、色にしか反応しないのではないか、と」
「色に……?」
「ウングラの体色は、緑から黄緑色。これは紫の反対色だ」
「え、そうなんですか?」
「ウングラには縄張り意識があると、前にルベルが説明してくれたよね?」
話がぽんぽんと飛び、わたしは今、ついていくのにやっとだった。
「はい、そうですね」
「眩い黄緑色の光を浴びせてやれば、別の群れがいると気がついて、退散してくれるかなと思ったんだ」
「それで、今、試してみたら……」
「実験は成功した。そして、ウングラがどうしてウィケウスの花を目指すのかというと、自分たちと反対の色を持っているからだ」
「となると……紫色であれば、別にウィケウスの花でなくてもいいと?」
「そうなるな」
どうして反対の色を求めるのかは分からないけれど、ラーウスさまの説明は筋が通っているように思えた。
「そういえば、網の色は緑だよな」
「そうですね。ウングラの目の色を模してますから」
それにしても、色にしか反応していなかったというのをあれだけの間に発見するなんて、ラーウスさまってやっぱりすごい。
「とりあえず、あのウングラの集団は、もうここには近寄らないだろう」
「え、どうしてですか?」
「ここが別のウングラの巣だと認識したと思うんだ」
「そんなことまで……」
あの黄緑色の光一発で本当に撃退できたのかは分からないけれど、近寄ってこないのなら、ずいぶんと安心だ。
「小屋の色も緑にした方がいいかもしれないな」
「そうですね、それは父に伝えておきます」
わたしたちは小屋の中に入り、経緯を報告した。
「まあ、素敵! 素晴らしいわ!」
とは母さん。
「小屋の色を黄緑に……なるほど、ここに大きなウングラがいると思わせればいいのですね」
とは父さん。
とりあえず、どうにか危機は乗り切った……のかしら?




