学食を利用しましょう!
さて、学園ヴァイスセットは単位制です。学年ごとに必要な単位を取得すれば進級でき、卒業することができます。
経営学、地理、歴史、算術、ダンス・作法は必須科目で、魔法学、武術、兵法、馬術、植物学、言語学、芸術学、経済学、家政学は選択科目となります。選択科目からは最低2科目取得すれば、進級することが可能です。魔法学、武術が必須でないのは、向き不向きがあるからだそうです。一応、魔法学、武術、兵法のどれかを必ず履修すること、となっています。
非常にありがたいことにこの世界、外国語というものはありません。まあ、このモノクロード国が存在する大陸に限っての事なので、海の向こうはそうではないかもしれませんが。
「姉上は魔法学を履修されないのですか?」
私の履修選択票を覗き見たルーカスが訊ねてきました。
場所は生徒達で賑わう食堂・・・から結構離れたテラス席。木漏れ日が優しい、春になったばかりではやや寒く感じる木陰の、人気のない、目立たない隅っこのテーブルです。そこでさぼった履修科目等の説明内容を聞きながら、昼食をとっています。
朝食と夕食を重視する傾向にあるこの国では、一般的な昼食はパンとスープで、お好みでサラダを足すのが定番です。学園の昼食も例にもれず、パンとスープ、サラダのそれぞれ種類が選べるだけで、変わりばえはありません。
メニューの選択はクラウドに任せましたが、さすが長い付き合いだけあって、私の好きな柔らかい酵母パンとクリーム系のスープ、ハムのサラダでした。私はパンに切り込みを入れてサラダを挟み込み、それに嚙り付きます。クラウドが書き込んだ科目ごとの注意事項を読みながら、口の中身を飲み下しました。
「うーん。必要性を感じませんね。ルーカスはどうなんですか?」
「興味はありますが、魔法学は15歳にならないと履修できません。ですから15歳になる3年時に履修することにします。僕は精霊と比較的良好な関係にありますし、1年で十分習得できると思いますよ」
精霊の力を引き出す呪文は概形が決まってはいますが、精霊によって言葉を選び、自分で呪文を組んでいく必要があります。
例えば、ゲーム主人公ですと「ヒール(小)」の場合「清く気高き光、高潔なる白よ。我が求めに応じ、哀れな小さき者へ、木々より漏れ注ぐ日差しの如き、優しき癒しを与えたまえ」となるのですが、「高潔なる」を「純潔の」にしたり、「優しき癒し」を「柔らかな癒し」にしたりと、試行錯誤しつつ最も効果のある文言を探さなければなりません。
ゲームでは選択肢がありましたが、現実ではあれこれ試していくしかありませんからね。通常は3年かけて習得します。
その点、ルーカスの精霊は彼の努力の甲斐あって非常に協力的で、契約はしてくれないものの、短い呪文でも指示内容が分かれば力を発動してくれます。ルーカスの言う通り、1年で十分でしょうね。
「なるほど。では私も3年生だけ魔法学を履修します。そうすれば魔法を使用できることへの、偽装になりそうですし」
「あ! じゃあ、僕も!」
ルーカスとは反対側、私の隣で食事していたレオンが右手を挙げました。彼もまだ14歳ですから、今年度は魔法学を履修することができません。それに彼は精霊トゥバーンと契約済みなので、オニキスと契約済みの私と同じで、偽装の目的でしか履修する意味がありません。
私の向かいに座るクラウドも頷いていますから、モリオンと契約済みの彼もそうするつもりなのでしょう。
従者であるクラウドが同じテーブルへつくことに、ルーカスもレオンも不満を言いませんでした。それどころか当然のように振舞ってくれます。普段の私がクラウド、チェリの兄妹と一緒に昼食をとっている事を知っているからだとは思いますが、高飛車なお貴族様に育っていないことが嬉しい。
ちなみになぜ今年度、履修しないかなのですが・・・非常に残念なことに、私は頭がいいわけではありません。
だって考えてもみてください。意図的に怖がらせてはいても、他者に危害を加えたり、高慢な態度を取ったりしていないにも関わらず、私に教えてもいいという教師は見つかりませんでした。だというのに性格が極悪だったゲームのカーラに教師がついたとは思えません。
ダンス、作法に関してはゲーム補正があったことからして、ゲームのカーラにはその指南役だけ、ついたのだと思われます。野生児では悪役令嬢は務まりませんからね。
私にはチェリや母がいましたので、ダンス、作法の指南役を積極的に探さなかったために、見つからなかっただけでしょう。
つまり・・・勉学に関してのゲーム補正はないかもしれないのです。ここで濁すのは、なぜか覚えやすい事柄も時々あるからで、ゲームのカーラが覚えていた、またはゲーム進行にあたり覚えているべきことは補正が働くようなのです。
ややこしい・・・。まあとにかく、根暗もやしでなくてもゲーム通り勤勉な弟と一緒に学べば、わからないところがあっても教えてくれるだろうという魂胆ですね!
