残滓の務
閑話です
カーラが警戒した割に、あっさり滅紫は許可なく実体化しない事に同意した。奴も目立ちたくはないらしい。まあ、あの大きさでは嫌でも目を惹くからな。当然だろう。
カーラに念のため、興奮すると見えるようになる等の、注意事項を説明するよう頼まれた。
どちらかというと滅紫の主となったレオンハルトの方が問題だった。いつまでもグジグジと泣きながらカーラに縋りつき、「カムと離れたくない。一緒に寝る」とうるさいレオンハルトに強制的な眠りを付与して、カーラはやっと床に就くことができた。
レオンハルトはカーラに鬱陶しい程の好意しか持っていないため、裏切り等の心配はない。だが邪魔なことはこの上ない。だいたい3日に1回は蹴りを入れている気がする。
クラウドは熟睡しているレオンハルトを簀巻きにし、その状態でソファに寝かせて縛り付け、それで満足したらしい。カーラが眠る寝室の隣、レオンハルトが縛られたソファのある応接室で寝ることにしたようだ。眉間にしわを寄せて腕を組み、寝室の扉近くの壁にもたれかかって眠っている。
クラウドは昼間、レオンハルトより活躍できなかったことを気に病んでいたからな。カーラに触れたくて堪らないだろうに、主従の一線を守ろうとするその精神には敬意を表する。
カーラはクラウドを男性だと認識してから、身体の接触を以前にも増して避けている。クラウドは異性として扱われることに満足感はあっても、避けられるせいで徐々に不満が溜まってきているようだ。爆発しなければいいが・・・。
時折辛そうにするクラウドを見て、異性として意識されることで、今とは違う扱いを受けるようになることに尻込みをしてしまった。一度意識させれば、今の立ち位置には戻れないのだ。
たいした警戒心もなく、毎晩私に抱きついて眠っているカーラが私を避けるようになると思うと、途端に現状が惜しくなる。
だから異性として認識させる事を先送りにし、今夜も心置きなく添い寝をしていたのだが―――。
『何が嬉しくて、あんな勝手な奴らの為に、疎まれながら、さらに忌避されることをする必要があるのだ?』
『おまっ! 今、俺の今までを否定したな?! つーか「深淵」。お前のせいだぞ、こら。』
私は今、滅紫に呼び出され、互いの主を起こさぬよう、屋外で話をしている。
無視しようとも思ったが、カーラに頼まれた事を思い出して、奴が話し始める前に注意事項を説明し、早々に添い寝へ戻ろうとした。なのに奴が愚痴を言い始めてしまったため、カーラの元へ戻る機会を失い、それに仕方なく付き合っている。
『ん? 食った者たちの記憶を継いでいるだろうに、お前は知らんのか。本来、狂った色彩に引導を渡すのは、真白の役目だ。お前は良いように使われたのだよ。滅紫』
『はぁ?! 初耳なんですけど。本当は黒の役目なのに、「深淵」はやる気なしで、小さいのには無理だからってんで、俺にお鉢が回ってきたんだぞ?!』
確かに、モリオンには無理だろう。他の色彩を飲み込み、塗り潰して取り込むには小さすぎる。
私なら、まあ・・・余裕なのだが、あんな不快な思いは一度で十分だ。
『「悲嘆」が言うには・・・』
『はぁ?! 「悲嘆の黒」って大昔に消えた奴だろ? そんでもって宿主に惚れて、その精神を破綻させた奴らを腹いせに国ごと食っちまったって伝説の!! それに会ったことがあるなんて・・・最古参なんじゃないのか?』
私の言葉を遮ってまで驚く、滅紫。
「悲嘆」のことは実はあまりよく知らない。私より前に存在した黒ではあるが、実際に会ったことはない・・・はずだ。
だが何故だか、あれを飲んだ時の不快感は覚えているし、あれの記憶もある。怒りと、悲しみと、憎しみに満ち満ちた記憶はそう気軽に覗けるものでもないので、封じてあちらへ体の大部分と共に捨ててきた。まだ体がつながっていたのは誤算だな。
私が私となる前、自我がはっきり目覚める前に、世界の底に溜まった、ただの黒だったところへ飛び込まれたのだと予測したが・・・実は私の始まりではなく、それ以前に存在した私の終わりだったのかもしれない。
