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婚約破棄から始まるけれど、どこまでもやさしい世界  作者: 倉永さな


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11/30

*十一* ウィケウスの花のこと

     ◆   ◆


 目が覚めたら、目の前にあどけない寝顔のラーウスさま。気持ち良さそうに寝ているけれど、そろそろ起きないといけない時間だと思う。

 でも、麗しい寝顔をもっと見ていたくて、じっと見つめていたら、視線に気がついたのか、ゆっくりとまぶたが開いた。寝起きだからなのか、少し潤んだ灰色の瞳が美しくて、思わず見とれていた。


「ルベル、おはよう?」


 じっと見つめて動かないわたしを訝しく思ったのか、疑問系での朝のあいさつだった。


「ぁっ、おはようございます、ラーウスさま!」


 思わず見とれていたなんて言えなくて、慌てて(いら)えれば、ラーウスさまは楽しそうにくすくすと笑った。


「そんなにじっと見つめられたら、恥ずかしいよ」

「そのっ、すみません! 気持ち良さそうに眠っていらしたので、つい……」

「それはルベルが側にいてくれるからだよ」


 朝からの甘い言葉にくらりとしていたら、ラーウスさまはわたしの頬を撫でてきた。


「ルベルが側にいてくれるから、とても体調がいいのだよ」


 確かにここのところ、ラーウスさまの顔色はとてもよい。機嫌も良さそうだし、ラーウスさまの騎士として嬉しい限りだ。

 笑みを浮かべれば、ラーウスさまも同じように笑みを返してくれた。大好きなこの笑顔を独り占めできるなんて、なんという贅沢だろう。贅沢すぎて、怖くなることがある。

 ラーウスさまはわたしのほんの少しの表情の変化を読み取ったのか、小さく首を傾げた。


「ルベル」

「はい」

「耳、触りたいな」


 そう言われて、慌てて頭の上を押さえたけれど、耳は生えていなかった。昨日と今日、起きてすぐにウィケウスの香りを嗅いでいないのに、どうしてだろう。


「だっ、駄目です! 昨日、さんっざんっ! 触ったじゃないですか!」


 そうなのだ、朝、約束したからと言われて、ラーウスさまはずーっとわたしの耳を触っていたのだ。さらに! 第二の弱点である尻尾もずーっと触っていた。


「じゃあ、今日の夜ならいいのかい?」


 ラーウスさまは悲しそうに瞳を潤ませ、上目遣いにそうやって聞いてきた。

 これはずるすぎる。


「……うっ」


 実際のところ、ラーウスさまに触られるのは嫌いじゃない。というより、むしろ好きだ。好きなんだけど、気持ちが良すぎて、前後不覚になってしまうのがいただけない。


「ルベルの髪の毛も気持ちがいいけど、尻尾と耳の毛の触り心地、最高なんだよ!」


 わたしの頭の上に生える耳の毛と尻尾は、髪の毛と同じく、赤くて細くてふわふわだ。自分で触っても気持ちがいいと思うのだから、自分以外が触っても気持ちがいいのだろう。それは分かる。分かるけれど、だ。


「……あんまり触り過ぎないでくださいね?」

「それは約束しかねる」


 そんな馬鹿正直に答えなくても。

 でも、そんなところもラーウスさまのいいところだと思う。


「ところで、ルベル」

「はい?」

「耳と尻尾はどういうときに出てくるんだ?」


 いきなりの話題転換に戸惑ったけれど、いい機会だと思ったから、説明をすることにした。


「わたしたち獣人は、基本は獣の姿をしています」

「そうなのか。じゃあ、ルベルは犬になれるのか?」

「いえ、完全な獣姿の獣人もいますけれど、わたしの場合は耳と尻尾のみです」

「ほう」

「獣人は、ウィケウスの花を干して煎じたお茶を飲めば、人間と同じ姿になれるのです」

「ウィケウスの花といえば、紫色のかわいらしい花だよな」

「はい。種をまけば、一週間で花を咲かせるような、成長が早い花です」


 とそこまで説明して、ふと疑問が浮かんできた。

 荷物が届かなくなる前に送られてきた荷物に入っていた手紙に、ウィケウスの花が不作だと書かれていたのを思い出した。

 だけど、ウィケウスの花はとても丈夫だし、手入れもそれほど必要がないくらい、強い花だ。それが不作って、やっぱりおかしい。


「ルベル?」


 急に黙ったわたしの顔を、ラーウスさまは心配そうにのぞき込んできた。というか、顔、近いです、近すぎです!


