*十八* 脱出作戦?
◆ ◆
ラーウスさまのお手伝いもあり、ウィケウスの花は思っていたよりも早く回収することができた。しかも、一番の悩みであった畑から小屋への移動も、ラーウスさまの魔法のおかげで、難なく運び出せることができた。
「ところで、どうして真ん中に少しだけ残すんだい?」
ラーウスさまはウィケウスを乾燥させるための下準備を手伝いながら、聞いてきた。
「ウィケウスは繁殖力が強いです」
「そうだね」
「真ん中だけ残しておけば、種ができて、それが自然と地面に落ちて、また、芽が出るのです」
「なるほど、そういうことか」
「はい」
「なかなか効率がいい花だね」
「はい。なので、ウィケウスは疎まれているのです」
「はは、ウィケウスのせいというよりも、ウィケウスの花を狙ってくるウングラがいけないんだろう?」
「それもですけど、やはり、区画を区切って植えないと、どこまでも際限なく広がりますから……」
「確かに、それは厄介だね」
「はい」
ウィケウスは、手入れよりも管理のほうが大変かもしれない。
わたしたちはウィケウスの根に着いた土を洗い落とし、それから二株ずつを根元を紐で結んで束にして、用意していた竿に干した。
この作業も二人でしたので、思っていたより早く終わった。
作業が終えると、ちょうどお昼の時間だった。
「さて、今日の仕事はこれで終わりかな」
え、ラーウスさま、執務は? と思ったけれど、質問をする前にラーウスさまに小屋から連れ出され、そのまま昼食の場所に移動したため、タイミングを逃してしまった。
「お昼を食べたら、私は少し仕事をして、今日の夜のために仮眠をとろう」
あ、仕事はきちんとするんですね、よかった。
「あの、本当に行くんですか……?」
「あぁ。そのために準備をしたんだからね」
そう言って、ラーウスさまは笑った。
◆ ◆
ニックスの花を摘みに行った時と同じように、わたしたちは仮眠をして、夜になって起きた。
夕飯をしっかり食べて、ラーウスさまに言われるままに準備を済ませ、執務室へ。
昼間に見たときは薬草があちこちに散らばっていたのに、なぜか今はすっきりとかたづいていた。
「ラーウスさま……?」
「うん」
「あの、今からなにを……?」
わたしの疑問に、ラーウスさまはにっこりと笑みを浮かべた。
「知りたい?」
「……はい」
「ここからアウリスは、早馬で片道一日」
「はい」
「本当は、ルベルがアウリスに戻りたいと言った時に同意していればよかったんだけど、どんな危険が待っているかわからない場所に、大切なルベル一人だけで行かせるわけにはいかなかったんだ」
「…………」
「それに、一週間なんて悠長なことを言っていられないくらい切迫していたってことも、理解している」
「…………」
「それでも、期間を取ったのは、ばれないようにするためだったんだ。それに、私もアウリスに行きたかったんだ」
ラーウスさまは第三王子。自由に動けないってことは、ご本人が一番、知っている。
だからこそ、まだるっこしくても、わがままを通すために一週間の準備期間を作った。
「幸いなことに、ニックスの花もそろった」
「え」
「で、ここに魔法陣を寝る前に書いておいたんだ」
「…………」
ラーウスさま、なにをする気なんですか。
「向こうの座標はよくわからなかったから、かなり不安なんだけど」
「…………」
「理論的には問題ない、転移魔法の実験に付き合ってもらえるかな」
「えええっ!」
ちょ、ちょっと待ってください!
転移魔法って、超がつくほど高度な魔法じゃないですか!
しかもわたしのつたない知識では、移動元と移動先に同じ魔法陣を敷いていないといけないと……。
それなのに、ラーウスさまは行ったことがない場所に転移しようとしている……?
