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やっぱり反省しましょう!

流血注意

 

 

 

 薬師・・・薬師というとあの人ですか。カーライル。

 なぜ黎明の女神と関りがあると思ったのか・・・しかも死んだことが伝わっていないようです。

 何て中途半端な情報。まあ、ガンガーラは広いですし、ここまで人の足で来ると4、5か月はかかりますから、約半年前のカーライル死亡が伝わっていなくてもおかしくはないですが。


「薬師は亡くなりました」


 王弟殿下は目を見開いただけでしたが、私の背後で人が動いた気配がしました。すぐに静かになりましたので、何だったのかと振り返り、至近距離に人の顔があって驚きます。

 私たちを見張るような形で後ろにいたはずのケララが、クラウドに拘束されていました。後ろ手にひねりあげられている腕が痛そうです。


「な・・・んで? なんでカーライル様が?!」


 腕の痛みなのか、死を悼んだものなのか、涙目で私の目を見つめるケララ。

 ま、まさか・・・カーライル信者がここにも? 光教会が殺しに来たのは確かですが、実際に殺したのは私ですのでちょっと濁しつつ答えます。


「カーライル・・・様の薬局が火事になりまして、薬剤に引火したのか爆発して亡くなりました」


 ケララが泣き崩れました。嗚咽を漏らしながらうずくまるさまに、いたたまれなくなります。クラウドも拘束を解いて、渋面でケララの動きに気を配っています。

 対応に困って王弟殿下に顔を戻すと、深いため息の後に話し始めました。


「ケララ・・・そいつには難民に紛れ込ませて、隣国に戦争の用意がないか見張らせていたんだが、そこで世話になったらしい。きれいな顔のせいで奴隷時代にいろいろあってな。逃げられないよう右手首と右足首の腱を切られて、さらにひどく殴られたことで左の視力、聴力を失っていた。ついでに泣き声が煩いと喉も薬でつぶされかけていて、うまく話せなかったんだ」


 げええ。むごすぎる・・・。想像しただけでも痛々しい。

 でも確かに難民の中にはそういった惨いことをされたらしい人が、ちらほらいました。珍しくはないですし、片っ端から治してしまいましたけど。

 思わず顔をしかめた私に、王弟殿下が明るい顔で続けました。


「そいつが偵察から帰ってきたと思ったら、五体満足じゃねえか! 俺のところへ走ってきて大声で呼びやがった時は、化けて出たのかとびびったもんだ」


 あー。なるほど。やはり、またやらかしていたようです。

 初めにポーションをばらまいた時もそうですが、新種の草と交換していたときも、「治してしまえば問題なし」と、相手の状態を気にかけたりしませんでしたので記憶にございません。ちなみに相手が病人ではないときは、売ってお金にできそうな解毒薬などを渡していました。

 前世ならば記憶に残りそうなきれいな顔も、今は普段から顔面レベルの高い人々と一緒にいるせいで、全く覚えていませんし。


「あんたはその薬師の手下なんだろ? その教えを受けているんじゃないか?」

「・・・いいえ」


 また光教会に目をつけられたくはないですからね。表情を消して否定します。王弟殿下は咎めるようなきつい視線を向けました。

 私ではなく、ケララに。


「ケララ」

「はい。殿下に偽りを申すなど、万死に値します」


 クラウドが私をかばうのと、ケララが小刀を一閃させるのは同時でした。


 天井にまで飛び散る血、人が倒れる音、遅れて感じた鉄のような匂い。


 私の心臓の音にかき消されてしまいそうな、浅く繰り返される呼吸が遠くに聞こえて、我に帰りました。飛び付くようにその傷ついた首に手を押し付けて、どくどくと流れ出る血を止めようと試みます。


「何てことを・・・なんで? 何故?!」

「そいつは憶測とはいえ俺に偽りを告げた。王族に恥をかかせた罪は、命でもって償うものだ」


 王弟殿下を責めようとして、後にしようと思い直します。

 私は手元に視線を戻し、自分で自らの首を切った、ケララの状態異常を解除することに集中しました。先ずは傷を塞ぎます。負傷・・・解除。止血の為に押さえていた手をずらして、傷が跡形もなくなったことを確認します。次に感染・・・解除。貧血・・・解除。

 早く浅かった呼吸が、揺るやかで深いものになり、虚ろだったケララの瞳が私に焦点を合わせました。彼の口角がゆっくりと上がります。

 ・・・笑っている?


「よくやった。ケララ」

「・・・光栄・・・至極に・・・ございます」


 ケララはふらつきながらも血だまりにひざまずき、王弟殿下に頭を垂れます。

 え? 何? わざとなの? いやいや。治さなかったら死んでましたよ? もし私が治せなかったら、どうするつもりだったの?!


