*十三* 意外に器用なんだね
◆ ◆
ラーウスさまの提案に、わたしは言葉を失った。
え、ラーウスさまがアウリスに行くのっ?
ってことは……。
「思いつきで言ったけど、いい提案だと思わない?」
ラーウスさまはにこやかにそんなことをおっしゃった。
なにがいい提案なのでしょうか。
ラーウスさまは、第三とはいえ、王子だ。いくらお忍びでと言っても、護衛はわたしを入れて三人以上は必要だろう。
アウリスの状況が分からない現在、あそこが獣人たちが住む町だと知る人が少ない方がいいに決まっている。
「だっ、駄目です!」
「どうして?」
「どうしてって、ラーウスさまとわたしだけで行くのなら、なにも問題ないのですが、お忍びで行くとしても、護衛が必要ではないですか!」
そう反論した後、とんでもないことを口にしてしまったと、慌てて口を押さえたけれど、遅かった。
ラーウスさまが、楽しそうに笑ったからだ。
「なるほど。それはいい考えだね」
「なっ、なにがですかっ!」
「今、いいことを思いついたんだ」
また、ラーウスさまの“いいこと”発言が飛び出して、わたしは思わず、ため息を吐いた。またロクでもないことに決まっている。
「要するに、ばれなければいいんだ」
「……え?」
「だれにも内緒で、私とルベルの二人だけでアウリスに行こうか」
「ええええっ!」
いやいや、それ、マズイでしょ!
日帰りできる場所ならともかくとして、早馬で片道一日の距離ですよ? どうするつもりなのよ。
「私も準備がいるから、出発は一週間後にしよう。ちょうど、ウィケウスの花も咲く頃だろう?」
「そうですけど……」
「大丈夫だよ、心配することはなにもない」
そう言って、機嫌良く笑うラーウスさまに対して、わたしは不安で仕方がなかった。
◆ ◆
それからどうなったかというと、わたしは普段と変わらない生活だった。一方のラーウスさまは、なにやらいつも以上にお忙しそうだった。わたしが手伝えることといえば、薬草園から指定された薬草を採ってくるくらいで、それはいつもと変わらなかった。
とはいえ、わたしは暇をしていたかというと、わたしはわたしでそれなりに忙しかった。それというのも、ラーウスさまの仕事を手伝う合間をぬって、ウィケウスの花が咲くまでに、街で買って来た縄を使って、ウングラ避けの網を作らなければいけなかったからだ。
これがまた、大変な作業なのだ。
ウングラは目がいいため、目隠しをしなければならない。板状のもので囲えるのならば、楽なのだけど、それだと、風通りが悪いため、ウィケウスの花の匂いが悪くなってしまうらしいのだ。
そのため、縄を使って六角形の模様の網を編んで、目隠しとする。
どうして六角形なのかというと、今までの経験上、ウングラの目を欺けるからだという。
実家のウィケウスの畑の周りには、六角形模様の網が張り巡らされているけれど、これがあるため、わたしが知る限りでは、ウングラの被害に遭ったことがない。
わたしがせっせと編んでいると、ラーウスさまが興味深そうに手元をのぞき込んできた。
「ルベルは、なにをしているんだい?」
「ウングラ避けの網を編んでいるんです」
「そんなものがあるのかい?」
「はい。ウングラは目がいいのですが、この網で囲えば、なぜか欺けるのです」
と作業途中の網を見せれば、ラーウスさまは深くうなずいた。
「なるほど。これは虫除けの魔法陣だね」
「え……?」
「ルベルは虫の目を見たことがあるかい?」
「ありますけど……」
「よーっく見ると、六角形の複数の目が隙間なく並んでいることを知っているかい?」
「いえ、初めて知りました」
「たぶんだけれど、この網を見て、ほかの虫がいると思って、寄ってこないのではないのかな」
「……そういうことなのですか」
ウングラは目が良いため、遠くからでも見える。縄張り意識が強いウングラは、別の虫がいると思って、近寄らない、ということか。
「どうして六角形なのか、ずっと疑問に思っていたのですけど、そういう理由だったのですね」
理由が分かれば、納得だけど、それにしても、ラーウスさまはやはり物知りだ。
「ところで、かなり大きなものだけど、これ、どれくらい編むの?」
「畑の幅に合わせてなので、横はこれくらいですけど、縦はウィケウスの丈に合わせてなので、これの倍くらいですね」
「畑の幅に合わせてと言うけれど、ルベルがウィケウスを撒いたところを見てきたけれど、深い溝が六角形に掘られていたけれど、この網、六枚作るってことだよね?」
「はい、そうです」
「それ、大変だよね?」
「大変ですけど、すでに二枚はできています」
「え、もう二枚できてるの?」
「はい」
久しぶりだったから、一枚目は感覚が戻るまで手こずったけれど、コツを思い出してからは、さくさくと編むことができたから、すでに四枚目だ。一日に一枚の計算だから、どうにか間に合いそうだ。
「ルベル、キミは意外にも器用だったんだね」
ラーウスさま、微妙に失礼なことを言ってませんか? と思ったけれど、そう思われても仕方がないかもしれない。なにせ、ラーウスさまの手伝いを始めた頃は、緊張し過ぎて、失敗ばかりしていたのだから。
「ルベル、一つ、頼まれてくれるかい?」
ラーウスさまはわたしが編んだ網に視線を落としながら、口を開いた。
「この大きさで構わないから、まだ編むことはできるかい?」
「はい、できますけど……?」
「出発の日までに、編めるだけ編んで欲しい」
「編むのはいいですけど、縄が足らないから、買い足しに行こうかと思っていたところでして……」
長めに買って来たのだけど、高さを予定より高くしたため、足りなくなっていたのだ。頃合いを見て、追加を買いに行こうと思っていたのだ。
「それなら、多めに買って来てくれないか」
「はい。それでは、ラーウスさま。お昼の後、少し外出してもよろしいですか?」
「あぁ、いいよ」
あっさりと外出の許可をもらえて、ホッとした。
「そろそろ、お昼だね。ちょうどきりもよいし、そろそろ食べようか」
ラーウスさまの誘いに、わたしはうなずいた。
いつものように、並んで食べていると、ラーウスさまが口を開いた。
「そういえば、ルベル」
「はい」
「今日の水まきは終わったのかい?」
「はい。朝一番に水をやりに行ってきました。そうでした、報告がありました」
水まきをしているときに気がついたことがあったから、ラーウスさまに報告をしようと思って戻ってきたら、取り込み中だったので、後回しにしていたことを思い出した。
「ニックスに蕾ができていました」
ニックスは、冬の、しかも夜にしか咲かない花だ。蕾ができているということは、今日か明日あたりに花を咲かせると思われる。
「ルベル、悪いけれど、今日と明日の夜は、ニックスの見張りだ」
「はい」
ニックスの葉には毒がたっぷりと含まれているけれど、その花には、薬となる貴重な成分が含まれているという。
「アウリスに行っている間に咲かれなくてよかった」
「……そうですね」
ラーウスさま、本気でアウリスに行くつもりでいるの? と改めて思ったけれど、突っ込みはしないことにした。
「今日と明日は夜通しの待ちとなるから、今日は仕事を早く切り上げて、仮眠しよう」
「はい」