あの入学式の様子からも、現在もこのテーブルを遠巻きにして誰も寄って来ない様子からしても、ゲームのように「魅了」でも使わない限りボッチ確定みたいですし。
ああ。なぜクラウドとレオンに教わらないかというと、クラウドの説明は解りにくく、レオンは私と大差ないからですよ。
ついでに初年度から目立たないようにという、無駄な足掻きでもあります。
「では今年度は何を履修されるのですか?」
「消去法で武術、植物学ですかね。植物学の先生は薬草の研究もしていると聞きましたし、少し興味があります。あとは・・・家政学かな」
家政学、芸術学は出席するだけで単位を取得できるらしいです。しかしその両方を私が履修してしまうと、暴動が起きるかもしれません。でも私だって確実に取得できる単位科目が欲しい。
それにお菓子を作ったりといったお遊び程度らしいですが、できた方が今後のためですよね。決して食べ物に惹かれたわけでは・・・ゲフンゲフン。
私が武術、植物学、家政学に丸を付けて、履修選択票に署名すると、クラウドも同じように丸を付けて署名しました。同じ科目を履修する気のようです。
「あー。やっぱり、クラウドはカムと一緒にするんだね」
「はい。カーラ様から目を離すなと、テトラディル侯爵から言われておりますので」
ふっ。甘いな、父。
クラウドは言葉通りに目を離さないだけで、私を止めたり諫めたりはしませんよ。
「・・・レオンはどうするのですか?」
迷っている様子のレオンに訊ねます。
彼は現在、私の護衛任務から解かれています。安全が確保されていて、入るのも出るのも難しい学園内で、選択授業までずっと張り付いている必要はないと指示されたとのこと。最低限の監視は指示されているようですけどね。
「家政学はなしかな。植物学も・・・トゥバーンが植物魔法を使えないし。武術は一緒するとして・・・後は、兵法と馬術にしようかな」
ちなみに馬術も特別な技能が必要なわけではなく、普通に乗れるようになれば単位が取得できるらしいですよ。これも私が履修すると・・・以下略。
ルーカスが武術、兵法、馬術、経済学に丸を付けて署名しました。4つも履修する気のようです。
授業は前世で言うところの平日に当たる、火、水、木、風、土の曜日に行われ、光、闇の曜日は休日となります。午前中に2限、必須科目を学び、午後に2限、選択科目を学びます。選択科目がない時間の過ごし方は自由ですよ。許可を貰えば、学園外へ出ることもできます。
「カーラ様、次の火曜日までに学園事務へ履修選択票を提出し、一月以内にクラブ活動を決めなければなりません。本日から2週間、一年生のみ午後は自由時間となっていますがいかがされますか?」
「・・・クラブ活動ですか」
履修選択のための授業見学と、事務手続き期間のため、最初の2週間、一年生は午前授業となります。この間に学園生活に慣れ、クラブ活動を決めろという期間でもありますが。
それにしてもクラブ活動ですか・・・。面倒なことに「必ず何れかに所属すること」となっているのですよ。考えなしに当てもなく見学へ行けば、また阿鼻叫喚に陥るでしょうね。
「とりあえず、履修希望票を提出してこようかしら」
「よろしければ、それは私が皆様の分をお預かりして、本日中に提出してまいります」
「あら、ありがとう」
私がクラウドに履修希望票を手渡すと、ルーカスとレオンも礼を言いながら手渡しました。それを「従者にも何気なく礼が言えるなんて、いい子に育ったなぁ」と、微笑ましく眺めます。
ああ。午前中の騒ぎの影もなく、なんて穏やかな・・・。
げ。今、私のトラウマを呼び起こすような色が、視界の端に見えた気がしますよ!
「さて、昼食も食べ終わりましたし、そろそろ寮へ行ってみましょうか!」
がたっと慌てて立ち上がりましたが、遅かったようです。私以外の三人が跪き、私の背後の人物へ向かって頭を垂れました。
「久しぶりだね! カーラ嬢」