また混乱の種を撒きましょう!
「おみえになったようです」
玄関の方へ向かうクラウドの後を、王族たちを出迎える為に付いていきます。扉を開ければ、ちょうど林を抜けてこちらへ向かってきているところでした。
カンテラを持つレオンの後ろにヘンリー殿下、フランツ王子殿下、その後ろにそれぞれの護衛が付いています。
レオンは私を見て軽く口角を上げただけで、一言も言葉を発しませんでした。何でも口を開くとぼろが出るため、お仕事中は無言を貫くことにしたそうです。
「ようこそおいでくださいました。フランツ王子殿下、・・・ヘンリー殿下」
「私がついでに感じたのは、気のせいかな?」
クラウドが開けてくれた扉から入って来たお二人へ、略式の礼をします。淑女の礼でないのは、私が着ているのはズボンの方の制服だからです。スカートの方はあの日以来、はいていません。誰にも文句を言われていませんし。
それにしても王族相手でも着飾る必要がないなんて、制服って便利ですね。
「招いてくれて感謝する。カーラ殿」
「いいえ、フランツ王子殿下。本来ならばこちらから、謝罪へお伺いしなければならないところをお越しいただきまして、誠に申し訳ございません」
深く頭を下げてから、不満げに頬を膨らませているヘンリー殿下を無視して、談話室の方へご案内します。レオンを含む護衛の方々は別館へ足を踏み入れることはなく、外で待機するようです。
私はお二人へソファをすすめて、その向かいへ腰かけました。タイミングよくクラウドが紅茶とお茶菓子を置いていきます。それが済むのを待ってから顔を上げ、灯りの元でフランツ王子殿下を見たところで、違和感を感じます。
あれ? なんだろう・・・雰囲気が、違うような?
首をかしげると、王族二人も首をかしげました。私の影の中で、オニキスがふんすと息を吐いた気配がします。
『既に鳥の魔物だったものが寄生している』
「早っ!」
驚きのあまり、声を出してしまいました。私の声に、向かいに座っていた王族たちがびくっとして、私を注視します。
私はゆっくり息を吐いて気持ちを落ち着けてから、姿勢を正して視線を返しました。
「どうかしたのか?」
「申し訳ございません。取り乱しました。・・・あの、ヘンリー殿下。どこまでお話になりましたか?」
「兄上には使徒の話と、代わりの精霊を降ろす話をしたよ? 承諾もいただいた」
ヘンリー殿下が可愛らしく小首を傾げながら言います。
よし。フライング気味どころか完全にフライングですが、説明、承諾済みでしたらきっと大丈夫。たぶん大丈夫。
もう一度、深呼吸してから、私は頭を下げて告げました。
「誠に申し訳ございません。気の早い精霊が、既にフランツ王子殿下に付いています」
「「えっ?!」」
ヘンリー殿下が勢いよくフランツ王子殿下の方へ顔を向けました。フランツ王子殿下の方は、驚いた表情のまま固まっています。
まあ、精霊が付いたところで何の効果音もありませんからね。髪色が変化しますが、鳥はやや朱が混じった金色だったので、ブロンドだったフランツ王子殿下の元の髪色と大差ありませんし。
「そういえば・・・なんとなく色が違うような? 黄金が、朱金になった感じかな?」
ヘンリー殿下の言葉に、フランツ王子殿下が後ろで束ねていた毛先を前へもってきて確認しています。
驚きついでにとっとと契約していただくとしましょう。精霊の自殺に手を貸すようで気に入りませんが、放置すれば狂い死ぬかもしれないというのですから、選択権は精霊側にあるのですし判断を委ねてしまう事にします。
「フランツ王子殿下、お願いがございます。ご自分の精霊に名を授けてくださいませんか?」
自分の髪をまじまじと見ていたフランツ王子殿下が、私をまっすぐに見ました。迷いのない様子から、すでに決めてみえたようです。
「ではフレイと」
『あいあーい! 呼ばれて飛び出ちゃいますよ!!』
そう言って唐突にテーブルの上へ現れたのは、朱金で、背丈より大きな翼の生えているシンプルな膝丈ワンピースを着た、3歳くらいの美幼女でした。
「・・・可愛い」
天使です。天使が目の前にいます。
あまりの可愛さについ心の声が漏れてしまいました。
しかしこの天使。どこかで見たような・・・。思い出せなくて、首をひねりつつヘンリー殿下の方をなんとなく見ると、その顔が渋面な事に気が付きました。