「ラッ、ラーウスさまっ!」

「うん、どうしたんだい、ルベル?」


 今にもキスができそうなくらいの距離に、ラーウスさまの顔があって、慌てて飛び起きた。


「近すぎます!」

「キスくらい、させてくれてもいいじゃないか」

「────っ!」


 そっ、そんなっ、朝からだなんてっ!

 と思っていると、ラーウスさまは、素早く起きあがって、ベッドから降りるときに、頬に掠めるようなキスをした。

 もっ、もうっ!

 真っ赤になったわたしを面白そうに見た後、ラーウスさまはベッドに腰掛けた。


「それで、今、なにを考えていた?」

「え……? あ、はい。ウィケウスの花が、今年は不作だと聞きまして……それでなのか、荷物が届かなくて、困ってるのです」


 そうだった。

 わたしが獣人だとバレてしまったのは、実家から荷物が届かないからだったのを思い出した。今の今まで忘れていたのは、ラーウスさまとの結婚が衝撃的だったのと、ここのところ、どうしてなのか、ウィケウスの香りを嗅がなくても、耳と尻尾が出なかったからだ。

 ラーウスさまは眉間にしわを寄せて、唸っていた。


「不作?」

「はい、そう手紙に書かれてました」

「ウィケウスはとても丈夫で、いや、むしろ丈夫過ぎて、植える場所を選ばないといけないと聞いていたのだが」

「はい、そうです」


 ウィケウスは、獣人たちにはなければならない植物であるけれど、人間たちからは逆に、疎まれている。理由は、ラーウスさまが語ったように、繁殖力が強すぎて、植える場所を考えないと、すべてがウィケウスに占領されてしまうからだ。

 それほどの繁殖力があるのに、不作って、やっぱりなにかがおかしい。


「ウィケウスの種、あるんだけど」

「えっ」

「ルベルに任せている薬草園の片隅に植える?」

「えっ、いいんですかっ?」

「いいよ」

「ありがとうございます!」


 ウィケウスは繁殖力が非常に高いけれど、きちんと管理さえすれば、問題のない植物なのだ。


「それでしたら、ラーウスさま」

「うん?」

「街に買い物に行ってもよろしいでしょうか」

「買い物……?」

「はい。ウィケウスをそのまま路地植えすると、際限なく広がってしまいますし、なによりも、ウングラが来て、畑を荒らしてしまいます」

「……ウングラ?」

「はい」


 と答えた後、その姿を思い出して、ぶるりと思わず震えてしまった。

 名前を口にしただけでもあの恐ろしさを思い出してしまうほど、ウングラは恐ろしいのだ。


「もしかしなくても……」

「そっ、それ以上は!」

「ルベル、震えているけれど、怖いのかい?」

「は……はい……」


 騎士団長がこの場にいたら、『騎士たるもの、いかな時でも怖いと震えるな!』と一喝されそうだったけれど、ウングラを思い出すだけで本能的な震えが来るのだから、仕方がない。


「そのウングラというのがなにか分からないけれど、試しに植えたウィケウスは、花が咲いたらあっという間になにかに食い荒らされた挙げ句、畑もさんざん荒らされて大変だったから、植えるのを止めたんだよ。私はウィケウスの花の見た目と香りが好きだったから、香油でも採ろうかと思ったのに、残念だったよ」


 ウィケウスは花を乾燥させて煎じて飲むか、ポプリ代わりにするかしか知らなかったけれど、香油なんて採れるのだろうか。もしも簡単に採れるのなら、あのお茶が苦手な獣人には朗報かもしれない。


「あのっ」

「なんだい?」

「ウィケウスから香油って採れるのでしょうか」

「どうだろうか。試す前に全部、食われてしまったから、分からないんだよ」

「もしも香油が採れるようでしたら、それは獣人にとって、大変な朗報です!」

「そうなのかい?」

「はい。わたしたちはウィケウスの花を干して、それを煎じて飲んでいます」

「へぇ。どんな味がするんだろう。今度、試させてほしいな」

「それはかまいませんが、匂いは甘いのに、味は苦いんです」

「ほう。それをルベルは毎日?」

「はい。飲まなければ大変なことになるので、仕方なく、毎日……」


 そうなのだ。ウィケウスを煎じて飲むのは、かなりの苦痛なのだ。もしもそれから解放されるのならば、願ったり叶ったり、だ。


「なるほど。色々と試してみる価値はありそうだね」


 そう言って、ラーウスさまは笑った。

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