攻略対象たちの動向を把握しましょう!
目をそらしてから少しすると再びこちらへ視線を向けられるので、その度に微笑んでみます。しかしやはり目をそらす、アレクシス様。
先程、殿下に上手くなったというお言葉をいただきましたが、まだ精進が足りないみたいです。笑顔が嘘臭く見えてしまうのを直しておかなくては。
それにしても、彼の私への恐怖は根深いようですね。あぁ、そうだ。ついでにもうひとつ、アレクシス様にお願いしておきましょう。
「アレクシス様、もうひとつよろしいですか?」
「は・・・はい。なんでしょうか? カー・・・カム」
そう訊ねてきたアレクシス様は、ただでさえ鋭く見える目をさらに少しだけ細めながら、頑張って私から目をそらさないようにされています。そう無理しなくとも、目をそらされたくらいで不機嫌にはなりませんよ。
「私に丁寧にお話しいただかなくても大丈夫です。殿下にするようにお話しください」
「は、はい。わかりま・・・わかった」
「ありがとうございます」
嘘臭くとも無表情よりましだろうと、にっこり笑ってみます。
するとアレクシス様が目を泳がせて、すーはー深呼吸を始めました。彼はそろそろ限界のようです。話題を変えるとしましょう。
「殿下、午後はどうされるのですか?」
「ん? あぁ。履修希望票を提出してから、生徒会を覗いてみようと思っているよ」
殿下が憐れむような顔でアレクシス様を見ながら答えました。怖がっていることを知っているのなら、連れてこなければいいのに。
そういえばゲームでは、殿下は3年生時に生徒会長でしたね。
生徒会長は選挙制ですが、その他のメンバーの采配は生徒会長に一任されています。現在の生徒会長は第二王子フランツ・モノクロード殿下でございます。
ヘンリー殿下は第二王子の母君である側妃様に命を狙われていたはずですが・・・フランツ殿下とはどうなのでしょうか。
「生徒会へ入るおつもりですか?」
「クラブへ所属するより、有意義だからね。カムも入るかい?」
何れかのクラブへ所属するように義務づけられていますが、生徒会へ入れば、それが免除されます。
後々、ゲーム主人公も入ってきますし、いくつかのゲームイベントの舞台にもなっていますから、私は入る気がありませんけど。
「いいえ。私にはとても務まらないでしょうから、遠慮させていただきます」
「だろうね」
殿下が苦笑しました。本気で誘ったわけではないようです。
それにしても殿下の履修希望・・・気になります。かぶりたくないという理由で。
「殿下は何を履修されるのですか?」
「気になるの?」
きょとんと首を傾げる、殿下。
相変わらず何も企んでいない時は、ぐっと来るほど可愛いですね。こちらを窺いみる見る宝石のような碧眼と、さらさらと額を滑っていく金茶の髪に、一瞬目を奪われかけます。
はっ! 危ない危ない。悪魔に見とれてしまえば、魂を奪われかねません。
「はい。気になります」
別に隠すことでもないので、やや視線を殿下の襟元へ下ろしつつ、素直に吐露してみました。隠さなかったことが功を奏したのか、殿下が答えてくれます。
「私は魔法学と、武術、馬術にしたよ」
あ。よかった。かぶったのは武術だけでした。しかし王族なのですから、もっとがっつり履修するものと思っていたのですが。
「なに?」
疑問が顔に出てしまったようです。殿下が再び顔を傾げました。
やっぱり可愛いな。と、思いながら疑問をそのまま口にします。
「いえ。思ったより少なかったので」
「あぁ・・・私の王位継承権は3位だからね。そう目立ちたくはないのさ。あれこれ履修することで、王位を欲していると勘違いされても困るし。すでに学び終えているというのもあるけれど」
さすが。帝王学ってやつですか。
この学園に入学したのも、義務だからとか、人脈作りとかのためで、学ぶことが目的ではないのでしょう。王族って大変だな。
そうだ。念のため、アレクシス様のも聞いておこうかな。
「アレクシス様は、どうされるのですか?」
「私は・・・お、俺は家政学以外のすべて履修するつもりだ。父上もそうしたと聞いたからな」
おうふ。未来の宰相様はすごいですね。考えただけでも頭が痛くなってきましたよ。威厳ある口調と発言内容に反して、安定しない視線が残念ですけど。
軽く眉間を揉んでいると、殿下がこちらを向きました。
「そういうカムは何を履修するのかな?」
「武術、植物学、家政学にしようかと」
かぶった科目はひとつだけでしたから、隠すこともないかと正直に答えました。
「ん? 魔法学は?」
案の定、そこを疑問に思われましたか。ここへは皆、それを目的に学びに来ますからね。精霊と契約済みの私たちは、学ばずとも魔法が使えますけど。
「魔法学は3年時のみ履修することにいたしました。私も目立ちたくはありませんから」
にっこり笑って見せると、殿下が変な顔をしました。
「カムはもう、十分目立っているよ」
「あぁ、黒髪のせいですよね」
入学式もそのせいで阿鼻叫喚でした。
殿下が静かに紅茶を飲んでいた、他の面々を見渡します。しかし皆、あからさまに目をそらしています。クラウドに至っては、まだあまり減っていない紅茶を新しいものと取り換えようというのか、壁際のローチェストの方へと離れていきました。
ひとつ小さなため息を漏らして、殿下が口を開きます。
「それもあるけれど・・・それ。その制服。やっぱり女色なんだって、もう噂になっているよ」
「・・・なるほど」
男装をしたことで、そちらの噂が一気に加速したようですね。縁談避けとして、いい仕事をしてくれることを期待します。
「カムはやっぱり・・・その・・・そうなの?」
カップをテーブルへ戻して、レオンが俯き気味に私を見ています。そう、とは・・・話の流れ的に女色かという事でしょうか。
「だって、僕に全く反応しないよね?」
時々漏れ出すレオンの色気は、どうやら意図的に出しているようでございます。しかし精神年齢43歳の私に、14歳の色気が通用するはずもなく。
いや、だって無理でしょう?! 背徳感が半端ないのですって!!
「私、可愛いらしい方が好みなので」
ふふふ、と手で口元を覆いながら笑ってみました。何度、訊ねられようと答えは同じです。
攻略対象たちの反応が知りたくて、順に視線を巡らせると、弟のルーカスはなんとなく嬉しそうに紅茶を飲んでいて、レオンは不満そうに口をとがらせていました。
アレクシス様は胸を押さえて俯いています。どうやら私への恐怖が増してしまったようですよ。申し訳ない。
そしてじっとこちらを見ていた、なんとなく頬が赤いような殿下と目が合ったので、ぱちんとウインクしてみました。さらに頬を染めて俯く、殿下。またユリの濡れ場でも想像していたのでしょうか。私のお相手は誰を想定したのかな。
殿下から目をそらさずにいると、居たたまれなくなったらしい殿下が話題を変えました。
「歴史の先生は服装に厳しいと聞いたよ。明日はスカートにした方がいいのではないかな」
「校則には触れていませんよ」
「そうだろうけど・・・目立ちたくないのだろう?」
殿下はアレを見ていないから言えるのでしょうけど。まあ、いいや。その1日だけ着ていけば、誰も文句を言わなくなると思いますし。
「わかりました。そういたします」
けけけ。泣いて詫びるがいい! ちょっと黒い気持ちでにいっと笑むと、皆が何とも言えない表情でため息をつきました。