「兄上・・・何を思い浮かべたのですか?」
「ん? いや。特に何も?」
姿を見せている自分の精霊、フレイを凝視しながらフランツ王子殿下が答えます。するとそのフレイが私の方へやってきて、ちょこんと私の隣に腰かけました。
『これといって要望がなかったので、主の記憶から、カーラ様が好きそうなのを勝手に選んじゃいました! どう? カーラ様。この姿、可愛い? 好き? ぎゅってしたくなる?』
キラキラと私を見つめてくるフレイを愛でたい衝動に駆られつつも、フランツ王子殿下の精霊にそんなことをしてはならないと、理性を総動員して耐えます。
そんな私にお構いなしですり寄ろうとするフレイを押しのけながら、私の影からオニキスが出てきました。逆立った毛並みに、怒りが現れています。
『許可もなく触れるな、鳥。塗りつぶすぞ』
『鳥じゃないよ! フレイだよ!』
この二者は仲が悪い訳ではないようなのですが、鳥の魔物だった時も、勝手に私へ近付こうとするとオニキスの機嫌が悪くなりました。
素直に距離をとったフレイが、ぷくっと頬を膨らませて抗議します。
怒った顔も可愛い・・・ん? この感じ・・・まさか・・・。恐る恐るヘンリー殿下へ視線を向けると、殿下は渋面のまま深く頷きました。
「・・・ああ。私の幼い頃の姿だよ」
おうふ。美幼女ではなく、美幼児だったようです。いくら可愛くても、男の子にワンピースを着せるのはどうかと思うのですが。
眉間に皺を寄せた私を見て、ヘンリー殿下が慌てて言いました。
「ない! ないよ! 私はスカートなんてはいたことないからね!」
立ち上がって捲し立てるヘンリー殿下に驚いて、身を引きます。私をかばうようにソファから身を乗り出したオニキスが、小さく低く唸りました。そちらを見たヘンリー王子が苦々しい顔で、ゆっくり腰かけます。
おや? もしかしてオニキスが見えているのかな?
「そちらはカーラ殿の精霊か?」
先ほどまでご自分の精霊へ向けられていたフランツ王子殿下の視線が、いつの間にかオニキスへ向けられています。
やはりオニキスの姿が見えているようですね。早くも「学園内で実体化しない」という父との約束が破られてしまいましたが、相手が関係者で、この別館内ならセーフでしょうか。
「はい。フランツ王子殿下」
今さら否定するのも変なので、素直に認めます。オニキスがソファに腰を下ろして、お座りの姿勢で軽く頭を下げました。
『邪魔をしたな、王子。おい、実体化を止めろ。フレイ』
『いや! カーラ様にぎゅってしてもらうの!!』
ぐう。可愛い!!
上目遣いでこちらへ手を伸ばしてくるフレイの姿に、思わず唾を飲みます。私が手を差し伸べかけたのを察知したのか、オニキスが尾で私の手を叩きました。
危ない危ない。王族の精霊に勝手に触れる、かつヘンリー殿下の幼い頃の姿を愛でるなんて、不敬以外の何物でもありません。
ちらりとヘンリー殿下を盗み見ると、フレイを愛でようとしていた私を見たらしいその表情は、意外なことに満更でもない感じでした。私はてっきり、怒られるのだと思っていたのですが。
『お前の主はあの王子だ。王子にやってもらえ』
『う~。わかったよぅ』
ほよ~っと飛んで行ったフレイが、ちゃっかりフランツ王子殿下の膝の上に座りました。そして私の時のように上目遣いで見つめます。その視線を受けたフランツ王子殿下が、目を見開いて固まりました。
フランツ王子殿下は割とがっしりした体型な上にクラウドに近い身長なので、フレイがものすごく小さく見えますね。
『主。ぎゅってして?』
「・・・あ、あぁ」
硬直から解けたフランツ王子殿下が、力加減を気にしながら慎重に、優しく抱きしめました。それをヘンリー殿下が複雑そうな顔で見ています。
『カーラ様よりだいぶ硬いけど我慢する。でも時々は、カーラ様がぎゅってしてね』
『それは無理だな』
『どうして?』
ソファへ伏せたオニキスがふんすと息を吐いて、私の膝の上へ頭を載せました。
きょとんとした顔で可愛らしく首を傾げる、フレイ。それを愛でたいという欲求を、オニキスの背を撫でることで解消します。
フレイのお願いが叶えられないのは、その主となったフランツ王子殿下が、近々隣国の皇子と引き換えに、人質として交換留学させられるからなのですが・・・。
ご本人であるフランツ王子殿下の前でどう言おうかと、視線を合わせて互いを探る私と、ヘンリー殿下。
