*二十* ウングラとの遭遇
※芋虫が苦手な人は要注意の回です。
◆ ◆
実家への道すがら、ラーウスさまにわたしがアウリスにいた頃のことを聞かれた。
「ルベルはウィケウスのことに詳しいけれど、アウリスにいた頃、手伝っていたの?」
「はい、手伝っていました。……と言っても、わたしができるのはそんな大したことではなかったですけど」
「どんなことをしていたんだい?」
「ウィケウス用の畑を耕したり、網を編んだりですね」
「ほう、なるほど。それで網を編むことができたのか」
「はい。どこでどう役に立つのか、人生って分からないですね」
今回の洞窟の件もそうだけど、今まで経験したことが、今、役に立っているのがよく分かった。
「人生は、経験の積み重ねだよ」
とラーウスさまは哲学的なことを口にした後、笑った。
「って、偉そうなことを言ってるけど、私は今、ルベルの経験に、たくさん助けられている」
そう言って、ラーウスさまはつないでいた手を引き寄せ、指先にキスをしてきた。
途端、ラーウスさまから強くて甘い匂いがしてきた。クラクラする。
その匂いで、ラーウスさまの魔力が回復したことが分かった。元気になったのは良かったけれど、いきなりの甘い行動は慎んでいただきたいものです!
洞窟から実家までは、そこそこの距離がある。
実家に近づくにつれ、どうしてだろう、どんどんと荒廃していくのが分かった。
「ルベル」
そのことにラーウスさまも気がついたのか、かたい声でわたしの名を呼んだ。
「ずいぶんと荒れているけれど」
「……はい」
手紙は届くのに、荷物が届かない理由は、この荒れた状態となにか関係があるのだろうか。
逸る気持ちを抑えるのに精一杯で、ラーウスさまの言葉を聞き逃してしまった。
「……ル、ルベル?」
「あ、はい! すみません、あまりにもひどい状態で……その」
とそこまで言ったところで、背筋がぞっと凍る気配を感じた。
それは今までわたしたちが通ってきた場所からで、ラーウスさまを背中に隠しながら、なにかあった時のためにと持ってきていた剣を鞘から抜いた瞬間、ソレは素早い動きでわたしたちを襲ってきた。
抜刀の勢いでそれを弾くと、ボヨンと嫌な感触がして、弾いたのが分かった。この嫌な感触に覚えがある。
途端、ぞわぞわと悪寒が走り、へたり込みそうになったけれど、両足を踏ん張って、必死になって立った。
「ルベルっ」
「わたしは大丈夫です。ラーウスさまこそ」
「私は大丈夫だが、あれはなんだ?」
ラーウスさまの指さす方向を見なくとも、それがなにか、わたしは本能的に知っていた。それに、アレを見たくない。
「もしかして、あれがウングラか?」
その名前に思わず悲鳴を上げそうになったけれど、唇を噛んで、必死になって耐えた。
「芋虫みたいなのに、両腕があるし、今、飛んだよな?」
「…………」
「それに、目が複数ある……これは、気持ちが悪いな」
ラーウスさま、冷静に実況しないでください!
あの見た目を思い出しただけでも、気持ちが悪いのですよ!
ラーウスさまの解説のとおり、ウングラは四個から八個の目を持つ、見た目は芋虫みたいな感じのくせに、なぜか腕のようなものが生えているのだ。気持ちが悪すぎる。
「複眼の上に、目が複数あるとは、すごいな」
「ラーウスさま……冷静ですね」
「冷静ではないぞ。解説をしていないと、あまりの気持ち悪さに吐きそうなんだ」
その気持ち、激しく分かりますけど、吐くのは勘弁してください。
「ルベル、あいつ、縮んだぞ」
「それ、飛ぶ合図ですから、飛んできたら、避けてください!」
ウングラは、地面を這って移動することが多いけれど、敵を見つけたら、身体を縮めてバネのようにして飛び上がって襲ってくるのだ。これが、集団で現れた日には……。
「!」
「ルベル!」
最初に現れたウングラだけではなく、複数のウングラがどこからともなく現れてしまった。
そうだった、ウングラは集団で移動することをすっかり忘れていた。
「囲まれたぞ、どうする?」
「…………」
これ、最悪だ。
ウングラの身体は弾力に富み、刃物を簡単に弾いてしまう。とはいえ、切ってしまうと、それはそれで大変だ。というのも、ウングラの体液は獣人にとって毒で、少しでも触れてしまうと、激痛で動けなくなるのだ。
「ラーウスさま」
「うん」
「飛んできたウングラを弾いて、道を切り開きましょう」
「そんなこと、可能か?」
「囲まれていますが、ウングラは飛ぶまでに時間が掛かります」
「それなら、間をぬって行けばいいんじゃないか」
ラーウスさまの提案に、ゾゾゾ、と悪寒が走った。
合間をぬってなんて、そんな恐ろしいことを……!