「悲嘆」の記憶を覗いて探ろうとしたこともあるが、滅紫と同じ務めを負っていたらしい記憶は、割と初期の辺りから酷く、後半に至っては苦痛しかない。触れるだけで気が滅入るため、早々に諦めてしまった。
まあ、仮に失った記憶があるとしても忘れてしまう程度の事だ。今となってはどうでもいい。
滅紫のいうところの最古参である、あいつなら知っていそうだが、あいつに近付くなんて嫌な思いまでして確かめたいことでもないため、放置している。
『いや。今現在、最古参なのは「狂乱」だ』
『あの方・・・いや、あいつか。おい。真白の役目ってほんとか?』
宿主と契約した時点で真白と離反したに等しいが、今まで従ってきたものを否定するのは心苦しいらしい。滅紫の瞳が苦しげに細められた。
『あぁ』
色彩の世界の底にいた間の暇つぶしに、苦痛に耐えつつ引きずられないように細心の注意を払って覗いた「悲嘆」の記憶によると、色彩の世界を創った創造主は、寿命を間近に控え、死に怯えた状態だったのだそうだ。そして創造主の不死への憧れが、世界を創り出した際に強く出てしまった。そのため、私たち色彩には明確な寿命がないのだと。
だが同時に長寿であるために、他者の死を見届け続けた苦痛も持ち合わせていた。そうして死を望む者への救済に、真白を創り出したのだ。
『だから私たちは塗り潰して染色する事しかできないのに、真白は分解して漂白することができるのだよ』
『・・・自分でできるのに、俺を使ったのは何故なんだ?』
『真白は漂白する度に小さくなり、やがて消えてしまうからだ』
カーラの前世で言うところの「けしごむ」のようなものだ。
自身をすり減らしながら、他者を消す。自己犠牲の上に成り立つ役目を、真白たちが放棄してから久しい。知らぬ者の方がほとんどか。
滅紫が眉根を寄せて唸っている。
役目を放棄した事を肯定する気はないが、真白が行う「漂白」に比べれば、私たちにできる「染色」の方が遥かに犠牲が少ないのも事実だ。実際、食った事がある者しかわからない不快や、精神に芳しくない影響もあるため、一概に最善とは言い難いが。
ちなみに自分に含まれない色彩を食うと、強烈な苦痛を伴う。滅紫の場合は「緑」だな。
『ところで滅紫。聞きたいことがある』
『なんだよ?』
今までを思ってか、これからを考えてなのか。眉間にシワを寄せて唸り続ける滅紫に尋ねた。
『お前がしていた、あの「でぃすぺる」だか「かいじゅ」だかなんだかのやり方を教えてくれ。魔法が効かないあれだ』
昼間の戦闘時に滅紫がした、魔法を消す術が知りたかった。私もカーラも、未だに創り出したものを消すことができない。もちろんクラウドとモリオンも。
『あん?・・・あぁ、あれか』
何度か瞬いた後、滅紫は体をくねらせた。長く細い体でとぐろを巻き、その上に頭を置く。
『塗り潰すんだよ。自分の縄張りというか、領域を広げておいて、そこで起きる事象全てを染色するのさ』
ずるりと滅紫の体から何かが滲み出す感じがして、その輪郭がややぼんやりと霞む。どうやら体の一部を使い、領域とやらを作り出しているようだ。
『成る程。消そうとするからいけなかったのか』
どうりで創り出したものを消せないわけだ。分解は真白の専売特許だからな。そして塗り潰すのは得意だ。
『ではな。滅紫』
早速、やってみようとカーラの眠る寝室へ向かおうとした私を、滅紫が呼び止めた。
『その滅紫って呼ぶのは止めてくれ。俺にはトゥバーンという名がある』
誇らしげに胸を反らすのを見て、思わず笑いが漏れた。つい自分の契約時を思い出してしまったからだ。
あの高揚感は今でもはっきりと覚えている。
『わかった。では私の事もオニキスと呼べ』
『ああ。話し込んで悪かったな。オニキス』
滅紫・・・トゥバーンは紐がほどけるようにするすると、頭から順にレオンハルトに向けて飛び始める。
私は途中までその姿を見ていたがすぐに飽きて、カーラの元へ転移した。
一部(だと思いたい)不評なオニキスさんの回でした。
1つの国が滅びて、新たに国ができて歴史が出来るほど、めっちゃ長い間ぼっちだったら・・・
普通なわけない(笑)
さらっととばしたガンガーラの王族との絡みを短編として載せました。
よろしければそちらも、よろしくお願いします。
今後ともよろしくお願いいたします!