「なんで・・・こんな・・・」


 焦りとか、いきどおりとか、安堵とか・・・頭の中はごちゃまぜで、考えがまとまりません。座り込んだまま無意識につぶやいた私の方へ、ケララが向き直ってひざまずき、頭を床すれすれまで下げました。


「貴女ならできると思いました。カーライル様」


 絶句した私に、頭を上げたケララは微笑みかけてきます。


「カーラ様とお呼びした方がよろしいですか?」


 さらに追い打ちをかけられました。焦燥感でいっぱいになって、うまく呼吸ができません。後ろへ倒れそうになった私の肩を、クラウドが掴み、支えてくれました。

 そのままケララの顔を凝視していると、血に染まった頬をほんのり桃色に染めて、うっとりと口を開きます。

 

「姿かたちは違えど、その纏う空気、身のこなし、言葉遣い。どれをとってもカーライル様そのものです。それに・・・愛する人の瞳を見間違えることなどありえません」

「・・・」


 カーライルは「男」の設定でしたよね。そして私は「女」です。・・・両方いける人?

 いえ。問題はそこではありません。この人には認識阻害が効かなかったのでしょうか。というか、さっきの号泣も演技? もうわけがわかりません。

 話しかけようとしてはやめるため、パクパクと口を開けたり閉じたりしている私に、王弟殿下が助け船を出してくれました。


「説明してやれ。ケララ」

「御心のままに」


 いったん王弟殿下の方へ向いて深く頭を下げてから、ケララは私の方へ向き直りました。


「私は王弟殿下の命で、国境に軍が配備された10年前から難民に紛れて、モノクロード国の動きを報告していました。その時の私は体が不自由で、内臓にも不調が出ていましてね、情報収集をすることでしか敬愛する殿下のお役に立てませんでした。それが突然、カーライル様が現れたことにより、すべてが変わったのです!」


 あー。きたきた。あの目。カーライル信奉者に間違いありません。しかも質が悪いことに、その視線が私に向けられています。全身に鳥肌が立って、さらに顔が強張るのを感じました。その私を無視して、ケララは話し続けます。


「一生をかけても返し切れない恩を皆が感じているにも関わらず、対価を要求しない。さらに慈悲深く生活を助け続け、知恵を授け、さわやかに去っていくカーライル様を・・・私は愛してしまいました」

「・・・」


 熱のこもったケララの目に、冷や汗が出ます。カーライル信奉者に間違いありませんが、カーライル村(仮)の住民たちとは少々毛色が違うようです。

 居心地の悪さに視線をそらそうとして、先にケララが目を伏せました。 


「そのカーライル様が死んでしまった。私は難民たちと共に悲しみに暮れました」


 なんだ。やっぱりあの号泣は演技だったんですね。躊躇ちゅうちょなく自分の首を切れるくらいなので、その程度の演技はへでもないのでしょうか。

 気が抜けたのもつかの間、再び向けられたケララの視線はやはり、身の毛がよだつほどに熱が籠っていました。


「そんな私たちを慰める貴女・・・カーラ様の瞳を見て、私は気付きました。カーライル様と同じ紫紺の瞳。色どころか、大きさ、形、虹彩の文様までも同じだということに!」


 ぎゃあああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!! 怖い! 怖いよ! この人!! 思わずクラウドにしがみつきました。影の中で、オニキスがため息をつく気配を感じます。


『カーライルへの執着が強すぎて、認識阻害が効いていないようだな。年齢まで偽っているとは思っていないのか、視覚阻害は部分的に効いているようだが・・・』


 やばい。涙が出てきた。

 とにかく、この人はいろんな理屈を全部すっ飛ばして、私とカーライルが同一人物だと確信しているのは理解しました。自分の命を懸けてしまうほど。

 涙目のまま、助けを求めるように、王弟殿下へと視線を向けます。王弟殿下は神妙に頷くと、下がるようにとケララへ手で示しました。


「あんたは戦争を回避したい。・・・そうだな?」

「・・・はい。その通りでございます」


 急に話題が変わって驚きましたが、隠すことでもないので肯定します。カーライルの時に散々、カーライル村(仮)の住民にガンガーラについて聞いて回りましたからね。なぜ聞くのかと問われれば、正直に「戦争を回避したい」と答えていましたし。

 ですからこの主従のことも噂程度ですが知っています。


 王弟殿下は先代が踊り子に手を出してできた子供なのですが、その踊り子は後宮に入るのを嫌って妊娠中に逃げた挙げ句、地方の領主に親子共々捕まって監禁状態だったと聞きました。政変を狙っていたようですね。その前にいろいろあって、結局遂行されませんでしたけど。

