*二十四* 家族との合流
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ルークスさまとともに三人で、わたしたちはウィケウスの花を乾燥させる小屋へと向かうことにした。ルークスさまの視線が、やたらと頭の上にあるような気がするけれど、気にしない、気にしない。
「ルークス、ルベルを見るな」
あ、ラーウスさまも気がついていましたか?
「私のかわいいルベルをそんなに見るな」
「いやぁ、獣人って本当にいるんだなぁと思って。ルベル、その耳、触っても?」
「っ!」
わたしは慌てて、頭上の耳を手のひらで押さえた。
駄目です、触ったら駄目っ!
「ルベルの耳は、私専用だから、駄目だ」
「あー、はいはい、おかしいなあ、さっきまで寒かったのに、急に暑いねぇ」
「なら、毛布は要らないな」
「いや、毛布は必要だ!」
という二人のやりとりを後ろに聞きながら、わたしは小屋へと赴いた。実家のあった場所から小屋までの間もあちこちが荒れていたし、途中のウィケウスの畑も思っていた以上の惨状になっていて、思わず眉間にしわが寄ってしまった。
ここのあたり一帯には、ウィケウスの畑が広がっていた。六角形の畑には網が掛けられ、整然と並んでいる様はなかなかに壮観だったのに、今では、畑の痕跡さえないほど、なにもなかった。
わたしの家族は、嵐のせいでウィケウスの畑が吹き飛ばされたことをわたしに伝えられなくて、不作と言って誤魔化したのだろう。
こんなことになっているなんて、知らなかった……!
わたしの家族も、わたしに真実を話してくれれば、どうにかできたことがあったかもしれないのに。
そう思うと、自分の不甲斐なさに腹が立った。
「ここに畑があったのかい?」
ラーウスさまの質問に、わたしはうなずいた。今、口を開いたら、泣いてしまいそうだったのだ。
「ウングラ避けの網を嵐で飛ばされて、ウングラに畑を根こそぎ荒らされた感じだな、これは」
「……はい」
「ルベル、この辺りにウングラの気配はあるかい?」
ラーウスさまの質問に、耳を澄ませ、辺りの臭いを嗅いでみる。ウングラ特有の這う音も、臭いもない。ウングラが近くにいると、ぞわぞわするけれど、それもない。
「たぶん、今は周辺にはいません」
「さっき、私たちが遭遇したのだけかもしれないね、集団は」
「それだといいのですが……」
ウングラは、十匹近くが群れになって生活していると推測されている。先ほど遭遇した集団も、数えていないけれど、それくらいいたと思われる。
「ルークス、ウングラの退治の仕方を知っているかい?」
「ウングラ……?」
「あぁ、やはり、知らないか」
普通はウングラなんて生き物が存在しているというのは知られていないと思う。ただ、ウィケウスを撒くと、なにかよく分からないものに知らないうちに畑を荒らされるのもあり、忌み嫌われている。
ラーウスさまはルークスさまにウングラのことを説明していた。聞いているだけで、鳥肌が立つ。あぁ、気持ちが悪い。
「なんだ、その気持ちが悪い生き物は」
「そうなんだ。そんな物が存在しているんだ」
「で、目がいいということは、逆に考えると、目が弱点でもあり得るということだな」
「なるほど」
「あと、それだけ目があるということは、夜行性である可能性も高いな」
「夜行性……? あぁ、それで、夜の間に畑を荒らされているのか」
「そう考えれば、駆除は難しいけれど、近寄らせないことはできそうだな」
「どうするんだ?」
ルークスさまはラーウスさまの耳になにかごにょごにょと話をしていた。ラーウスさまはただうなずいて、聞いているだけだった。
「夜まで待たなければならないな」
「幸いなことに、俺は今日は休みになっている。明日の朝までに神殿に戻ることができれば、問題ない」
「私も……そうだな、朝までに戻ることができれば、幻影であることがバレないでいられるかもしれないな」
かもしれない、だなんて、そんな危ない橋を渡らせなければならないんですかっ?