きゅっと拳を握りしめて、不安を顔に出すまいとする、フランツ王子殿下。
オニキスが再び、ふんすと息を吐きました。
『お前の主は隣国へ人質として差し出されるからだ』
あっさり言ったオニキスの言葉に、フレイが目を丸くします。そしてフランツ王子殿下へしがみつきました。
『いや~! いきなり死にたくない!! せめてあと30年は生きたい!』
『安心しろ。今晩中に力の使い方を教えてやる』
事も無げに言い切って、オニキスがもっと撫でろというように私のお腹へ頭を擦り付けてきます。その頭をいつものように撫でていると、フランツ王子殿下がこちらへ頭を下げてきました。
「よろしく頼む」
『フレイは火と風が扱える。契約がなされた今、呪文は必要ない。魔法の使い方はフレイか、第三王子に習うといい。フレイへは守り方も教えておく。物理、魔法攻撃へはほぼ無敵に近くなるが、毒物への対処はできない。自身で気を付けるんだな』
視線をフランツ王子殿下へ向けただけで体を伏せたまま告げるオニキスに、不敬を咎められはしないかとハラハラしましたが、それはありませんでした。代わりに唖然としながら聞いていたフランツ王子殿下が、数回の瞬きの後に呟きます。
「・・・さすがは「漆黒の魔女」の精霊だな」
まさかとは思いますが、それは私の事ですかね?
眉間に皺が寄りそうになるのをこらえつつ、ヘンリー殿下の方へ顔を向けます。ヘンリー殿下はいつものニヤニヤ顔で言いました。
「お察しの通り、君の二つ名だよ。もう与えられるなんて、相当目立っているようだね」
「・・・」
この学園では目立つ生徒に、誰が考えるのだか、二つ名が与えられます。
もちろんゲームの中でも存在し、その時のカーラの二つ名は「夜闇の女神」でした。今なら「夜の女神」をもじっただけだと分かりますが、「女神」の呼称にゲームのカーラが高笑いしていたのを思い出します。
「・・・いつからですか?」
「武術の最初の授業後からだよ。ついでに君の従者にもついたよ。「曇天の使い魔」って」
思わず扉横で気配を消しているクラウドへ目を向けましたが、彼はいつも通りのすまし顔で佇んでいるだけでした。
「曇天」は「曇り空」という意味ですから、彼の鈍色の髪色からきているのだと思います。しかし「使い魔」は「魔女の手下」という意味でしょうが、気にならないのでしょうか。
あ、でも今の主従の関係とたいして変わりないですから、いいのですかね。
「ヘンリーにも与えられたぞ? 「艶陽の猛獣使い」だったか?」
フランツ王子殿下が腕の中でうっとりしているフレイの頭を撫でながら、さらっと言いました。艶陽の意味は分かりませんが・・・猛獣とは私を指していますか?
じっとヘンリー殿下を見据えたら、目をそらされました。正解のようです。
「・・・まあね。あとアレクが「凍空の貴公子」で、レオが「払暁の守護者」、ルークが「藍天の才人」だってさ」
そういえば、もうルーカスのことも愛称呼びなのですね。まあ、ルーカスはレオンと仲がいいですから、レオンが護衛しているヘンリー殿下の近くで過ごす事が多いせいでしょう。
ちなみにゲームでも攻略対象たちはもれなく与えられていて、アレクシス様はそのまま「凍空の貴公子」。これは空色の鋭い瞳と振る舞いに由来するものです。
レオンは「深紅の愚者」。ゲームの彼は髪色が深紅で、遊び人設定でしたからね。
ルーカスは「藍夜の智者」。「藍天」と同じで藍色の髪からきていますが、「夜」なのは根暗、「知者」は勤勉さからきています。「才人」になったのは、今のルーカスが武術にも優れているからですかね。
そしてヘンリー殿下は「太陽の王子」。髪色と天真爛漫さからきていますが・・・本性を知った今となっては、物申したいところですよ。猛獣使いの方がしっくり来ています。
「兄上は「金色の豪者」でしょ?」
「ああ。返上したいところだが、もう学園を去るのだからその必要も無いか」
フランツ王子殿下の二つ名は、私に負けるまで無敗であったことからついたらしいです。申し訳ない。
中二病的二つ名のオンパレードと、私のせいでフランツ王子殿下の二つ名が微妙になっていることに居たたまれなくなり、顔を伏せると、王族二人が苦笑した気配がしました。
次回以降にでも説明を入れる予定ですが、
曇天は曇り空
艶陽は春の日射し
払暁は夜明けの空
凍空は冬の空
の意味です