*二十六* 危機
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日が沈むまでに、ウィケウス用の畑は、わたしとラーウスさま、父さんの三人で、わたしが城の薬草園に作ったよりも大きいものが計六個、できた。一つずつに網を掛けるのは非効率なので、一番外側を覆うようにすることにした。
そもそも、畑の形がどうして六角形なのかと思って父さんに聞くと、父さんも知らないとのことだった。
とはいえ、試しに四角や三角の形の畑に種を撒いたこともあるそうだ。
どうなったのかというと、問題なく育ったそうだけど、花の匂いがイマイチだったそうだ。六角形の畑にたどり着いたのは、先祖たちの知恵と経験に基づくものであるのだろうと父さんは語った。
六角形の畑は、広めに掘った溝と隣接するように六つ。
正直、六角形というのは、作りにくい。それに、網を作るときにもそうなのだけど、段々と形が崩れて、かろうじて六角形? という感じになるけれど、それでウングラが来ないのだから、不思議なものだ。
畑を作ったけれど、ウィケウスの種を撒くのは網がすべてできあがってからにするとのことで、今日の作業はここまでとなった。
ちなみに、お昼ご飯は、久々の母の手料理で、うれしくてたくさん食べ過ぎた。
ラーウスさまは初めて食べる物が多くて、おっかなびっくりといった感じだったけれど、ルークスさまは特に表情を変えることなく、食べていた。
作業を終えて、小屋に戻ると、ウングラ避けの網が部屋の端に積み上げられていた。
「さて、ラーウス」
小屋の中でずっと網を編んでいたルークスさまの機嫌は、あまりよろしくないようだった。
「用事は済んだだろう、帰るぞ」
そう言って、ぐっとラーウスさまの腕を引っ張った表情は、怒っていた。
「おまえのわがままに、今日一日、付き合ってやった。しかし、そろそろ限界だ」
「あぁ、分かっている」
「すみません、ルークスさま。わたしのわがままにお付き合いいただきまして……」
「ルベルは問題ない。そもそもが、ラーウスがルベルの願いを聞き届けていれば、こんなややこしいことになってなかったし、もっと早く解決させることができただろう!」
「…………」
ラーウスさまはルークスさまの言葉に、そっぽを向いた。
「まったく、本当におまえというヤツは、ロクなことをしない」
ルークスさまの一言に、わたしは内心で同意していた。力技過ぎだと思うのですよ、今回の件は。
でも、ここが獣人の町だとバレるのがマズイから、無理を押し通したわたしの責任でもある。
「ルークスさま。ラーウスさまをそんなに怒らないでください。わたしがわがままを言ったせいですから」
「ルベルは問題ない。家族を心配するのは当たり前だし、おまえ、ルベルを一度も帰省させてないらしいじゃないか」
ルークスさまは網を編みながら、母さんと兄さんに話を聞いたのだろう。
「職権乱用もいいところだし、なによりもおまえ、ルベルが休みの日でもルベルを探し回してるんだって? ストーカーじゃないか」
それは仕方がないんじゃないかなぁ、と今になれば思えるのだけど、やっぱりそう思いますよねぇ。
「仕方がないだろう! ルベルが側にいないと、体調を崩すのだから!」
「そう言って、ルベルを縛り付けるのは止めろ」
「あの、ルークスさま。わたしは……」
「ルベルは黙っていろ」
ルークスさまはなにやらご立腹のようです。
わたしは特に困っていないのだし、今回の件は結果としてはむちゃくちゃだったけれど、無事を確認できたし、なんの問題もない。
「ルークスさまっ」
黙っていろと言われたけれど、わたしはラーウスさまを背中に隠して、ルークスさまの前に立った。
「確かに、ラーウスさま付きの騎士になってから、一度も戻れなかったのはちょっと淋しかったですけど、今日はラーウスさまとルークスさまに来ていただけて、結果的にはよかったと思っています」
「……ルベル」
「ルベル、この男を甘やかすなっ」
「甘やかしてないです。本当にそう思っているのですから」
「……ったく、今回はルベルに免じて許してやるが、もう少し、ルベル離れをしろ、ラーウス」
「それは無理だな」
「…………」
しれっとラーウスさまはそんなことを口にした。
「常に一緒にいるわけではないですし、わたしは苦に思っていないですから、大丈夫です」
「ルベルはほんと、甘いな。この男をつけあがらせるようなことを言って」
「いえ、ほんとに……」
「分かった、もういい。それはともかく、早く帰ろう」
ルークスさまの言葉に、ラーウスさまはうなずき、小屋を出ようとしたのだけれど……。
なにか、外の様子がおかしい。わたしの頭の上の耳が、奇妙な音を拾った。それは、地面を這うような音。なんとなく、それに聞き覚えがあった。
「あの、今、外に出ない方がよいような気がします」
そう口に出した後、ぞわぞわっとしたものが背筋を這った。
小屋の中にいる父さんと母さん、兄さんを見ると、同じように感じたのか、渋い表情を浮かべていた。
「ウングラが外にいる」
「えっ」
「ここに、乾燥しているけれど、ウィケウスの花があることに気がつかれてしまったようだ」
兄さんの一言に、ラーウスさまとルークスさまは顔を見合わせた。
「ウングラの弱点は?」
「……残念ながら、分かりません」
ウングラの生態は、未だによく分かっていない。
「夜行性だから、出てきたのかもしれないな」
今日、ウィケウスの畑を耕して思っていたのだけれど、ひどい荒らされようだった。しかも、根こそぎごっそりと食べられていたのだ。どうやら、ウングラは花だけではなく、葉、茎、根までも食べ尽くすようだった。今日、耕したところは、一部だ。かなり広い範囲の畑なのに、それが根こそぎごっそりって、どれだけ食欲旺盛なのよ。
「ここにあるウィケウスは死守しなければ……!」
「町の人たちが困ってしまうわ」
とはいえ、どうやってウングラを撃退すればいいのか分からない。下手に切ったりしたら、辺りに毒をまき散らすことになってしまう。
「ウングラは、毒を持っているので、下手に傷をつけられないんです」
「ウングラは夜行性、と言ってたよね?」
ラーウスさまの問いに、大きくうなずくと、にやりと笑われた。
「いいことを思いついたんだ」
出た! ラーウスさまの“いいこと”発言!
「ルークス、ちょっと耳を貸せ」
「……なんだ」
二人はなにやらこそこそと話をし始めた。
「光を……」
「それでいけるのか?」
洩れ聞こえる言葉だけではラーウスさまがなにを思いついたのか分からないけれど、今回は任せても問題ない……ことにしよう。
「私とルークスの二人が外に出ます」
「え、危ないですよ!」
「大丈夫、対処方法を思いついたから」
「ウングラを傷つけずに、ここから去らせればいいのですよね?」
「えぇ、そうですけど……」
そんなことが可能なのだろうか。
「失敗しても、この小屋は死守してみせるから」
「ラーウスさま、それは危ないです!」
わたしは隙間から外を覗いてみた。
「…………っ!」
今まで、見たことがないくらいの数のウングラがこの小屋に押し寄せていた。こんなにいるなんて、信じられない!
「ラーウスさま、外を見てくださいっ」
わたしの言葉に、ラーウスさまは外を覗き、絶句していた。ルークスさまも同じように覗いて、呻いていた。
「別のところからもウングラが来たってことか?」
「そうかもしれません」
「それでも、やらなければ、やられてしまう。町の人たちのためにも、ウングラがもうここに来ないようにしなければならないだろう?」
「そうですけど……」
「大丈夫だ、任せておいてほしい」
ラーウスさまはそう言うと、笑みを浮かべた。




