*二十五* 元凶は嵐
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わたしたちはとりあえず、小屋の中へと入った。
中には、わたしが編んでいたのと同じような網に囲われたウィケウスの花が所狭しと干されていた。それを見て、ほっとした。
「私とルベルは、ここに来る途中で、ウングラと遭遇しました」
その一言に、父さんたち三人は、同時に震えた。ウングラというのは、それくらい、わたしたちにとっては、恐ろしい生き物なのだ。
「ウィケウスの花がないときのウングラは、とても温厚なのですが、春の繁殖期の準備に入っているようで、とても凶暴になっています」
「なるほど、それで襲ってきたのか」
「襲ってきたですってっ?」
「えぇ。しかし、事なきを得ました」
ラーウスさまの言葉に、三人はホッと息を吐いた。
「それにしても、ウングラは乾燥したウィケウスの花にも反応するのですね」
「えっ、そんなはずは……」
「ブレスレットに入れていた、乾燥したウィケウスの花を投げつけたら、反応していたし、手のひらについていた物も目ざとく見つけたわよ」
わたしの一言に、父さんは唸っていた。
「昔、乾燥したウィケウスの花に反応するかどうか、試したことがあったんだが、その時はなんの興味も示さなかった」
「そうなの?」
「この間の嵐で、ウングラのねぐら近くにあるウィケウスの花が、吹き飛んでしまったのかもしれない」
ウングラのねぐらの近くにウィケウスがあるとは、初耳だった。
「あのウングラというのは、ウィケウスの花しか食べないのでしょうか」
ラーウスさまの質問に、父さんは首を振った後、答えた。
「いいえ。他の植物も食べているようなのですが、ウィケウスの花が大好物で、特に繁殖期には好んで食べるようです」
「なるほど。ウィケウスはますます面白い植物だ」
ラーウスさまはそう言って、楽しそうに笑った。研究馬鹿とはこのことを言うのだろう。
「それにしても、ルベルの実家が壊れたのも、畑が荒らされたのも、ウングラの大暴走といい、すべては嵐の日のせい、か」
「そうですね」
と、話が落ち着いたところで、父さんの視線がわたしの頭の上へと向かった。
「で、ルベル」
「う……っ、はい」
「ウィケウスの花を煎じた物を飲んでいないのか?」
「え、いえ、飲んでいたのだけど、なくなったから……!」
「なくなる、だと……? いつも、余裕を持って送っているのだから、余っているのではないのか?」
「いえ、それがもうなくて……」
「なんと!」
「それが、毎朝、きちんと飲まないと、こうして耳と尻尾が出て……」
「普通は週に一度で済むはずなんだが、ルベルは違ったのか?」
この質問は、わたしにというより、母さんに向かってされたものだった。母さんは大きくうなずいた。
「ルベルは小さい頃からウィケウスの花が効きにくいのか、毎日、飲ませていましたよ?」
「なんだってっ?」
それで送る量が多かったのか! と父さんの叫び声を聞いて、わたしは思わずため息を吐いた。父さん、娘の体質くらい、把握しておいてよ……。
「ルベルはウィケウスの花が好きだから、母さんがたくさん送るように言っているのかと思っていた」
との言い訳に、わたしは思わず、母さんと顔を合わせた後、ため息をまた吐いた。
「確かに、ウィケウスの花の匂いは好きだけど、週に一度でいいと思っていたのなら、いくらなんでも多いと思わなかったの?」
「思ったが、母さんが送るように言ったから……」
今の会話で分かったと思うけれど、わが家は母さんが一番強くて、父さんは立場が弱い。
「だから、わたしはルベルに送るようにと言ったのですよ」
「しかし、これを送ると、町の人たちが困るだろう!」
「外部から人が来ることは少ないですから、そんなに困りませんよ。むしろ、ルベルはこうして耳と尻尾を出してしまっているではないですか」
「まあまあ、過ぎてしまったことを言い合っても仕方がないじゃないか」
といつものように兄さんが間に入って、二人のケンカを止めてくれた。
父さんと母さんは仲がよいのだけれど、たまにこうして小さなケンカをする。そして、それを諫めるのは、いつも兄さんの役割だった。
「それで、おまえはラーウス殿下と結婚したのか?」
え、いきなりそっちに話が飛ぶのっ?
真っ赤になったわたしを庇うように、ラーウスさまは父さんの前に進むと、頭を下げた。
「順番が違うと怒られてしまうかもしれませんが、先日、ここにいるルークスの立ち会いの下、無事にルベルと結婚をいたしました」
ルークスさまは人好きのする笑みを浮かべて、ラーウスさまの後ろで頭を下げていた。
「殿下、頭を上げてください。お詫びをしないといけないのは、こちらです。こんな跳ねっ返りでじゃじゃ馬娘をもらってくださり、大変な栄誉でございます」
「跳ねっ返りでじゃじゃ馬というのには賛同いたしますが、むしろ、ルベルが獣人であることを盾に取り、婚姻を迫りました」
「なんと!」
驚きますよねー。わたしも、何度聞いても驚きますもの。
「ルベル以外は無理なんです」
「無理……とは?」
「ルベル以外は、私を受け入れることができないのです」
小屋の中が一瞬、しん……と静まったけれど、父さんは咳払いをして、口を開いた。
「こんな娘ですが、末永くよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そんな会話が交わされた後、ラーウスさまは表情を引き締め、父さんを見た。
「表の惨状を見てきました。町中はどうなっているかご存じですか」
「それは、嵐で町が壊れていないかということですよね」
「えぇ、そうです」
「町は無事です。町の外れにあったわが家と、ウィケウスの畑がやられたくらいですね。……あぁ、あとは、ウングラのねぐらもたぶん、嵐にやられたのかと」
それは、運が良かったんだか、悪かったんだか。
うちの被害だけで済んだのだから、よかったということにしておこう。
「ウィケウスの種は?」
「幸いなことに、この小屋に残っていました。それで、撒こうと思ったのですが……畑があのとおりで……」
「父さん、わたし、畑を耕すよ!」
「いや、しかし……」
「私も手伝いましょう」
「えっ、殿下にお願いするなんて、とてもではないですが」
「こう見えても私、植物学を専門としています。薬草園もルベルが来てくれるまで自分ですべてやっていましたし、大丈夫です」
「俺は力仕事はパス」
さりげなくルークスさまは拒否をしてくれた。
「ルークス、おまえ、編み物できたよな」
「えっ、できるのですか?」
「できるよ。ラーウスだってできるだろう?」
「えぇ……」
「ウングラ避けの網の作り方を習って、編むのを手伝え」
「……分かった」
こうして、わたしたちは日が暮れるまで手伝うことになったのだった。




