第二話 17:30
シャッ・・・シャッ・・・シャシャッ・・・。
聞き慣れた物音で目が覚めた。まぶたを開けるといつもの天井、よりは少し紅い病室である。隣に座っている少女は今も鉛筆を持ってキャンパスに夢中。文字通り、夢見る絵描きである。夢見る、というとちょっと自虐的に聞こえて、少々嫌悪感を覚えるのであるが。
「ひゃっ!びっくりしたー、起きたんだねハルカ」
私がいきなり起き上がったことで、どうやら少しばかり驚かせてしまったようである。ちょっと申し訳ない気持ちになった。
「驚かせてごめんね、おはようマユミ」
「ん、おはよう、だね」
時計を見るとこの時間。おはよう、と言われることに若干の違和感をマユミが覚えるのも理解できる。ちょっとばかり、私がまわりと違うんだなぁということを体感する瞬間である。
この時間は母は働きにでており、いつも病室に来てくれるのがマユミである。幼稚園から高校までずっと一緒、つまりは幼馴染みである。私の事情を、おそらく家族以外で一番理解してくれている人であることは間違いない。
「なに、描いてたの」
私はいつもの疑問をマユミに投げつける。
「ん、ハルカの寝顔、かな」
いつもの、言葉のキャッチボールであるが、私はこのキャッチボールが好きなのだ。たまに病室から見える風景を描いていることもあるが、大体は私の寝顔を描いていることが多い。・・・なぜ私の顔なのか、までは聞かないのであるが。
みせて、と私が言うと、いつも恥ずかしそうにしながらもマユミは見せてくれる。
「また、上手になってるよ」
「そうかなぁ?ハルカちゃん褒めるのうまいから」
「マユミこそ、褒められて伸びるタイプだと思うよ。本当に上手」
ほおを少し紅く染めながら、マユミは静かに喜んでいる。私がはじめの1枚を見たときにはまだ顔の輪郭すらボコボコしていたような、人ではないもののデッサンであった。今となっては顔全体の構成バランスまで調整しているようだ。実に、人みたいな顔をしている。私は、人なんだな、といつも体感する。
絵を見た後に、私が少しだけマユミにアドバイスをする。もちろん、ここはこうするべきだ、と言うのではダメだ。ここをこうしたら、もっと良くなるよ、と上から目線にならないように、相手のことを思いやって。私の少しのアドバイスを、マユミはいつも心待ちにしているようだった。まるで師匠に教わる弟子のように、目を輝かせて。・・・私、絵師じゃないんだけどなぁ。
段々と意識が薄れ始めてきた。これ以上はもう限界だろうか。
「ごめんマユミ、もう時間みたいだ。次見るときをまた、楽しみにしてるよ」
「ん、また私の絵、見てね・・・!」
次に会うときはどのような進化をえて、一段階上の絵になっているのだろうか。そう胸に期待を膨らませながら、私は今日の10分間を終えるのだ。