「まあ、どうにかなるだろう」
「幸いなことに、まだ朝だ。夜までに色々と用意が必要だ、今からやろう」
二人の間でなにか作戦が立てられたようだった。
「ルベル、とりあえず、ウィケウスの花を乾燥させる小屋に行ってみよう」
「あ、はい」
当初の予定どおり、わたしたちは小屋へと向かった。
畑の状況が悲惨だったから、小屋も壊れているかもと思ったけれど、壊れていなかった。となると、家族はここにいる可能性が高い。
ウィケウスの花を乾燥させるために、小屋は隙間だらけになっている。隙間から覗くと、見知った姿があった。
「父さん、母さん、フロンス兄さん」
そう呼びかければ、最初にフロンス兄さんが気がついたようだ。驚いたように目を丸めて、こちらを見ている。
「ルベルっ?」
隙間からフロンス兄さんの赤い目が見えたと思ったら、遠ざかり、扉が開くと、飛び出してきた。
「ルベルっ、どうして来たんだ!」
「どうしてって、荷物が届かなくて、心配で……」
そう言えば、フロンス兄さんは大きなため息を吐いた。
「はー、やっぱり来るよなぁ」
「どうしてこんなことになっているって知らせてくれなかったの!」
「いや……危ないから……」
「危ないって、危ないのは兄さんたちじゃないの!」
「そうだが……」
「荷物が届かないから、わたし、耳が出ちゃって、バレちゃったじゃないの!」
そうなのだ、原因はそこなのだから、それを責めれば、フロンス兄さんは絶句した。
まさか、わたしの正体がバレてしまうとは思っていなかったらしい。
フロンス兄さんの視線は、わたしの頭の上にあった。それで分かったらしく、頭を抱えて座り込んだ。
「あぁ……」
わたしたちの声に、小屋の中にいた、父と母も出てきた。
「ルベル!」
わたしの姿を見て、父さんと母さんは驚いていた。しかも耳が出ていることにも気がついて、目を丸くしていた。
さらに、わたしの後ろにいるラーウスさまとルークスさまにも気がついたようだった。
「お二人は、ルベルのご両親ですか」
「え……、あぁ、そうだが」
父さんは警戒気味にそう返事をすれば、ラーウスさまはわたしの横に並ぶと、右手を胸元に当てて、綺麗なお辞儀をした。それを見て、父さんはすぐにラーウスさまの正体に気がついたようだった。母さんの手を引くと、二人は慌ててひざまずいた。
「ラーウス殿下」
「書面では、何度かやりとりがありますが、初めまして、ですね。ラーウス・アーテルです」
「フォルティス・ロセウス、ルベルの父です」
「テネル・ロセウス、ルベルの母です」
兄もようやく自体が飲み込めたようで、父さんと母さんの後ろで、慌ててひざまずいた。
「フロンス・ロセウス、ルベルの兄です」
アーテル国の奥地に住んでいるとはいえ、一応、わが家は侯爵家らしい。そのため、両親から城でのマナーなどを一通り、教わってはいたので、三人は名乗った後、口を閉じた。
王族の前では、許可がなければ口を開いては駄目なのだ。
ラーウスさまはそのことを思い出したのか、苦笑しながら口を開いた。
「お三人とも、そんなにかしこまらないでください。今回は、非公式で突然の来訪、申し訳ございません。先日、ご報告させていただいたとおり、私とルベルは籍を入れました。あなたたちは私の義父と義母、義兄であるのですから、遠慮なく、いつでも口をきいていただければと思います」
「はっ、ありがとうございます」
父さんは頭を下げると、母さんと兄さんも倣って頭を下げた。
「さあ、立ってください。私たちには時間がありません。今の状況を説明していただいて、解決に向けて行動を起こしましょう」
ラーウスさまの一言に、父さんたち三人は、立ち上がった。