「悪いと思ったけれど、媒介にルベルの髪を使わせてもらったよ」
「え……」
「それでは、始めようか」
というと、いつもは持っていない杖を手に取ると、ラーウスさまは小さな声で呪文を唱え始めた。
それは聞いたことのないもので……。
ラーウスさまがトン、と地面を杖でつつくと、ぶおん……という音とともに、黒く輝く魔法陣が床に現れた。
すると、床から風が巻き起こり、わたしとラーウスさまの髪の毛を揺らした。
ラーウスさまに贈った赤い髪紐が、風にあおられ、ゆらゆらと揺れているさまは幻想的だった。
ラーウスさまのそばにいるけれど、ラーウスさまはあまり魔法を使わない。しかも、こんな高等魔法なんて、初めて目にした。
床に描かれた魔法陣は、わたしからしてみれば模様のようにしか見えないけれど、これもとても複雑で、ラーウスさまは寝る前にと言っていたけれど、さすがにあの短時間で片づけてここに描くなんて到底無理だから、これの準備のための一週間だったのだと初めて気がついた。
まさかわたしが薬草園に行っていたり、網を必死に編んでいるときに隙間をぬって準備していた……?
そのことに気がつかないわたし、相当鈍いわ。
と考えているうちに、ラーウスさまの呪文が止まった。
「ルベル、手を」
「はい」
ラーウスさまの手を取った瞬間。
こんな時間だというのに、扉をたたく音もせず、いきなり、執務室の扉が開いた。
そこには……。
「ルークスさま……?」
「てめぇ、ラーウス! なんか超強力な魔力が動く気配がしたと思ったら、おまえ、転移魔法かよ!」
「ちっ、遅かったか」
「え」
「きさま、待て!」
ルークスさまがすごい形相で部屋に入ってきて、魔法陣に足を踏み込んだその瞬間。
「っ!」
今まで感じたことのないくらいの風が吹き上げてきて、ふわり、と身体が持ち上がったのが分かった。
「ルークス、見逃してくれ!」
「だめだ、許さん!」
ルークスさまは根性でもう一歩、魔法陣に足を踏み込み、身体が舞い上がるのが見えた。
「どこに行く気だ」
「それは教えられん」
「くそっ! “追跡”!」
ルークスさまの呪文とともに、白い光の紐のようなものがラーウスさまにつながったとたん、さらに強い風が吹き上げてきて、それと同時に、引っ張り上げられて、世界が暗転した。
◆ ◆
右手を締め付ける痛みに、目が覚めた。
目を開けると、辺りは真っ暗で、なにも見えない。
あれ、わたし、夜中に目が覚めてしまった? と思った後、思い出した。
そうだった、ラーウスさまとわたしは執務室からアウリスに強引に転移しようとして、ルークスさまに見つかって……。
とそこで、また、右手に痛みが走ったので、慌ててそちらに視線を向けると、だれかが手をぎゅっと握っているのが分かった。
わたしのような犬の獣人は、夜目が効く。最初は真っ暗だと思われたここだけど、目が慣れてきたため、周りが見えるようになっていた。
わたしの右手を握り締めているのは、だれかの左手。薬指に黒い指輪がされているのと、覚えのある体温で、それがラーウスさまのものだと分かった。
「ラーウスさま?」
小さな声で呼びかけると、唸り声が聞こえた後、状況を思い出したのか、飛び上がって起きた。
いきなり起きたら危ないですよ、と言う間もなく、ごちっと痛そうな音がした。
「ったたたた」
「ラーウスさま、大丈夫ですかっ?」
「ん……大丈夫……じゃないかもしれない」
「えっ」
ラーウスさまはゆっくりとしゃがみ込み、痛そうに頭をさすっていた。
「ルベルが撫でてくれたら、治ると思う」
「え、わたしが、ですか?」
「あぁ。ルベルじゃないとダメなんだ」
前に似たような言葉を聞いたことがあったな、と思ったけれど、それよりもラーウスさまの状態のほうが気になったので、ゆっくりと身体を起こし、ラーウスさまの言うとおりに、頭を撫でた。
ラーウスさまの髪の毛は、思っていたよりも硬かった。それでも、手触りは絹のようにすごくよくて、ずっと撫でていたい気持ちになった。ラーウスさまがやたらとわたしの髪の毛と耳にこだわる気持ちがちょっとだけわかった。
「どのあたりですか?」
と問えば、ラーウスさまはわたしの手を取ると、痛む場所に導いてくれた。
触ると、たんこぶができているという感じではなかったので、安心したけれど、ぶつけたところはなにせ、頭だ。大丈夫だろうか。
「痛いですか?」
「いや、すぐに癒しの魔法をかけた。だけど、ルベルが触ってくれたら、もっと早く治まるから」
ラーウスさまの言い分がよくわからなかったけれど、ラーウスさまの気が済むまで、わたしはずっとぶつけた場所を撫でていた。




