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誤解を解きましょう!

 誰も口を開かない、重たい空気。どうやら二人とも私に触れていたせいで、連れてきてしまったようです。隣国ガンガーラに多い褐色の肌の兄妹。兄は鈍色、妹は赤みがかった桃色の髪で、二人とも同じ茜色の瞳で私を凝視しています。闇の精霊もちでも、髪色が黒とは限らないのですね。

 オニキスが申し訳なさそうに、こちらを見上げました。ここはこの部屋の主である、私がどうにかするべきですよね。


「申し訳ございません。手違いでお二人を一緒に連れてきてしまいました。今すぐ、元の場所にお送りしますね」


 営業スマイルで告げると、硬直が解けたのか妹の方がキョロキョロし始めました。


「あのっ! カーライル様は?!」


 あー。いつの間にか視覚阻害が解けていますね。面倒なので問答無用で送り返したい。記憶を消せないかな。


「待て、死神! 妹に何をするつもりだ!」

『カーラは死神などではない! お主の妹を助けてやったのに、なんと恩知らずな!』


 オニキスが勝手に転移を発動させて、兄妹と距離を置きました。兄は妹を背にかばっています。そういえば彼は、闇の精霊もちでしたね。やはり邪な感情が読み取れるのでしょうか。


「魔物?!」

「え、私がですか?」


 怖れられるのは慣れてきましたが、魔物扱いは初めてです。あ、死神も。


『一度ならず、二度までも!!』


 オニキスが全身の毛を逆立てて、兄妹に向かって1歩1歩ゆっくりと近づいていきます。兄妹がやや後ずさりました。おや?


「見えているのですか?」


 オニキスを指さしながら訊ねると、妹の方がこくこくと頷きました。


「オニキス、見えているみたいですよ」

『む・・・』


 空気が抜けるように、逆立っていた毛がいつも通りになりました。兄妹がオニキスから視線を外して、警戒したように辺りを見回します。オニキスが見えなくなったみたいですね。

 もう説明なしにエンディアに送り返すのは無理そうです。それをすると、私の販売拠点を変更しなければならなくなりますし。邪魔さえされなければいいのですから、警戒を解くだけでも解いてくれないでしょうか。


-コンコン-


 あぁ・・・こんな時に。


「はい」

「お嬢様、昼食のご用意ができました。いつも通り、こちらでお召し上がりになりますか?」


 侍女が扉越しに訊ねてきます。こら。ちゃんと中に入ってから、訊ねなさい。今は入ってこられても困りますが。

 あ。いいこと思いついた。

 朝、晩はちゃんと家族と一緒に食事を摂りますが、昼は個々で摂るのが一般的です。私の場合は部屋でこっそりなにかしていることが多いので、必然的に昼食は部屋で摂ることがほとんどです。


「お客様がおみえなので、私もあわせて3人分用意してください」

「え?!」

「お願いしますね」

「は、はい!」


 パタパタと足音が遠ざかっていきます。どうせ空想のお友達か、幽霊と食事を摂るとか思われてるんだろうな。もういいよ。なんでも。


「お腹が空いていませんか? 一緒にお昼を食べましょう」

「なにを・・・」


-ぐうぅぅぅ―


 ふふ。体は正直ですね。


「食事をしながら、質問にお答えしましょう。先ほどの獣なら心配いりません。私に危害を加えなければ、大丈夫ですよ」


 兄妹は相変わらず警戒しながら、部屋のすみまで移動していきました。まあ、いいか。お腹が空きましたし、私だけでもいただきましょう。

 3人分の昼食を運んできた侍女は、壁際にたたずむ2人に気づくとびくっとしましたが、手早くテーブルをセッティングすると慌てて出ていきました。


「さあ、どうぞ」


 空いた椅子を示しましたが、2人は壁際に立ち尽くしたままです。気まずいですね。そういえば自己紹介がまだだった気がします。


「申し遅れました。私はカーラ。カーラ・テトラディルと申します」


 最近、ようやく様になってきた淑女の礼をとります。そしてオニキスを手招きしました。意図を感じ取ってくれたようで、オニキスに兄妹の視線が集まります。いつもオニキスの姿が見えている私には、ほかの人に見えているかどうかわからないのが困りものですね。