 そのいろいろというのが、またすごい話なのですよ。

 監禁していた領主の奥方がものすごく嫉妬深い方で、領主である夫と踊り子との関係を疑った挙句に、王弟親子を奴隷に落とすという暴挙に出たのです。

 彼らは・・・まあ、その・・・いかがわしいところに売られて、王弟殿下の貞操は守られたとか、奪われたとか・・・噂が錯綜していますので、そこの真偽のほどはわかりません。ケララ達、王弟殿下の私兵は、その時に苦楽を共にした者が多いのだとか。

 とにかく最底辺の生活をしていたところを、今のガンガーラ王。その時の王太子殿下が救出し、渋る前王を説得して王位継承権を与え、王弟親子を後宮に住まわせたのです。

 そんなこんなで王弟殿下は、実の父である前王より、異母兄である現ガンガーラ王を慕っているらしいですね。


「あんたは光教会をどう思っている?」

「どうと言いますと・・・?」


 オニキスが嫌っていますので近づきたくはないですが、だからといって何か仕掛ける気もありません。首を傾げた私に、王弟殿下が意外そうに眉を上げました。


「あんたの命を狙ってきたんだろう? しかも戦争の理由と来た」

「え?」


 いやいや。被害はありませんでしたし、カーライルを殺したのは私なので、光教会に恨みはありません。

 しかし・・・戦争の理由? 何の事だか。さっぱりわからなくて、相手は王族だというのに素の声を出してしまいましたよ。


「ケララが言うには、この緊張状態を作ったのは光教会らしい。すべての始まりは、あいつらが戦争が始まると言って、ガンガーラ、モノクロードの両国国境の町から撤退したことなんだと」


 ・・・初耳です。なにせ10年ほど前、私が生まれた時からの話ですからね。言葉もなく王弟殿下を見つめる私に、彼は話を続けました。


「俺も、兄・・・ガンガーラ王も、民が不安がるから治安維持の為に国境に布陣しているが、こちらから攻め入る気はない」


 モノクロード国の方も同様です。国境の町エンディアには国軍より借り受けた兵が駐屯していますが、砦や見張りの数を増やし、エンディアの侯爵邸で面倒を見切れる人数しか配置されていません。それでも300人ほどはいますし、エンディアより王都寄りの町にも配置されているようですが。


「あんたが協力してくれるって言うなら、50年前の屈辱を飲みこんでモノクロード国に和平を申し込むよう中央を説得してやる」


 50年前、実はモノクロード国からガンガーラ国へ戦争を仕掛けています。

 命じたのは先々代の王になりますが、初めは領海を侵したというような小競り合いから始まり、最終的にはガンガーラが有する岩塩を欲したのだという話です。しかし砂漠に阻まれてしまい、結局は惨敗に終わりました。そしてそれがきっかけとなって政変が起き、モノクロードは国王が変わっています。賠償金的なものを50年かけて払ったと習いましたよ。チェリ先生から。まあ、つい最近まで払っていたということになります。


 互いに戦争をする気がないというのがわかって、ほっとしかけ、疑問がわきます。だとしたらなぜ、ゲームの舞台となる七年後にガンガーラは戦争を仕掛けてくるのでしょうか。

 考え込んだ私に、王弟殿下が勝ち誇った顔で訊ねました。


「どうだ? カーラ殿?」

「・・・」

「ケララを疑ったわけではないが、信じられなかったからな。一芝居打って、あんたの力をこの目で確認させてもらった。俺にはその力が必要だ。あんたが協力してくれるのなら、俺はケララに聞いたことを忘れてやる」


 どうしよう。まさか王族にまで名が伝わった挙句に、カーライルを殺してまで隠した能力がバレるとは思っていませんでした。というか、ここまで私に興味を持たれるなんて想定外です。

 悩む私に、オニキスが静かに言いました。


『カーラ。真白に目を付けられているのは、この王弟だ。そろそろ離れた方がいい』


 はわわ・・・。王弟殿下の蜂蜜頭はブロンドだったようです。焦って思考が空回りしていますが、拒否権がないに等しいことはわかりました。

 仕方がない。一度だけという制限を付けてみましょう。それがだめなら実力行使しかありません。


「わかりました。しかし一度だけでございますよ」

「十分だ。連絡はどうすればいい?」


 私は胸元から出すふりをして、影の異空間収納から家族に渡したペンダントの試作品を取り出しました。


「お呼びの際はこれを強く握って黒とお呼びください。呼ぶ前に人払いをお済ませくださいね」

「わかった」


 ペンダントを近付いてきたケララに手渡します。

 そしてクラウドと共にガンガーラの最敬礼をもう一度とり、満足げな王弟殿下の許可を得て、天幕を出ました。









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― 新着の感想 ―
こういう主人公の望まない展開に無理やり進むの苦手 相手の気持ちを考えず自分のことだけ考えて迷惑かけてくる人も苦手 まぁ物語だから仕方ないところもあるのは分かるんだけど
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