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婚約破棄から始まるけれど、どこまでもやさしい世界  作者: 倉永さな


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14/30

*十四* ニックスの花摘み

     ◆   ◆


 お昼を食べた後、わたしは街へ縄を買いに行った。わたしが街に出ている間、ラーウスさまは、今日の夜のために、仕事を終わらせた。

 街から執務室に帰ると、ラーウスさまはすでに湯浴みを済ませて、ベッドに転がって、本を読んでいた。


「ルベル、お帰り」

「ただいま戻りました」

「ルベルもすぐに寝る用意をしておいで」

「はい」


 こんなにくつろいでいるラーウスさまを見るのは初めてかもしれない、なんて思いながら、隣の自室へ向かい、湯浴みをした。

 それにしても、専用で湯浴みができるなんて、なんて贅沢だろうか。

 寝る準備をして、ラーウスさまのところに戻ると、疲れがたまっていたのか、すでに眠っていた。

 ラーウスさまを起こさないようにそっと布団に入り、そっとその背に抱きついた。途端、ラーウスさまから、わたしの大好きな甘い匂いが漂ってきた。


「ん……ルベル?」

「あ、すみません、起こしてしまいましたか?」

「いや、私はいつの間に寝てしまっていたんだろう」


 ラーウスさまは寝返りを打って、わたしの方へ身体を向けると、やさしく抱きしめて来てくれた。


「ここのところ、お仕事が忙しそうでしたから、疲れがたまっているのではないですか」

「疲れてはいないよ。ルベルが帰ってきて、ホッとしたんだと思うよ」

「え……?」

「街に出ると言って、私を置いて、アウリスに行ってしまったかもしれないと思ったんだ」


 そんなこと考えたことがなかったから、わたしは慌てて首を振った。


「どうしてそんなことをしないといけないのですか」

「……私がアウリスに行くのは、迷惑かと考えていた」

「迷惑だなんて、そんな……!」


 思いもよらないことを言われて、わたしは思いっきり否定するために首を振った。


「ラーウスさまにお休みをいただきに行ったとき、もらえなかったらこっそり抜け出そうとは思いましたよ?」

「ほら、やっぱり思ってたんだ」

「でも、それは……!」


 もしもラーウスさまに、わたしが獣人であるというのがバレなければ、そうしていたかもしれない。だけど、運悪く、バレてしまった。


「ラーウスさまにわたしの正体を知られてしまいましたし、故郷の場所も把握されていましたから、逃げても無駄だと悟りました」

「ルベルは驚くほど、私の性格を見抜いているね」

「え?」

「ルベルが私の元から逃げても、どこまでも追いかけるつもりでいたんだよ」

「…………」


 ラーウスさま、怖い。

 しかもラーウスさまの魔法の腕であれば、それが可能であるだろうから、余計に怖い!


「でも、逃げなかった」

「……はい、逃げません」


 そう言って、真っ直ぐにラーウスさまを見つめれば、嬉しそうに笑ってくれた。

 その笑みは、わたしの大好きな笑みだった。


「私がルベルを追いかけていたつもりだったけれど、いつの間にか、わたしがルベルに捕まってしまったようだ」


 そう言って、ラーウスさまはわたしの頬にキスをした。


「ルベル、愛しているよ」

「わっ、わたしも……そのっ」

「うん」

「あ……あ、あい……して、ま、す」


 真っ赤になりながら伝えると、ラーウスさまは蕩けるような笑みを浮かべてくれた。


「ルベルから愛の言葉をもらえるとは、私はなんて、贅沢なのだろうか」

「ラーウスさま……」


 ラーウスさまは甘い笑みを浮かべると、今度は反対側の頬にキスをした。


     ◆   ◆


 わたしとラーウスさまは仮眠を取り、月が輝く中、しっかりと防寒をして、薬草園へと向かった。

 ニックスの花が咲くのを待つのは、薬草園で使う道具を入れている小さな小屋でだ。防寒してきているとは言え、さすがに外で待つのは寒すぎる。火は焚けないけれど、風よけができるだけ、まだこの小屋の中はマシだ。