とはいえ、このまま集団で飛んでくるのを待っているのも気持ちが悪い。
わたしは実家の方向に視線を向けると、そちらにはウングラはほとんどいなかった。しかも、距離を縮めるためにウングラは地を這っているところだった。
「ラーウスさま、実家はあちらです」
「分かった」
「ウングラを傷つけないでください」
「どうしてだい?」
「体液に毒が含まれているからです」
「分かった」
獣人にとって毒だけど、人間にとってどうかは分からない。でも、あまりよいとは思えないので、そう伝えれば、ラーウスさまは分かってくださったようだ。
「では、行きます!」
ウングラに近寄りたくないけれど、そうしなければわたしたちにはもっと悲惨な未来が待っている。
ウングラに押しつぶされて、死んでしまうなんて、そんなのは嫌だ。
幸いなのは、ウングラの動きが遅いことだった。とはいえ、ウィケウスの花を見つけたときは、驚くほど素早くなるのだが。
「……ウィケウス?」
そうだ、乾燥しているけれど、わたしはウィケウスの花を持っているではないか。
ブレスレットの中から慎重にウィケウスを取り出した。
「ラーウスさま、進行方向とは逆にウィケウスの花を投げますので、素早く逃げてください」
「危険ではないか?」
「大丈夫だと思います」
ラーウスさまがいるところでこんな危険なことをするのもどうかと思うけれど、ウングラの圧死から逃れるためには必要だった。
ウングラが乾燥したウィケウスの花に反応するかどうかは賭であったけれど、駄目なら駄目で、隙間をぬって逃げればいいだけだ。
「では、行きます! 三、二、一……えいっ!」
カウントとともに、わたしは手のひらの中に持っていたウィケウスの花を宙にまき散らした。朝の光を浴びたウィケウスの花は、綺麗だった。
すると、予想どおりに、ウングラは宙を舞うウィケウスの花に反応して、そちらに注目した。
乾燥してしまうと、鮮やかな紫色ではなくなってしまうけれど、それでも、充分に紫色をしている。
ウングラの目の色が、緑から紫に変わった。乾燥したウィケウスの花でも、ウングラは反応した。恐ろしい。
「ウングラにぶつからないように逃げてください!」
「分かった!」
ラーウスさまはわたしの剣を握っていない手を掴むと、なにかを唱えた。途端、風が吹き上げてきて、身体が宙に浮かんだ。
「うわっ!」
「風を巻き起こして、無理矢理に身体を浮き上がらせた」
わたしたちが先ほどまで立っていた場所に、ウングラの集団が押し寄せていた。
一歩、間違っていたら、圧死していたくらいの勢いだ。ウングラ同士がぶつかって、ぼよんぼよんと弾き合っていた。
ラーウスさまはまたなにかを唱えると、わたしたちの身体は、宙に浮かんだままとなった。
「今、私たちは風の上に立っているのだよ」
「えっ」
「私の手を離さないように。落ちてしまうよ」
「は、はいっ」
「では、階段を降りよう」
わたしたちはウングラの上にいて、宙に浮いている状態だ。
ウングラはわたしが撒いたウィケウスの花に夢中になっている。少しでも多く口にしようと、ウングラ同士が争い合っている。
ラーウスさまは、わたしの手を掲げた。
「私が先に降りるから、ルベルは後ろからついてきて」
「はい」
ラーウスさまが足を踏み出すと、一段、身体が降りた。もう一歩、足を出すと、二段、下がった。
わたしは足で宙を探るようにして進むと、目に見えない段差があることに気がついた。すり足で慎重にラーウスさまの後ろをついて見えない階段を降りていった。
地面に足がついた途端、わたしは思わずホッとため息を吐いた。
「なかなかスリリングだったね」
ラーウスさまの弾む声に、この状況を楽しんでいることが分かった。
「ラーウスさま!」
「あぁ、ごめん。無事だったのは、ルベルのおかげだったよね」
「いえ、ラーウスさまが機転を利かせてくださったおかげでですけど、一歩、間違ったら危なかったんですよ!」
「それはルベルにも言えるぞ」
「…………」
確かに、考えなしでウィケウスの花を撒いてしまった部分もあった。
反論できないでいると、ラーウスさまは苦笑した。




