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癒しを確保しましょう!

流血注意

 

 

 

 殿下とアレクシス様の戦いは、お二人ともちゃんとした騎士の指導を受けているからか、とても優雅で、まるで剣舞を観ているかのようでした。どちらも系統は違えど美形ですからね。私もしっかり堪能させていただきました。

 ルーカスとレオンの時は騒いでいた令嬢がたも、ため息を漏らしながらじっと食い入るように眺めていましたよ。

 

 結果は、アレクシス様の勝ち。

 解説のクラウドさんによると、お二人の実力は拮抗していますが、実戦経験がある分、アレクシス様の方が優勢とのこと。後でご本人に確認しましたが、アレクシス様は公爵領で魔物討伐に参加していたそうです。

 殿下は第三王子とはいえ王族ですからね。魔物討伐へ行く許可などでないでしょう。




「カーラ様、この後はどうされますか?」

「言語学は選択する気がありませんし・・・散策がてら、人が少ない間に王族専用個室の場所を確認しておきましょうか」


 別館へ戻って汗を拭き、念のこもったスカートからパンツへ着替えて、ほっと一息。談話室でクラウドが入れてくれた紅茶を飲みながら、この後どうするか考えます。


 武術の授業後、殿下に捕まる前にフェードアウトする予定が、先生に捕まってしまいました。

 まあ、内容は「実力は十分わかったから、優を約束してやる。ただし今後授業内であの手は使うな」と、いうものでしたので、先生の方は問題ありませんでした。ちなみに成績は優、良、可、不可で判定されます。


 で、その後、待ち構えていた殿下に捕まりました。

 夕食を一緒にとらないかと誘われまして。断ろうとしてにっこり笑ったところ、「イギーも来るよ」と先手を打たれてしまいました。

 イングリッド様! 私の癒し!!

 ここ何日か女性との接触がなく、潤いの無さに若干鬱々としてきていたところでしたから、嬉々として了承してしまったのです。場所は王族専用の個室という事ですから、他の生徒に迷惑をかける心配はないと思いまして。


「カーラ様。王族、高位貴族専用の個室は、食堂の2階にあったはずです」

「そうですか。ではこの階段の上ですかね」


 4限目の授業半ば近くまで別館でのんびりしてから、食堂へと移動します。誰もいない食堂へ入ってすぐの右手に階段がありました。

 なるほど。1階の食堂は板の間ですが、階段から絨毯がひいてありますね。全体にひいてあるのではなくて、レッドカーペットのような感じですけれど。

 「貴賤の区別なく」とは言っても、やはり王族、高位貴族になるとお近づきになろうという人が絶えず寄ってきます。それを避けたい時や、内緒話用に個室が用意されているのでしょう。

 

 エスコートされながら階段を登り切った時、急にクラウドが私を背にかばいました。

 音もなく袖口から現れた短刀で、何かを弾きます。床に落ちたり壁に突き刺さったりしたものの1つ、一番初めに飛んできたものを見て、背筋が凍りました。


 血が付いた短剣。


 クラウドの影から短剣が飛んできた方を覗き見て、気が付きました。一番奥の部屋、その半開きになっている扉の向こうに見えるのは・・・床に広がる翡翠色の髪。


「イングリッド様!!」


 反射的に扉まで転移して、扉に手をかけます。ぐっと手前へ開こうとして、その手を誰かに捕まれました。日頃の鍛錬の通りに掴み返し、身をひるがえして背負い投げます。


「ぐぇっ」


 潰されたカエルのような声をあげた人物を、クラウドがどこからか取り出した縄でぐるぐる巻きにし始めました。

 彼は異空間収納を作り出せなかったはずなのですが、この常備していると思われる縄はどうやって持ち歩いているのでしょうか?

 先程の短剣の持ち主と思われる男を簀巻きにする、クラウドの作業完了を見届ける前に扉を開け放って、部屋の中を確認します。


「ぃっ!!」


 大体予想していた通りの光景に息を飲みつつ、ごぼごぼと苦しそうに息をするイングリッド様の、血が流れ出る首に手を押し当てました。

 動脈ごと気管も切られているために、声を出すことができないようです。涙を流しながら、テーブルの方を気にしています。

 倒れているらしい人の足が見えますが、テーブルクロスが邪魔で様子がうかがえません。しかしここは王族専用の個室です。足の主が誰であるかは容易に予測できました。


「ヘンリー王子殿下ですか?」


 私の質問にごぼっと血を吐いて肯定する、イングリッド様。しかしそこで気力が途切れたのか、気を失ってしまわれました。

 好都合なので、闇魔法を使用して一息に治してしまいます。

 傷を塞いで、体の自由を奪う系統らしい毒を抜き、感染を取り除いて、造血。すべてを一瞬で終えて、イングリッド様の体へ自分のジャケットを脱いでかぶせました。壁際のソファへ寝かせたいところですが、優先順位的に次は殿下ですので、申し訳なく思いながらも床へ寝かせたままにします。

 次いで殿下の方へ向かおうとして、クラウドが縄でぐるぐる巻きにした男を抱えて部屋へ入ってきました。


「これが服毒しました。いかがいたしましょうか?」

「解毒」


 血を吐きながら薄ら笑いを浮かべていた男の額に人差し指で触れ、速攻で毒を抜いてしまいます。

 茫然とする男を床へ放り出し、クラウドが男の首元から抜き取ったアスコットタイで猿轡さるぐつわを噛ませました。その後、イングリッド様の方へ歩いていきます。

 きっとソファへ移動させてくれるのでしょう。

 

