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寮を確認しましょう!

 

 

 

 

 

「ところで・・・なぜ私は別館なのでしょうか?」


 ゲームの極悪令嬢カーラでも、寮は別に用意されたりしていませんでしたよ。

 私に疑問を投げかけられたルーカスが、気まずそうに目をそらしました。レオン、クラウドも同様に目を伏せて、私と目が合わないようにしています。殿下はニヤニヤといやらしい顔で笑っていて教えてくれなさそうなので、アレクシス様へ視線を向けました。


「えっ・・・と。カーラ様には・・・その・・・女性がお好きだという噂があるのを、ご存じですか?」

「ええ。可愛い方が好みなのは事実ですわ」


 言いにくそうに言葉を選ぶアレクシス様の質問に答えます。そしてまだニヤニヤしている殿下に向かって、にっこり笑って見せました。すると頬を赤く染めて俯く、殿下。

 ん? よくわからない反応ですが・・・あれか。ユリの濡れ場を想像してしまったとかかな。殿下、意外とやらしいですね。


「うっ・・・そうですか・・・」

「大丈夫ですか? アレクシス様」


 私から目をそらしてうめくアレクシス様を覗き込もうとして、やめました。

 そうでした。この方は私を怖がっておいでなのです。リハビリ無しで、5年ぶりに長く話しすぎたのが、いけなかったのかもしれません。そっと距離を置きました。

 アレクシス様が戦線離脱したと見たのか、レオンがため息をひとつつき、髪を撫でつけながら口を開きます。


「その噂を真に受けたご令嬢がたの父兄が、嘆願書を提出したんだよ。娘をカムと同じ建物に住まわせないで欲しいって。結構な量だったらしい」

「なるほど。それで「別館」なのですね。知っていたのなら教えてくださいよ」


 どうやら身から出た錆だったようです。建物が別だからと言って、何か不都合があるわけでもなし。不備があったり、あまりにもひどい状態だったら、勝手に修繕するか抗議でもするとしましょう。


「だって、いくらカムでも傷つくかなって思ったんだよ」

「・・・その言い方だと、たいがい大丈夫だと言っているようなものですよ。レオン」


 斜め後ろにいたレオンを軽く睨むと、私の隣にいた殿下が呟きました。


「・・・カム?・・・レオン?」


 殿下が足を止めましたので、皆が立ち止まります。いつもの可愛らしい笑みを消して、殿下がレオンをまっすぐに見ました。

  

「そういえば、レオの髪はそんな色だったかな?」

「殿下、これにはわけがございまして・・・」


 レオンがその場に跪いて頭を下げました。

 彼、レオンハルト・ペンタクロム伯爵令息は前のハイパー毒舌精霊、レグルスの事や、家業が諜報活動だという事もあって、あまり表に出ていません。よって以前の髪色を知っている人間も限られています。ですから髪色が変わっていても、そのまま堂々としていたのですが・・・そういえば、殿下とアレクシス様、イングリッド様は髪が深紅だった時のレオンに会っていましたね。


「お話しても問題はないのですが、ここでは口にできかねます」

「・・・ああ。後で構わないよ」


 レオンがちらりと離れてついてきていた殿下の護衛へ視線を向けると、殿下が軽く頷きました。

 そういえばレオンの今の立場は、王家より派遣された私の監視でしたね。私が友人として受け入れたという設定ですから、私と仲がいいのはともかく、取引して二重スパイ状態であることがバレるのはまずいのですよ。

 なんだか厄介ごとの気配がして、私はそうっと二人から離れ、クラウドの影に隠れます。そしてこそっと話しかけました。


「その別館とやらはまだ遠いのですか?」

「いえ、あちらの木の影に見える、茶色の建物がそうです」


 先ほどまで私たちがいた食堂は、中庭をはさんで講堂の対角、教育棟とクラブ棟の間にあります。そして中庭とは反対側の食堂に面した場所に寮があるのですが、私たちはそこを通り過ぎ、クラブ棟の横にある林へ向かって歩いてきていました。遠くはないけれど近くもない、絶妙な距離ですね。


「元は、賢者ジウ・ヴァイスセットが学園内に無許可で建てた別邸だそうです。歴史的価値があるとかいう理由で朽ちない程度の手入れはされていましたが、実質放置の状態でした。建物は古いですが、私とモリオンで、中は生活するのに問題ないよう清掃、修繕いたしましたから不快に感じることはないと思います」

「ありがとうございます。クラウド、モリオン」


 そう言って微笑むと、クラウドが嬉しそうに笑いかけ、はっとしたように口を引き結びました。人目があることを思い出したようです。


「学園内では、そう気を張る必要はありませんよ。生徒のほとんどが貴族の子女ですから、私以外に気安い態度をとるのは控えた方がいいとは思いますが」

「・・・わかりました」


 神妙に頷くクラウドの影からこそっと伺うと、殿下と跪いたままのレオンはまだ面倒な雰囲気を醸し出していました。私はクラウドを見上げると、意地悪く見えるように目を細めます。


「置いていきましょう」

「はい」


 即答したクラウドと共に、気配を消して木の影へ移動しました。本職のレオンと殿下の護衛のうち一人に気付かれたようでしたが、その他の面々は気付いていないようです。そのまま静かに林の中へ入り、木の間から見える別館へと向かいました。


