商人を誘き寄せましょう!
「お目覚めですか?」
ベッドの上でぼんやりしていると、チェリが寝室へ入ってきました。やや大きめですが、我が家のメイド服を着ています。普通、チェリくらいの年齢は見習い扱いで、側付きにはなれないはずですが・・・まぁ、いいか。私に害はないし。
現在、この屋敷にテトラディル侯爵たる父はいません。かなりフットワークの軽い人で、領内、王都を飛びまわっています。当主の許可を得ようにも、なかなか捕まらないでしょう。どうせ使用人たちが母に泣きつき、待望の跡取りたる弟にかかりきりの母が、暫定的に認めたというところかな。
「そういえば、あなたたち兄妹の年齢を聞いていませんでした」
応接室に用意してあったお茶をいただきながら、チェリに尋ねました。
「私が9歳で、兄が11歳です」
自立するには早い年齢だと思うのですが、彼らの村では普通なのでしょうか。思わず眉をひそめた私に、チェリは苦笑しながら言葉を続けました。
「ここ数年、ガンガーラは干ばつが続いています。私たちの村も例外ではなく、口減らしのために通常より早く村を出されました。通常は12歳です」
私の顔に同情が浮かんだのでしょう。チェリが慌てて言いました。
「別に無一文で放り出されるわけではありません。一月ほどの生活費を持たせてくれますし、近くの町まで送ってもらえます」
それでもチェリは死にかけていました。怨みはないのかな。
『その感情はないな』
そうですか。彼らが納得の上ならば、別にいいのです。
しかし干ばつですか。もし私がシナリオ通り国外追放されるならば、ガンガーラの可能性が高いです。何か考えておいた方が良さそうですね。
「クラウドはどちらに?」
「兄は扉の外に控えております」
おぉ。護衛っぽい! なんて、妙な事に感動してしまいました。
そんな事より、彼に聞きたい事があるので呼んでもらいます。
「あなた達が同行した商隊に、連絡はつきますか?」
クラウドは少し考えてから、答えました。
「護衛の方の宿は聞きましたが、彼は商隊の専属ではないそうです。商人のかたとは直接話せませんでしたので、難しいですね」
成る程。砂漠を越えられるくらいなのですから、それなりに大きな商隊でしょうし、チャンスは逃したくない。まだどちらもエンディアにいるのなら、噂くらい届くかもしれません。
「クラウド、あなたの精霊に尋ねたい事があります」
クラウドの表情がやや強張りました。声の正体がわかっても、すぐ受け入れられるわけありませんよね。
「クラウドが知る護衛の方の状態異常を憶えていれば、教えてください」
強ばった顔のまま、クラウドが目を閉じました。精霊の声に耳を傾けているようです。
「軽い脱水と疲労、噛み傷、毒による麻痺だそうです」
宿主以外もよく見て、しっかり覚えていますね。優秀な精霊のようです。
毒と噛み傷・・・倒れていたチェリと同じです。チェリを見ると、言いたいことがわかったようで、説明してくれました。
「砂漠を移動中、もうすぐエンディアというところで、魔物に襲われました」
そう。この世界には魔物がいます。
どういった理由かは解明されていませんが、生き物が巨大化し、凶暴化したものを魔物と言います。この魔物、厄介な事に魔法を使います。しかも頻発するので、領民を守れるように、この国の貴族たちには己を鍛える義務が課せられています。そしてそのための学園がゲームの舞台となるのです。
「大人3人くらいの長さの、蛇の魔物でした。なんとか倒せましたが、何人か噛まれ負傷したのです。毒は遅効性の麻痺毒のようで、噛まれたところから徐々に全身に広がっていきました」
それでは早い方が良さそうですね。
クラウドとチェリが見ているのに構わず、土魔法で瓶を作ります。水魔法で水を入れて、解毒、治癒力向上を付与しました。それを10本作ります。
兄妹があんぐりと口を開けて、私の手元を凝視していました。
『よいのか?』
オニキスが心配そうにこちらを見上げています。
これから彼らを、いろいろ巻き込む予定ですからね。初めから規格外を見せつけた方が、ショックも少ないでしょう。
「クラウド。これを町の外で薬師にもらったと言って、護衛たちに渡してください」
ポーションをごく普通の肩掛け鞄に入れて、クラウドに差し出します。
「オニキスに町の中へ転移してもらいます。暗くなった頃に迎えに行きますね」
呆然と鞄を受け取ったクラウドに手を振りました。
「よろしくお願いします。行ってらっしゃい」
護衛たちが飲んでくれるかはわかりませんが、その時は別の手を考えましょう。
瞬きの間に、クラウドの姿は消えました。