 小屋に入ると、わたしは花を摘んだ後に入れる籠と、はさみを用意した。


「ルベル、寒いだろう?」

「いえ、大丈夫ですけど。ラーウスさまは寒いですか?」


 と問えば、


「少し寒いかな。だから、ルベル。もっと近くに来てくれないか」


 そういえば、昨年も同じように言われたことを思い出した。

 そのときはなにも考えないで側に寄ったら、ニックスの花が咲くまでずっと、抱きしめられていた。

 わたしは犬の獣人であるから、寒さには強い。それに、寒いといっても、アウリスに比べれば、ここは暖かいから、寒いには寒いけれど、我慢できない寒さではなかった。

 ラーウスさまに言われるままに近寄れば、やはりギュッと抱きしめられた。


「ルベルは暖かいね」

「ラーウスさまも暖かいですよ」

「ルベルを抱きしめていると、心まで温かくなるんだ」


 ラーウスさまにそう言われて、わたしも同じような気持ちでいることに気がついた。

 ラーウスさまの側にいると、心が落ち着くし、なんだか温かな気持ちになる。それが好きという気持ちだと気がついたのは、つい最近のことだ。

 騎士団長にどんなことがあっても動揺するなと言われていたから、自分の気持ちに対して、少し鈍感になっていたのかもしれない。


「わたしも、同じです」

「私たちは、気が合うね」

「……そうかもしれません」

「うん。ルベルを選んだのは、間違いでなかった。私の仕事も、私のことも理解してくれているし、こうして、同じような気持ちでいてくれる。これはとても貴重なことだよ」


 ラーウスさまはそうおっしゃってくれるけれど、ラーウスさまこそ、わたしのことをよくご存じだと思う。

 それに、一緒にいるととても居心地がいいし、なによりも、ラーウスさまの甘い匂いが、わたしは大好きだ。それが魔力の匂いであると知った今でも、わたしが特殊な体質であることも幸いして、ラーウスさまはいなくてはならない存在になっていた。


「わたし、ラーウスさまとお知り合いになれて、とてもよかったです」

「ルベル、それは私の科白(科白)だよ。ルベルと知り合わなければ、こうして元気に研究を続けられなかったのだから」


 知り合う前のラーウスさまは、確かに遠目から見ても、いつも顔色が悪かった。遠くからでも、無理しているのが分かるくらいだったから、相当、苦しかったのだと思う。


 そんな話をしていると、ニックスの花がふわり……と咲いたのが匂いで分かった。


「ラーウスさま、ニックスの花が開きました」

「えっ?」

「早く行って、採取しましょう」

「見てもないのに咲いたのが分かるのかい?」


 口にした後に、しまったと思ったけれど、昨年までならともかく、今はラーウスさまに自分が獣人だとバレてしまっているから、からくりを話すことにした。


「ニックスの花が開く瞬間、とってもいい香りがするんです」


 と言えば、ラーウスさまは、鼻をヒクヒクとさせていた。

 それがちょっとかわいいと思ったのは、ラーウスさまには内緒にしておこう。


「……分からないな」

「わたしは犬の獣人ですから、人よりも匂いに敏感なのかもしれません」

「あぁ、なるほど。それで昨年も、その前の年も、咲いたらすぐに分かったのか」

「そうです」


 昨年までは、花が開いた匂いがした後、そろそろかもしれないですねと誘導した覚えがあった。今年はすっかり油断していて、見る前に咲いていることを伝えてしまった。


「ふむ。やはりルベルは私にはとても必要だな」

「え」

「ルベルの選んでくる薬草は、どれも質がいいんだ。それは匂いでわかるのかい?」

「え、と。はい」


 目で見ても、違いが分からないときは、匂いがよいものを選んでいるのだけど、それが質と繋がっていたとは思いもしなかった。


「なるほどね」


 ラーウスさまは納得したのか、わたしの手を取ると、小屋から出た。

 今日は雲一つない夜空で、まん丸な月が空の上に浮かんでいて、灯りがなくても充分に明るかった。

 そんな中、ニックスの花が幻想的なまでに美しく、開いていた。

 ニックスの花は、透き通った水色をした、儚い花弁を持つ花だ。茎と葉には毒があるが、花には薬となる貴重な成分がたっぷり含まれているという。その成分がなにかは、ラーウスさまから説明をされたけれど、よく分からなかった。とにかく、冬の一晩だけ咲く、貴重な花。


「一、二、三……うん、今年はよく咲いてるね」

「はい。どれくらい採取しますか?」

「そうだね。来年のために種を取らなければならないから、半分くらいは花を摘もうか」

「はい、かしこまりました」


 わたしとラーウスさまは手分けをして、花弁の部分をつまみ、茎と葉を触らないようにしながら、丁寧に摘んでいった。

 ラーウスさまがおっしゃったように、今年はたくさん咲いているため、用意していた籠にいっぱいになった。


「これだけあれば、当分、困らないな」

「そうですね」

「執務室に戻って、乾燥させよう」

「はい」


 わたしたちは小屋にはさみを戻すと、籠だけ抱えて執務室に戻り、紙の上に花を広げた。


「さて、思ったより早く終わったね」

「そうですね」

「それでは、寝ようか」


 ラーウスさまにそう言われて、急に眠気が襲ってきたので、あくびをしたら、笑われた。


「ふふっ、かわいいな」


 ラーウスさまはわたしを見て、幸せそうに笑った。

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