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悪魔と取引をしましょう!


 

 

 一定の距離を保って睨み合い、ジリジリと移動するクラウドとオニキス。

 私は仲裁するのがなんだか面倒になって、そのままにして部屋を出ることにしました。建物に人が入ってきた気配がしたのもあります。

 ひとつため息をついてから、何も言わずに背を向けました。


「お待ちくださっいっ?!」


 慌ててついて来ようとするクラウドの頭を、オニキスが飛び上がって踏みつけてから、するんと私の影へ溶け込みました。

 クラウドは一瞬、むっとしたような表情をしましたが、すぐにいつものすました顔へ戻ります。

 精霊に重みはありませんからね。勢いをつけて蹴られたわけでもありませんし、物理的ダメージは皆無でしょう。精神的にはちょっときたかもしれませんけれども。


「下へ降りましょうか」

「はい。カーラ様」


 再びクラウドにエスコートされながら、1階まで階段を下りていきます。玄関ホールには殿下の護衛を除く、先程置き去りにした面々が揃っていました。


「黙って先に行くなんて酷いな。カーラ嬢」


 殿下がぷくっと頬を膨らませます。15歳になっても通用する可愛さが眩しくて、思わず目を細めました。どんなに可愛い系を装おうとも、中身が悪魔であることに変わりはないのですが。


「お邪魔をしてはいけないかと思いまして」


 口元へ手を当てて、貴族の令嬢っぽく上品に笑って見せます。すると殿下がため息をつきました。


「君は表情を隠すことが上手くなったね。でも私たちだけの時は、以前のように接して欲しいな」


 こんなやり取り、以前もあった気がしますね。

 とりあえず「私たち」に含まれると思われるアレクシス様、レオン、ルーカスへ順に視線を向けました。3人ともうなずき、レオンとルーカスは笑みを浮かべましたので、了承したとみなします。

 私は笑みを消して、真顔で殿下に話しかけました。


「別館をご覧になって、ご満足いただけましたでしょうか?」

「懐かしいね! その「帰れ」って威圧」


 やっぱり、テトラディル侯爵邸での帰れオーラも気付いていたのですね。

 にこにこと機嫌よさげに笑う殿下を見るに、威圧の効果がない事は一目瞭然です。私は諦めて、談話室の扉を開けました。


「お時間があるようでしたら、お茶でもいかがですか?」

「ありがとう。遠慮なくいただくよ」


 言葉通りに遠慮なく部屋へ入っていく殿下に、やや眉尻が下がっている遠慮がちなアレクシス様が続き、私にほわーっと微笑んでから弟のルーカスが入っていきます。かわゆす。

 続いて入室しようとするレオンの手を掴んで廊下の、談話室から見えない位置へ引き寄せました。


「近い! 顔が近いよ!」


 いつも平気で抱き着いてくるくせに、慌てて離れようとする、レオン。その顔を両掌りょうてのひらで挟み、無理やり目を合わせます。


「そんなことより、大丈夫だったのですか?」

「ふぇっ?!・・・え? あ、さっきの? もちろん。何も話してないよ。カムのことに至っては、話そうとしても話せないし」


 あぁ。そういえば私に関する事を許可なく他者に話せないように、闇魔法で制約がかけてありましたね。

 ほっとしてレオンの頬から手を離すと、逆にレオンが私の腰に手を回してきました。


「なんだか逢引きしているみたいだね」


 艶っぽく笑んで色気を振りまき始めたレオンが私を抱き寄せようとしたので、先程より近くなっていた鼻をつまみます。それでも腕の力が抜けなかったため、捻りを加えました。


いだいっ!」

「ちゃんと相手に許可を求めてからにしなさいと言ったでしょう?」


 力が抜けた腕から抜け出すと、鼻をさすりながらレオンが言いました。


「じゃあ、カム。ぎゅってしてもいい?」

「手伝います。クラウド」


 手を広げたレオンを無視して、その後ろで紅茶のセットを持ってこちらを見ていたクラウドへ近づきます。しかしクラウドは首を横に振ると、少し下がって私へ道を譲りました。

 先に談話室へ入って欲しいという意味でしょう。


「待って!」


 私の後を追ってきたレオンが私の腕に手を回しかけ・・・王族やといぬしが部屋の中にいることを思い出したようです。仕方なさそうに離れて、私の後ろへ続きました。

 正面にある暖炉の前、2脚ある3人掛けのソファの一方に殿下がすでに腰かけていらっしゃいます。その手前にアレクシス様が、ローテーブルをはさんだ向かい側でルーカスが立ったまま、私を待っていました。


「お待たせいたしました。どうぞおかけください」


 普段通りルーカスの隣に座ろうと近づきかけ、そうすると決まって私の反対側の隣へレオンが座ってくることを思い出します。殿下の前ではレオンとある程度の距離を置いた方がよさそうなので、先に着席を勧めました。


「どうぞ。レオンハルト様」

「うえっ?! あ、はい。ありがとうございます」


 急に対外用の笑顔を向けた私に焦りつつ、こちらも対外用の返答をしたレオンは、案の定、ルーカスから1人分間を空けて3人掛けのソファへ腰かけます。私はその隙間を見なかったことにして、3脚ある1人掛けのソファの1脚に腰かけました。


「失礼します」


 タイミングよく、クラウドが紅茶を置いていきます。お茶菓子も並べ終えて、いつも通り壁際へ下がろうとするクラウドを呼び止めました。


「ありがとう。クラウドもこちらへお掛けなさい」

「は・・・いえ。しかし・・・」


 クラウドは困ったように視線を彷徨わせます。私は殿下に向かってにっこり微笑みました。


「よろしいですか? 殿下」

「・・・断れば、君が出て行くんだろう? その手には乗らないよ」


 ちっ。バレましたか。

 やれやれといった様に肩をすくめた殿下が、軽く頷いてクラウドの着席を認めます。それを受けて、クラウドが困惑した表情のまま私の隣、入り口に最も近いソファに座りました。


