王弟とお話ししましょう!
本来ならば捕らえられるか、随行されるかして、王弟殿下のもとへ連れてこられるのをすっ飛ばして、オニキスが示した天幕の前まで転移してきました。突然現れた私とクラウドに、入り口を守っていた護衛二人がこぼれんばかりに大きく目を見開きます。
「ちょだっ! は?! 貴女は!!」
持っていた槍を構えようとして、手を滑らせて落とした上にそれにつまずいて、槍を構えていたもう一人の方へ倒れこむ護衛。コントのようですね。
他の天幕にいた兵も音を聞きつけて出てきましたが、私の姿を見て固まったきり動きません。野営の見張りも同様ですね。緊急時に対応できなくていいのかと思いましたが、突然攻撃されるよりましかと思い直します。
『カーラ、真白に目をつけられている者の気配がする。長居はしない方がいい』
声をかけられるまで待とうかと思っていたら、オニキスが不快そうに言って私の影に溶け込みました。
え。誰だろう。目の前にいる褐色の肌の護衛二人は茶髪。遺伝からくる色でもありますから、可能性としてはありです。しかしここは、片っ端からオニキスに聞いて回るより、早く用を済ませた方が良さそうです。
「落ち着いてください。私をお探しだとお聞きしましたので訪れただけです。危害を加えに来たわけではありません」
倒れこんだ二人を見下ろしてそう告げると、巻き込まれた方が天幕に向かって声を張り上げました。
「ニルギリ様ー!! 黎明の女神様がおみえですよー!!」
はぁ?! いや、いくら屋外とはいえ、普通はお伺いを立ててですね、訪問者の武装を解除してから招き入れられるのだと思うのですよ。それにガンガーラでは確か、王族の姿を直接拝見することはできず、薄布の向こうにいる状態で中立を介して話をするはずです。
きっとこれから身体検査をするのだろうとそのまま立っていたら、天幕の出入り口から褐色の肌に蜂蜜色の頭が出てきました。
「バートル! お前、いくら暇でもそんな面白くもない冗談を・・・冗談・・・じゃない?」
私を見てしばらく固まる、蜂蜜頭。彼はその青緑色の瞳をこれでもかと見開いて、ついでに口も開いたまま、ゆっくりと天幕から出てきました。その姿を見て、私も固まります。
なんだ。なんで。なんなのですか。今日は半裸の男デーなのですか?!
上半身素っ裸の青年の体を、また凝視してしまわないように、私は顔を手で覆いました。
「大丈夫ですか?」
さらに顔を背けた私を気遣って、クラウドがその体で私の視界から蜂蜜頭をさえぎりました。ようやく立ち上がって服の砂を払いながら、バートルと呼ばれた方が危機感もなく言います。
「ニルギリ様ー。空気が読めない男はもてませんよー」
「は?! いきなり何言って・・・」
「殿下! 服! 服!」
殿下・・・ってことは、この蜂蜜頭が王弟殿下なのですよね? つまずいた方が指を指してますけど、いいのでしょうか。
「おまっ・・・ケララ! そういうことは早く言え!!」
慌てて天幕へ戻っていく王弟殿下、と思わしき人物。
歳は20代後半。顔はまあ、イケメン寄りでしたがクラウドほどではありませんね。そういう基準でならケララと呼ばれた護衛の方がきれい系のイケメンです。それにヘンリー王子のような王族オーラもありませんでした。体は・・・一瞬でしたが、クラウドより背が高くて筋肉質だったような。
何とも言えない気持ちになりながらクラウドを見上げると、彼はこくりと頷きます。
「あの髪と瞳の色、背格好からしておそらく王弟かと。影武者でなければですが」
「・・・そうですか」
影武者だとしたら質が悪すぎます。本人だとしてもいささか問題ですが。
何事もなかったかのように槍を手にたたずむ護衛たちを眺めながら待つこと、暫し。天幕へいったん入り、少ししてから出てきたケララに手招きされました。
「準備が整ったそうです。武器を預かりますね」
剣を手渡した後に体を触られるクラウド。何か隠していないか確認してるのでしょうが、私もされるのかな。
「黎明の女神様は・・・体触ったらこの従者さんに素手で殺されそうだから、ちょっとそこで跳んでみて?」
言われた通りに跳んでみます。何も持っていませんから、何の音もしませんけどね。というか王弟に謁見するというのに、こんな緩さでいいのでしょうか。
訝しむ私の表情に気付いたケララが笑いました。
「あー、大丈夫。あの人、私らより強いですから。それに、殺す気ならもうやってますよね? 女神様は桁外れの力をお持ちだって、噂で持ち切りでしたし」
のんびりした口調であっけらかんと言います。それにしても主は王弟だというのに、気安いというか、信頼関係が成り立っていると言えば聞こえはいいですが、扱いが雑なような・・・。
天幕に入ろうとすると、ぜいぜい言いながら兵が走ってきました。
「はぁ・・・あっち・・・れいめい・・・の・・・めがっ!」
汗をぬぐって顔を上げた兵は、私を見つけて固まります。・・・あぁ。山林から全力疾走してきたのですね。ご苦労様です。
「ちょうどいいや。ちょっとここに立ってて」
まだぜいぜい言っている兵を自分の代わりに入り口へ立たせて、ケララは私とクラウドを天幕へ招き入れました。
入ってすぐ靴を脱ぐように言われ、素直に脱ぎます。少しづつ天幕内の薄暗さに目が慣れてきましたが、はっきり見えなくてもそれなりにいい絨毯がひいてあることが足裏の感触でわかりました。
「おう。待たせたな。まあ、座れ」
王族としての作法を守る気がないようで、王弟殿下が一段高くなったところから直接声をかけてきます。先ほどまでつぶされていたであろうクッションたちが端に寄せられ、その真ん中で王弟殿下は胡坐をかいていました。彼は立て襟の、襟元に豪奢な刺繍があしらわれた薄紫の衣装を着ています。前の合わせや袖にも金糸で刺繍が施された、ガンガーラの王族の略装ですね。正装はもっとギラギラしていたはずです。
クラウドと共に胸の前で両手を合わせて跪き、床すれすれまで頭を下げるガンガーラの最敬礼を取りました。声がかかるまで頭を上げてはいけないので、そのまま待ちます。
「顔を上げろ。・・・黎明の女神と呼べばいいか? どうせ名乗る気なんてないんだろ?」
許可を得ましたのでゆっくり顔をあげて、王弟殿下の言葉を肯定するように微笑みました。名乗る気があれば、すでに名乗ってますからね。
「名もなき黒にございます。どうぞ黒とお呼びください」
だって女神より、黒のほうがかっこいいっしょ?! だいたい私は慈悲深い女神という柄ではないのですよ。これを期に、私は独り歩きしつつある噂の方向を修正したい!
