*十* 贈り物
◆ ◆
寮の部屋に帰ろうとして、ふとそういえば、自分の部屋が移動したことを思い出した。
部屋の鍵などは預かっていなかったから、とりあえず、ラーウスさまの執務室へと向かった。
扉を叩いて、部屋に入ると、ラーウスさまはソファに座ってお茶を飲んでいた。
「ルベル、お帰り」
「ただいま戻りました」
と、いつもの癖でそう言えば、ラーウスさまは小さく笑った。
「うん、やっぱり、ルベルはルベルだね」
そう言って、ラーウスさまは楽しそうに笑っている。
なんだかよく分からないけれど、褒められている訳ではないようだと気がつき、ムッとした表情を返したけれど、それでもラーウスさまは笑ったままだった。
「ラーウスさまっ」
「あぁ、悪い、悪い。あんまりにもルベルがかわいいから」
と若干、誤魔化され気味に言われたけれど、そこで、そういえばと思い出す。
「ラーウスさま、お土産を買ってきたんです」
「私に?」
「はい」
そうして、大切に片付けておいた懐から髪紐が入った袋を取りだし、ラーウスさまに手渡した。
「開けても?」
「はい。ぜひ、今」
がさがさと音を立ててラーウスさまは袋から髪紐を取りだした。
室内の淡い光の中でもはっきりと分かる、赤と白の髪紐。お店で見たときは思わなかったけれど、ラーウスさまの手の中にあると、なんだかとっても高級品のように見えるから、不思議だ。
「これは……二本入っているけれど?」
「あの……それは髪紐でして」
「うん」
「ラーウスさまがお嫌ではなければ、そのっ、わたしと……お揃いで……」
と言った後、恥ずかしくなって耳まで真っ赤になった。
なんだかその場の雰囲気でなにも考えないで買ったけれど、今さらになって、なんて大胆なことをしたのだろうという気になってしまったのだ。
ラーウスさまは髪紐を見たまま、固まっている。あぁ、やっぱりこれは……。
「あのっ、すみません、出過ぎたことを……っ」
ラーウスさまへのお土産物に髪紐だなんて、ちょっと似合わなかったかもしれない。本当ならもっと、高価なものの方がよかったのかも、と今さらながら後悔が押し寄せてきた。
わたしの焦りにラーウスさまは気がついたのか、かなり戸惑ったように口を開いた。
「いや、ルベル。その……なんて言えばいいのか……」
「す、すみません! もっとちゃんとしたものを買ってくればよかったですね」
「ルベル、違うんだ。嬉しすぎて、言葉が出てこないんだ」
「え……」
なんでも手に入ると思われるラーウスさまが、わたしでも手に入るような髪紐ひとつで、言葉を失うくらい嬉しいなんて、あるの?
しかも図々しくもお揃いでだなんて、もっと考えて選べばよかった……!
「ルベル、私のはどっちだい?」
「え……?」
「早速、結んでみようと思うんだけど、どちらが私で、どちらがルベルの物なんだい?」
聞かれて、そういった説明は受けてないことに気がついた。
「あの……たぶん、どちらでもいいかと思います」
「そうなんだね。確かに、どちらも同じ長さのようだ」
「はい。同じ紐を、二つに分けて作ったと聞きました」
「なるほど。同じ物を分け合い、同じように編んだ髪紐なんだね」
そういえば、商品を手には取ったけれど、一目で気に入ったから、詳細までは見ていなかった。少し太めで赤を基調にしている髪紐、という認識でしかなかった。
「この編み方は、幸せを現す編み方だね」
「そうなんですか? さすがラーウスさま、よくご存じですね」
「たまにね、依頼が来るんだよ。幸せの編み紐が欲しいってね」
言われてみれば、紐を調達してきて欲しいと言われたことが何度かあったことを思い出した。
「紐を調達してほしいというのは、こういう物を作るためだったのですね」
「うん、そうだよ。私の場合は、もっと短くて、手首に巻くものや、お守り袋の中に入れる程度のものばかりだったけれどね」
「あの、今度、作り方を教えてください。わたしにもできるようでしたら、お手伝いをしたいです」
「あぁ、そうだね。今度、私のためになにか編んでもらおう」
ラーウスさまのためになんて、そんな、恐ろしい……!