「こちらはオニキス。私の精霊です」

「嘘だ! 精霊が見えるなんて聞いたことがないぞ!」


 ですよね。証明が難しいことを信じてもらうにはどうしたらいいのか・・・。


『お主も精霊の姿は見えずとも、声が聞こえておるのではないか? カーラの邪な感情に気づいたようであるし。先ほどからお主の黒が、我の存在を肯定し、お主に伝える声が聞こえておるであろう?』


 少年が驚愕の表情を浮かべて、その場に座り込んでしまいました。やはり聞こえているのですね。私の時のように、対峙するもの全ての邪な感情を、伝えられているのでしょうか。あれって結構、精神的に辛いのですよ。


「オニキス、精霊同士って会話できるのですか?」


 オニキスがふいっと目をそらします。聞いたらいけないことだったのかな。


『・・・我は他の精霊と仲が悪い』


 あぁ。技能的には会話ができるということですね。


「俺、俺は・・・っ!」


 少年が泣き始めました。

 そうですよね。私は姿が見えましたから、わりと簡単に存在を認識することができましたが、少年にとっては声だけの存在ですからね。自分は異常ではないかと不安にもなりますよね。


「精霊の声が聞こえる人は稀だと、オニキスが言っていました。声の正体がなにか、わかる人はいなかったでしょう?」


 稀な存在にこうも早く出会えるとは思ってもみませんでしたが。闇の精霊の声は皆聞こえるのでしょうか。


「その姿なき声は、あなたの精霊の声ですよ。あなたは異常ではありません。特殊ではありますが」


 はらはらと涙をこぼす少年に、ゆっくりと近づきます。逃げる様子はないので、そのまま手の触れられる距離まで近づいて、ハンカチを差し出しました。


「あなたの精霊に訊ねれば、私にあなたを害する気はないとわかるでしょう?」


 ハンカチを受け取り、こくりと少年が頷きました。よしよし。やっと話し合いができそうな雰囲気になりましたね。

 改めて、空いている椅子を示して、座るように促します。


「さあ、あなたも」


 少女にも笑顔を向ければ、2人ともおずおずとテーブルに近づき、遠慮気味に椅子に腰かけました。


「いただきます」


 掌を合わせてから、昼食のサンドイッチを手に取りました。作法的にはアウトな料理ですが、何かをしながら食べるにはもってこいです。なので以前、侍女に図解つきで説明して、シェフに作ってもらいました。それから週一くらいでお昼はサンドイッチです。

 兄妹も見よう見まねで手を会わせた後、サンドイッチを手に取りました。かじりつく私を真似て、2人もかじりつきます。


「お口に合ったようですね。よろしければ私の分もどうぞ」


 ガツガツと大口でサンドイッチを食べる兄妹に、私の分の手を付けていない残りを差し出しました。

 この体は少食なのですよ。前世の私からは信じられないような量で、お腹がいっぱいになります。これもゲーム補正でしょうか。


「食べながらでよいので、聞いてくださいね」


 紅茶で喉を潤した後、そう切り出します。兄妹が口の中身を咀嚼しながら、こちらに視線を向けました。


「まず、ここはテトラディル侯爵の屋敷にある私の部屋です。けして冥界ではありませんよ」

 

 兄の方が顔を赤くして、軽くむせました。彼のカップに紅茶を注いで、薦めます。


「あなたの妹さんは私の精霊の力を使って、治療させていただきました。今現在の彼女は健康そのものです」


 紅茶を飲み干した少年は、目を見開いてまじまじと妹を見つめています。そして肩のあたりをそっと、人差し指でつつきました。そこにいるのはあなたの生きた妹で、幽霊ではありませんよ。


「それから・・・カーライルは、私が精霊の力を使って作った幻です。お兄さんには見破られましたが」


 少女の手から、食べかけのサンドイッチが落ちました。ややバラけましたが、落ちたのはお皿の上ですからセーフですよね。


「ではあなたが、カーライル様?」

「はい」

 

 こくりと頷けば、少女が両手で顔を覆って俯きました。泣いているのですか?