「眠れ」


 うーうー煩い男がちょうど私の影の上にいたので、強制的な眠りを与えて、ようやく殿下の方へ向かいました。


「殿下、殿下?」


 床へ横向きに倒れていた殿下の肩を、軽くゆすってみましたが反応がありません。細く小さく呼吸をしていますから、生きてはいますね。

 まあ、攻略対象ですから死んではいないと思っていましたが。それに本気で危ない状態なら、殿下の精霊であるカーリーが禁を破ってでも話しかけてきたでしょうし。

 殿下の状態異常を確認すると案の定、毒が回っていたので、とっとと解毒しました。


「カーリー様。声だけでいいので、状況を説明していただけますか?」

『はい。カーラ様』


 今、目を覚まされると面倒なので、殿下にも眠りを付与します。クラウドが殿下を抱き上げてソファへ運ぶのを見ながら、私は殿下が座っていたと思われる倒れていた椅子を起こして、そこへ腰かけました。


『そこの男が入れたお茶を飲んだ途端、主が苦しみだし、倒れました。そして徐々に弱くなっていく主の呼吸を見届けていたところへ、イングリッド様がお見えになったのです』


 テーブルにこぼれていたお茶へ触れてみると、確かに毒が含まれていました。

 殿下が飲んだのは、神経に作用する系統のようです。殿下はこの毒に慣らされていたようなので、三日三晩苦しんだかもしれませんが、摂取した量では死に至りませんね。


『悲鳴を上げかけたイングリッド様を、その男は別の毒が付いた短剣で襲いました。どちらも鉱物由来の毒ではございませんでしたので、取り除くことは叶わず・・・申し訳ございません』


 殿下の精霊が悔しさを滲ませながら答えてくれました。殿下の髪色は金茶ですから、彼の精霊は風と土の複数属性持ちです。きっと鉱物由来の毒なら解毒できるのでしょう。

 魔法や物理攻撃への対処はオニキスが教えましたが、毒殺の場合、自分にない属性の物を使われると何ともできないようですね。


「いいえ。間に合ってよかった」

『ありがとうございました。カーラ様』

「どういたしまして。ところで、殿下の他の護衛はどちらへ?」


 王族の護衛をする場合、複数で行うのが普通です。学園へ同行している殿下の護衛は3人ですから、少なくとも2人は常についているはずなのです。

 ここに1人、簀巻きにされていますが、もう2人はどこへ行ったのでしょうか。


『1人は主の代わりに何かの紙を提出しに行きました。もう1人は気分が悪いと手洗いへ行ったきり、帰ってきません』

「そう。クラウド、見てきてくれませんか?」

「かしこまりました」


 礼をして出て行ったクラウドが帰ってくるまでの間に、イングリッド様が死にかけた痕跡を消すことにしました。殿下にばれてしまうのは、この際仕方がないとして、イングリッド様まで巻き込むのは得策ではないと判断したからです。せっかくゲーム設定通りの死を回避できたのですから、これ以上危ないめに遇わせたくありません。

 部屋の中の血痕を異常とみなして、左の手の上へ集めていきます。出来上がった赤黒い球を自分の影の異空間収納へ放りこむと、クラウドが戻ってきました。


「下の手洗いで事切れていました。引きずってくるのは目立つので、そのままにしています。4限目の授業が終わりますと、生徒に発見されると思いますので、その前に殿下へお伺いを立てた方がよろしいかと思います」

「・・・・・・そうですね」


 死者が出たことに心拍数が一気に上がり、吐き気を覚えましたが、今はそれどころではないと深呼吸をして心を落ち着けます。

 死者は帰らない。今、できることをしなければ。

 ソファへ横たえられている殿下の側に跪き、その額へ触れて、闇魔法で付与した眠りを解除しました。


「殿下、大丈夫ですか?」

「う・・・あれ? カム?」

 

 2、3回瞬いた殿下がゆっくりと起き上がり、それまで横たわっていたソファへ座り直します。私は跪いたまま、単刀直入に殿下へ告げました。

 

「殿下。イングリッド様が殿下の暗殺に巻き込まれました。しかし彼女のためには、なかったことにした方がいいと私は思います。このままお部屋へ帰してしまいたいのですが、よろしいですか?」

 

 殿下が部屋の角へL字に配置されたソファの、自分が座っていない方へ目を向けます。そこには傷どころか血の跡さえないイングリッド様が横たわっていました。

 

「しかし・・・それでは証拠が」

「殿下の護衛が御1人犠牲になりました。その方だけでは足りませんか?」


 不敬は承知で言葉を重ね、言い淀む殿下へ別の証拠があることを告げます。

 残念ながらイングリッド様の証拠は、血痕も、傷跡も消してしまったため見た目に跡が全くなく、解毒もしてしまいましたから、彼女の証言しか残っていません。それなら亡くなった方には申し訳ないですが、遺体の方が確実です。

 私より力を使いこなしている、オニキスをしても「難しい」と言わしめる「蘇生」は無しの方向で。似て非なる者になる可能性が高いですし、そうなっても「ゴメンゴメン。じゃ、やり直すわ」なんてできませんからね。

 

「いや。十分だ。イギーの部屋は3階の奥から4部屋目と聞いているよ」

「ありがとうございます」

 

 殿下へ跪いて右手を胸に頭を下げる、最敬礼を行いました。

 オニキス。イングリッド様をお部屋のベッドに寝かせてきてくださいませんか? ついでに彼女の精霊に、他の精霊へ契約の事を話さないよう口止めもお願いします。


『わかった』


 オニキスの声と同時に、イングリッド様の姿が消えました。それを目の当たりにした殿下が、目を見開いて固まります。

 しかし今は時間が惜しいので、殿下の膝へ手を置いて気を引き、何か言いたそうにこちらを向いた殿下へ尋ねました。

 

「殿下。どこまで覚えていらっしゃいますか?」

 


長いので分けます

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