 身分に捕らわれることを嫌った賢者、ジウ・ヴァイスセットにより、「学園内では貴賤を問わず皆平等に学ぶこと」とされていますので、身分を笠に着た振る舞いは禁止されています。

 クラウドの同席を断るようなら、私も部屋へ下がろうと思ったのですが察知されてしまったようですね。

 そういえば、ここまで自分の屋敷のように振舞ってきましたが、よかったのでしょうか。居心地悪そうに座るクラウドに問いかけます。


「この別館に部屋を与えられたのは、私だけなのですか?」

「いいえ。ルーカス様と私はこちらの2階に部屋を与えられています」


 おお。身内とはいえ、二人とも異性なのですけど、そこは問題ないのかな。・・・いや。私は同性愛者だという事になっているのですから、寧ろ当然なのか。私1人だけを住まわせるのでは、予算的な面でも勿体無い感じですし。


「ぼく・・・私も志願したのですが、流石に外聞が悪いと断られてしまいました」


 レオンが髪を撫でつけながら言いました。

 当たり前だ。

 そんな要望を受け入れたとしたら、学園事務の人間はどうかしています。私の何とも言えない表情をどうとったのか、レオンがにっこり笑って胸を張りました。


「大丈夫! この別館に近い寮の東端の部屋を確保したから、何かあったらすぐ駆け付けられるよ! あの程度の距離なら普段通りの声量でも、カムの声なら聞き分けられる・・・ます」


 怖いっ! なんて聴力をしているのですか?! しかも語尾だけ丁寧にしても遅いですよ!

 殿下がジト目でこちらを見ています。せっかく距離を置いて接していたというのに、無駄になってしまったではないですか。


「・・・もしかしなくても、カーラ嬢に懐柔されているのだろう? レオ」

「いっ・・・あ。あー。申し訳ございません。話せません」


 どうやら制約に触れるようで、否定さえできないようですね。

 まあ、いいか。この学園内であれば、そう簡単にレオン以外の監視を付けることもできないでしょうし。白状するとしましょう。


「懐柔とは少し違います、殿下。レオンには私の意に反して、私に関することを口にすることができないよう、呪いがかけてあるのです」


 あくまで二重スパイではなく、私に従わざるをえない状態であるという態を装ってみます。すると殿下が悪魔の笑みを浮かべました。


「王家の監視が君の支配下にあるって、黙っていてあげてもいいよ。そもそも君に監視を付けること自体が、私は無駄だと思っていたからね。しかしこうも懐いてもらうと、隠し辛いなぁ」


 にやにやしながら腕を組み、ついでに長い脚も組んでソファにふんぞり返る、悪魔。こういう時の殿下は、すでに欲しいものが決まっていたりします。つまり交換条件という事ですね。


「・・・何をお望みですか?」

「私にも君を愛称で呼ばせてもらおうか。そうすればレオの懐きようも、私の影に隠れて緩和されるだろう?」


 そんな簡単なことでいいのか。と思いましたが、嫌そうな顔をして勿体ぶって見せます。


「・・・わかりました。どうぞ、カムとお呼びください」


 愛称で呼ぶことは構いませんが、そういくつもつけられたくはないので指定してみます。にやにやを満足そうな笑顔に変えて、殿下が言いました。


「では、カム。私のこともヘンリーと呼んでくれるかな?」

「そんな恐れ多いことはできかねます」


 間を置かず、きっぱりはっきり断ります。眉根を寄せかけた殿下が組んでいた腕を解き、ひじ掛けに頬杖をついてから苦笑しました。


「・・・まあ、いいよ。今回はここまでにしておくさ」


 悪魔め。また何か企んでいるようですね。内容が予測できない以上、悩んでも無駄なので考えることを放棄します。

 そうだ。毒を食らわば皿まで。もう一人、隠れ蓑になっていただきましょう。


「アレクシス様」


 アレクシス様がそれまで殿下に向けていた、標準で鋭い視線をこちらへ向けます。彼を怖がらせないよう、私はできる限り優し気ににっこり微笑みました。


「よろしければ、アレクシス様もカムとお呼びください」

「えっ?! は?! 私もよろしいのですか?!」


 優美な眉を微かに跳ね上げて動揺しているような、アレクシス様。はくはくと浅い呼吸を繰り返しています。笑顔が嘘くさかったみたいですね。怯えているようです。大丈夫でしょうか。


「なぜ?! なんでアレクは無条件で許可するんだ?!」


 殿下が腰を浮かせて抗議してきます。私は真顔に戻して、殿下に言いました。

 

「だって、殿下だけでは逆に私が目立ちますでしょう? 妙な噂が立つのは御免です」


 交換条件でもないのに、自ら悪魔に愛称を売る真似などしません。

 茫然としたように少し口を開たままゆっくり腰かける殿下から、胸を押さえて深呼吸を繰り返すアレクシス様へ視線を移します。彼には逃げ道を与えた方がよさそうですね。


「アレクシス様、無理にとは言いませんよ」

「い、いいえ! そんな!! わ、わかりました。・・・・・・カム。私の事はアレクとお呼びください」


 私の愛称を呼びながら、目を逸らされました。嫌々、自分の愛称も差し出さなくてもいいのに。


「いいえ、アレクシス様。身分はわきまえますわ」


 再び優しく見えるつもりでアレクシス様へ微笑んで見せましたが、やはり嘘くさかったようで、また視線を逸らされてしまいました。




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