 少年が慌てて立ち上がり、妹の肩に手を置きました。


「大丈夫か?!」

「・・・失恋した。しかも幻に」


 あー。なんかすいません。


「また誰かに惚れたのか」


 少年は呆れた顔で少女を見てため息をつくと、私の方を向いて頭を下げました。


「申し訳ございません。妹は少々、惚れやすいのです。私たちをエンディアまで同行させてくれた、商隊の護衛にも惚れ」

「商隊!!」


 急に丁寧になった少年の口調も気になりましたが、商隊に伝手があるとは。思わず食いつくように訊ねてしまいました。


「その商隊の方と連絡をとることはできますか?! あ、その前に何を扱ってみえるのでしょうか?」


 おっと。食いつきすぎたようですね。少年が引いています。泣いていたはずの少女が、顔をあげました。


「あの薬を売るおつもりですか?」


 あら。なんて頭のいい子なんでしょう。しかし、まったく涙の跡がありませんね。ウソ泣きですか。


「そうですよ」

「なるほど。それであんな高価そうな薬をばらまいていらっしゃったんですね」


 いえ、ただですの。とは言いません。かわりににっこり微笑んでみせました。


「なぜですか? あなたは侯爵令嬢なのでしょう?」


 兄の方が心底わからないという表情で訊ねます。ここは正直にお答えしましょう。


「もちろん私の自由に使えるお金が欲しいからです。領民の血税ではなく、なんの気兼ねなく使える私のお金が!」


 ばーん!!! と効果音が響きそうな勢いで、両手を広げます。

 少年がさらに引いてしまいました。正直すぎたでしょうか。少女の方はというと、何やら考え込んでいるようです。


「カーラ様、少しよろしいですか?」


 内緒話タイムですね。了解しました。優雅に紅茶でも嗜むことにします。

 兄妹は私から少し離れると、小声で話しだしました。しばらくして頷きあうと、こちらへ戻ってきます。

 

「カーラ様、私たち兄妹をお側に置いていただけないでしょうか?」


 兄妹が床に片膝をつき、こちらを見上げています。


「私たちの村は貧しいため、ある程度の年齢になると奉公にでるものがほとんどです。村では幼いころから作法と武術を習っております。ですから即戦力になれると思うのです」

「いいですよ」


 正直、どう切り出そうかと考えていたのですよ。妹はオニキスを怖れていても、私を怖がることはありませんでしたし、兄は闇の精霊もちです。このままさようならするには惜しすぎますから。


「ただし、仕えるのは私ではなくテトラディル侯爵家です。残念ながらまだ私には、あなた方を養う財力はありませんからね」


 兄妹が少し不満げな顔をしました。甲斐性なしでごめんね。


「まあ、私の側にいたいという侍女も従者もいませんから、必然的に私付きになるでしょうけど」


 苦笑してみせると、兄妹が深々と頭を垂れました。


「私たち兄妹はカーラ様に忠誠を誓い、いかなる時もお側に控え、お守りいたします」

「よろしくお願いしますね」


 ではとっとと契約を交わしていただきましょう。

 私は椅子から降りて扉の方に向かいました。そっと扉を開けて、廊下へ顔をのぞかせると、侍女が真っ青な顔で見下ろしています。彼らは生きた人間ですよ。あなたにも幽霊が見えたわけではありませんよ。


「侍女長と従者頭を呼んできてください」

「はい?」

「あなたの後任が見つかったのですよ」

「はい! すぐに呼んでまいります!!」


 いつもより素早い動きで、侍女は去っていきました。



カーラはめんどくさがりの黒い子です

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