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婚約破棄から始まるけれど、どこまでもやさしい世界  作者: 倉永さな


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16/30

*十六* もっと笑ってよ

     ◆   ◆


 薬草園に水をあげたり、様子を見たりしていると、ベランダにわらわらと人が集まってきていた。

 どうやら、小屋を建てるための大工さんがやってきたようだった。


 ラーウスさまは執務室から出てきて、なにか指示を出していた。

 大工の棟梁らしき人と話をしていて、しきりにうなずいていた。


 わたしは手早く作業を済まし、ラーウスさまの元へと向かった。


「あぁ、ルベル。小屋はもう組むだけらしいので、お昼過ぎにはできるそうだよ」

「え、早いですね」

「それほど大きなものではないからね。ところで、ルベル」

「はい」

「本当にこんなに風通しのよい小屋にしてしまっていいのかい?」


 とラーウスさまは棟梁から受け取った設計図をわたしに見せてきた。

 設計図を見ただけではよく分からないから、首を傾げていると、横から、棟梁が完成図を見せてくれた。これなら分かりやすい。

 そこに書かれていた小屋は、白を基調としたもので、小屋というより、木の板が敷かれた四方に柱があり、屋根がある、大きめのガゼボみたいなものだった。


「前にルベルからウィケウスの花は風通しのよい小屋で乾燥させると聞いていたから、私なりにいろいろと資料に当たって考えてみたのだよ」

「え、これ、ラーウスさまが設計されたんですか?」

「いや、完成図だけだ。ここに置いても問題のない見た目と、風通しの良さを兼ね備えた小屋と考えたら、こういうものになったわけなんだが……」


 たしかにこれだと風通しはよいけれど、風を遮るものもないし、雨が降ったら、横から降り込んできてしまう。


「これでもいいのですが」

「うん」

「壁がないんですね」

「あぁ、壁はルベルが編んでいた編みを代用してはどうだろうか」

「え……それだと、雨が降り込んだとき、困りませんか?」

「そこは雨避けの魔法を掛けるから、大丈夫だよ」


 あぁ、そうか。

 ラーウスさまは植物学が専門とはいえ、国最高位の魔法使いだった。すっかり忘れていた。


「問題がなさそうです」

「ふむ。それなら、これですすめてほしい」

「はい、かしこまりました」


 強面の棟梁はラーウスさまから恭しく完成図と設計図を受け取ると、作業員たちに指示を出し始めた。


「すごい、素敵です。小屋というよりガゼボみたいです」

「あぁ、そう言われてみれば、そうだな」


 わたしたちは部屋に戻り、トンカンと音が響く中、仕事をした。

 そして、棟梁が言ったとおり、小屋はお昼までにできあがった。

 完成図もよかったけれど、実物はとても素敵だった。

 木の板で少し高めになった床の四方に頑丈な白い柱が立ち、さらには真っ白に塗られた木の板が屋根になっていた。この四方を囲む網を編むのは、結構大変かもしれない。だけど、そうすることで風通しがよくなるのなら、頑張るしかない。


 お昼ご飯を食べた後、わたしは早速、小屋の掃除をして、ウィケウスの花を干す準備をし始めた。

 ウィケウスの花を干すのは、根っこから引っこ抜いて、束にして、逆さにして乾燥させる。乾燥が終われば、花と葉と茎とより分けて、花だけを煎じて飲むのだ。葉と茎は、よく燃えるので、薪に火を付ける基材となったりする。ウィケウスの花は甘い香りがするのもあり、葉と茎も燃やすと特有の甘い香りがして、わたしは結構、好きだ。

 なぜ、花だけ乾燥させないのかというと、ウィケウスは花だけ必要なのだけれども、葉と茎も水分を多く含んでいるため、普通に燃やせないのだ。それに、下手にその辺りに捨ててしまうと、ウングラがやってきて荒らしてしまうため、時間が掛かっても乾燥させて、燃やしてしまうのが一番なのだ。

 葉と茎にも利用方法が他にあればいいのだけど、今のところは廃棄処分するしかない。

 乾かすための竿の調達と、追加で縄も買ってこなくてはならなくなった。

 あぁ、先ほどの大工さんたちに乾かす竿も作ってもらえばよかったのかと思ったけれど、すでに遅かった。この間、買い物したお店でまた仕入れてこよう。

 そんなことをつらつらと考えていると、ラーウスさまが小屋にやってきた。


「壁がないと、こんなに寒いのか」

「えぇ、そうですね。遮る物がないですから」

「ウィケウスの花は寒くても平気なのかい?」

「えぇ。アウリスでも問題なく育ちますから、寒さには丈夫なのかもしれません」


 雪が降っていても花を咲かせるくらいだから、寒さにはとても強いのだと思う。


「温度よりも、風通りが重要だと父が申しておりました」

「ふむ。なかなか興味深い。今度、ウィケウスについて論文でも書こうかな」

「え……」


 ラーウスさまは植物学者であるから、論文を書いても問題がないけれど、いろいろと支障がないだろうか。


「私が論文を書いたら、ルベルは困る?」


 質問に即答できなくて、口ごもっていると、察してくれたらしく、ラーウスさまは苦笑を浮かべた。


「論文を書くのなら、アウリスのことを書かなくてはならないか。それは困るね」

「……すみません、ラーウスさまの研究を邪魔するような……その……」


 言葉を探しているうちに、ラーウスさまはわたしの頭を撫でてきた。また耳でも出てきてしまっているのだろうかと思って慌てて頭の上に手を当てると、ラーウスさまは笑った。


「大丈夫、出てないよ」

「ぅ……」

「論文を書くのはしないけれど、一植物学者として、ウィケウスはなかなか興味深いのだよ。だから、研究はさせてほしいな」

「……それなら、問題ないかと思います」

「心配することはない。研究結果はどこにも発表しないから。私個人の好奇心が刺激されたというか……」


 研究熱心で仕事馬鹿なラーウスさまらしい言葉に、わたしは思わず笑ってしまった。

 そんなわたしを見たラーウスさまは、なぜか急に赤い顔になった。


「ルベルが笑っているところ、すごくかわいい……!」

「えっ」

「ルベル、もっと笑ってよ」

「そうおっしゃっても……」


 騎士団長からきつく言われていることの一つに、勤務中の態度がある。勤務中の私語はもってのほかで、さらには、表情も変えてはならないと言われているのだ。

 騎士団長がわたしの普段の仕事ぶりを見たら、怒られそうなことをやっているけれど、それはラーウスさまの意向も大きくあるから、小言で済むとは思うけれど、改めて自分の行動を鑑みると、気安くしすぎのような気がしないでもない、と、今さらながらに思った。


「ルベル、もっと私のために笑ってよ」


 そう言って、ラーウスさまはわたしの頬を手の甲でするりと撫でてきた。思わず、身を竦めてしまう。


「ルベルが幸せそうに笑っているのが、私の幸せなんだよ」

「ラーウスさま……」


 ラーウスさまはわたしの結んだ髪の毛を一房ほど手に取ると、毛先にキスをした。


「ルベルのことが、愛しくて仕方がないんだ」


 今、お仕事中ですよ、と言いたかったけれど、ラーウスさまから漂ってくる甘い匂いにやられたわたしは、なにも言えなかった。


 それにしても、ラーウスさま、なんで急にこんなに甘くなってしまったのでしょうか。

 恥ずかしいから、勤務中は控えていただきたいです!


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