王弟殿下は私の提案を聞いて、意外そうに片眉を上げました。
「女神と呼ばれるのは嫌なのか?」
「私は女神と呼ばれるほど尊い行いをした覚えもなければ、その名に見合うほどの美しさも持ち合わせておりませんから」
笑みを保ったまま言うと、王弟殿下は渋面になります。
「・・・謙遜も過ぎると嫌味にしかならないぞ」
謙遜ではありません。事実です。
訴えかけるように青緑色の瞳をじっと見つめれば、ガシガシと頭を掻いてから腕を組んで、こちらを睥睨してきました。
「で? 散々探していた時は出てこなかったのに、突然よみがえった山林に手を出した途端に現れたってことは、あれはあんたの仕業か?」
「はい。王弟殿下」
軽く頷いて肯定します。王弟殿下は深いため息を漏らされました。
「あの山が伐採された理由を知っているか?」
「いいえ。存じ上げません」
筋肉のせいか生地がピンと張って、きつそうな腕を組んだまま、険しい表情で続けます。
「あの山にはダラヴナが住んでいてな、頻繁に人を襲うものだから討伐したのだ」
ダラヴナ? どこかで聞いたような・・・。思い出せないので、王弟殿下の話に集中することにしました。
「ダラヴナは恐ろしく強い魔物だ。平生はそこらにいるような生き物の姿をしている。そして人を襲う際に巨大化して、近付くものを片っ端から捕食していくんだ。だから奴を追って山を切り開くうち、ああなってしまった」
随分しつこく追ったのですね。かなりの広さですよ。
王弟殿下が再びため息をついて続けます。
「4年かかったぞ。しかも何度も姿を変えて蘇るものだから、追い立てるうちに山が禿げた」
4年って・・・罠にはめるとか、包囲するとか、山が剥げる前に試みなかったのですか? そのせいで水源が荒らされ、干ばつが起き、自分の国が弱っているというのに!
批判は心の中に止めたつもりでしたが、表情を隠しきれなかったようです。王弟殿下の口が歪みました。
「兄上・・・王に討伐を命じられたが、方法は指示されなかったし、戦略を思い付くような頭のいいやつらは俺には付いてこないからな。俺は・・・頭を使うのは苦手だ」
脳筋か! 脳筋なのか?!
山が禿げた事は気にしていたようですが、それがどういけないのかは解っていない顔ですね。ちょっと自信なさげな表情になった王弟殿下は相変わらず腕を組んでいます。
「魔物には魔法を使って植物を操るものもいる。あれほどの広さをよみがえらせるものだから、ダラヴナが帰ってきたかと思ったんだが・・・あんたはなんでやったんだ?」
私は山林が地下に水を蓄えること、川の始まりであることを簡単に説明しました。地形の話からした方がいいのでしょうが、今の王弟殿下の表情から推察すると無駄な気がします。
「難しいことはよくわからん。だが山が剥げてから川の水が減ったのは確かだ。その報告は聞いた気がする」
私ごときが気付くのですから、ちゃんと研究したりしている人が警鐘を鳴らしたはずです。
うんうんと小さく頷いてしまった私から、王弟殿下が気まずそうに目をそらしました。
「中央の奴らは俺を疎んでいるからな。また難癖を付けてきたかと放置した」
あぁ。王弟は先代が踊り子に産ませた子でしたっけ。
このガンガーラにも身分の壁がしっかり存在します。しかもモノクロード国より厳しい。疎んじられているのは、王弟殿下の母が平民だからでしょうね。
「山林を伐採せぬよう、言いに来たのか」
「はい。その通りでございます」
私は始めにしたように、床スレスレまで頭を下げました。王弟殿下がふっと息を吐きます。
「承知した」
あっさりしたものですね。
しかしここまでスムーズに、さらさらと話してくださったのにはもちろん、理由がおありでしょう。
「私に何をお望みですか?」
直球で投げかけた私の問いに、王弟殿下がニヤリとしました。
「薬師を紹介してくれ」