「・・・なかなか、風情のある佇まいですね」

「目立つのはまずいかと、外観は手を加えていません。中は・・・まあ、いろいろいたしましたが」


 一言でいえば、廃墟。ですね。

 茶色のレンガで造られた3階建ての洋館なのですが、外壁には蔓が伝い、屋根の一部には苔も生えています。今にも崩れそうというわけではなく、ただ古めかしいだけですから、それなりに手入れはされていたようですね。


「こちらは北側ですので暗いですが、各部屋に面した窓は南向きとなっています。日差しが入って明るいですよ」

「そう。とりあえず、入ってみますか」


 クラウドがギイッと音を立ながら開けてくれた両開きの扉から中へ入ると、まず正面に上へ続く階段がありました。その左右には扉があり、階段の奥には陽光が差し込む窓と、裏口風のドアがあります。クラウドは左側の扉を開けて、私を招きました。


「こちらは談話室となっています」

「あら素敵」


 教室ほどの広さの室内には毛が短く落ち着いた色合いのじゅうたんが敷かれ、正面には暖炉、その前に3人掛けのソファが2脚と、1人掛けが3脚ありその真ん中にローテーブルが置いてあります。天井には歴史を感じさせつつ実用性を重視された、シンプルなシャンデリアがぶら下がっていました。さらに暖かな日光が注ぐ窓際に小さなテーブルと、椅子が2脚。装飾の少ない木のローチェストが壁際にいくつか設置してあります。


「気に入っていただけて良かったです」


 ほっとしたように口元を緩める、クラウド。その横を通って再び玄関へ戻ります。


「この向かいの部屋は何ですか?」

「そちらには小さめの調理室と、洗濯場、手洗い、浴室があります」

「見てもいいですか?」

「構いませんが・・・カーラ様が使用される予定のお部屋と手洗い、浴室は3階にございます」

 

 そういう事なら先に自分の部屋を確認することにしましょう。階段の前に立ったクラウドが手を差し出しましたので、素直に手を乗せてエスコートされます。途中の2階には3階より小さめの部屋2部屋と、大きめの部屋が1部屋の計3部屋と、階段横に手洗いがあるそうな。

 そして3階。左手に私の部屋があり、右手の階段横に手洗いと、奥に浴室があるとのこと。まずは部屋へ行ってみることにします。


「・・・ずいぶん頑張ったのではないですか? クラウド」


 元は賢者ジウ・ヴァイスセットの部屋だったというそこは、1階の談話室と同じ大きさで、天蓋付きの大きなベッドと暖炉、1人掛けのソファが2脚、ローテーブルが1つありました。ベッドの横には華美でない程度に彫刻された化粧台と大きなクローゼットが、壁際には大きな本棚と、勉強に使用するだけにしては大きくて重そうな机と椅子が設置してあります。


「はい。正直、かなり頑張りました。侯爵様がカーラ様を別館に住まわせることを承諾する代わりに、修繕費を勝ち取ってくださいましたから、そちらは備品に当て、修繕はモリオンと魔法で行いました。魔法での修繕はカーラ様とよくいたしましたので、私も得意ですから」


 昔は魔法の練習になるからと、私が壊したものや、屋敷にあった壊れ物をよく修繕しましたよね。クラウドとチェリの兄妹は、私の記憶の限りでは物を壊すといったことはなかったように思いますが。


「ありがとう!」


 少し懐かしい気持ちになったのと、すごくうれしかったのとで、ついクラウドを抱きしめてしまいました。気分がいいと人に触れたくなるのは、悪い癖ですね。私より頭ひとつ以上背が高い、クラウドの背に手を回して身を寄せた所で、頬へ制服越しでも固い胸板を感じて我に返ります。


「・・・カーラ様っ」


 慌てて離れようとしましたが、その前にクラウドの腕が私の背に回され、拘束されました。耳元で吐かれた、クラウドの息が震えています。今、突き放して離れるのは、クラウドの精神によろしくなさそうなので、気恥ずかしいですが耐えることにしました。

 そういえばここ何年か、こうしてクラウドに触れていない気がします。

 落ち着くようにと大きな背を撫でていたら、頭のにおいを嗅がれました。カウンセリング終了のお時間です。


「労働報酬は何がいいですか?」


 ゆっくりと身を離せば、名残惜しそうにしながらも腕をほどいてくれました。


「そんな! 必要ありませ・・・いえ。よろしいのですか?」


 慌てて手を振りかけ、その手をぎゅっと握ったクラウドが、真剣な目で私を見下ろします。


「ええ。金銭でも、私に対する要望でも構いませんが・・・変なお願いは無しですよ」


 やや熱がこもったような視線にたじろぎ、釘を刺しておきます。クラウドが何度か瞬くうちにその熱は消え、彼は茜色の瞳を潤ませながら、ほんの少しだけ口角を上げるようにして笑いました。


「・・・では学園にいる間、私にカーラ様の髪を整えさせてはいただけませんか?」

「いいですけど・・・それだけでいいのですか? 他には?」


 お安い御用というか、私にはありがたい申し出です。

 私の言葉に、クラウドが笑みを深めました。そして顔を伏せて私から視線をそらし、小さな声で言います。


「・・・それでしたら、時々・・・その・・・先ほどのようにぎゅっと」

『調子に乗るな!!』


 私の影から急に飛び出してきたオニキスが、クラウドに蹴りを放ちました。

 クラウドが難なく避けて、にらみ合う両者。それを見てため息をつきかけ、部屋の扉が開いたままになっているのに気付きます。私は慌てて扉を閉め、防音の風魔法を発動させました。



  


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