でも、わたしが作った物を身につけていただけるのは、大変に光栄なことなので、お願いします、と頭を下げたら、やはり笑われた。
ラーウスさまはひとしきり笑った後、今、結んでいる灰色の紐をするりと抜き、代わりに、渡した赤い紐でしゅるりと髪を結んだ。
予想した以上に似合っていて、思わず息をのんだ。
「どうだい?」
「すごく……素敵、です」
「うん、ルベルの見立てがよいからだね。私の灰色の髪に赤は映えるね」
「はい、とてもよく似合っています」
「それでは、ルベル。キミもこの紐で髪を結ぼうか」
「え……あ、はい」
「じゃあ、ここに座って。私が結んであげるから」
「え……え、えっ?」
ラーウスさまはソファから立ち上がり、わたしの手を取り、先ほどまでラーウスさまが座っていた場所に座らされた。
ラーウスさまはわたしの後ろに回ると、無造作に結んでいた髪紐を抜き取ると、代わりにラーウスさまとお揃いの赤い髪紐で器用に結んでくださった。
ラーウスさまは癖のない真っ直ぐの髪でサラサラだけれど、わたしの場合は、ちょっと癖があるし、コシがなくてふわふわとした髪質で、すぐに絡まってしまう。だからラーウスさまのサラサラの髪がとても羨ましい。
「前から思っていたけれど、ルベルの髪、ふわふわで気持ちがいいね」
「ありがとうございます」
あまり自分の髪が好きではないけれど、ラーウスさまからそう言っていただけて、とても嬉しかった。
「ふふ、これでお揃いが増えたね」
そう言われて、指輪も結婚証が分裂したものだから、お揃いといえばお揃いだったと気がついた。
「これから少しずつ、お揃いを増やしていこう」
「はい」
なんだかそう言われて、くすぐったい気持ちになった。
「ルベル」
するり、とラーウスさまの腕が肩から前に回されて、後ろからギュッと抱きしめられた。途端、ラーウスさまから濃厚な甘い香りが漂ってきた。
昨日の夜、ベッドの上でも嗅いだことのある、この香り。
あまりの甘さに、くらり……とめまいがした。
「湯浴みをしておいで」
「は……い」
その意味するところを知り、わたしはぎくしゃくと立ち上がった、まではよかった。
はたと自分の荷物の場所はどこ? と考えられるくらいにはまだ余裕が残っていた。
「あの、ラーウスさま」
「ん?」
「わたしの部屋ですけれど……」
「あぁ、鍵を渡し忘れていたね。これがルベルの部屋の鍵。ちなみに、私の部屋の隣で、部屋同士、繋がっているよ」
「え、あ、はい」
「それと、ルベルの部屋に専用の湯浴み室もあるし、用意もできているはずだ。ゆっくり入っておいで」
「せっ、専用……!」
そんなものまで準備をされているなんて、驚きだった。
「それにしても、ルベルの荷物は少ないね」
「え……あ、はい。それほど必要なものはありませんから」
「それよりも、驚いたのは本だよ、本! 私も読んだことのないような珍しい本も持っているみたいだね」
どうやらすでにラーウスさまは、わたしの荷物を調査済みのようだった。
「あの……気になる本があれば、どうぞご自由にお読みください」
「ほんと? 本当にいいの?」
「はい」
「とっても貴重な本の混じっていたけれど、いいの?」
「曾祖父の代から残っている本だと聞いた物も中にはあるみたいです」
「それはとても貴重だ! 修復魔法と保存魔法を掛けておこう」
「ありがとうございます」
ラーウスさまが本好きというのは知っていたけれど、まさかそこに飛びつくとは思わなかった。
「本は私が整理しておいたから」
「え……っ」
「あまりにも貴重な本を乱暴に扱いそうだったからね、それが我慢ならなくて、私が片付けたのだよ」
なるほど、それで本に関して詳しいのか。
ってか、ラーウスさま自ら本を片付けるだなんて、なんてことをさせてしまったのよ、わたし! ラーウスさまが本を片付けてくださっている間、わたしは呑気に街でお買い物して、お茶をしていたと思うと、大変、申し訳なく思ってしまう。
「ラーウスさま、助かりました、ありがとうございます」
「うん、私が好きでやったのだから、お礼は要らないよ。むしろ、勝手に触って申し訳なかった」
「いえ、大切に扱っていただけたようで、ありがとうございます」
荷ほどきは自分でやるつもりでいたから、かなり適当に詰めていたのだけど、どうやらすでに全部、片付けられているようだと知り、ちょっと複雑な気分にはなったけれど、助かった。
「それでは、部屋の様子を見て、湯浴みをしたら、私の部屋に来て」
「あ……はい」
ラーウスさまのその一言に、わたしは真っ赤になりながら、部屋を辞した。




