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水源を改善しましょう!

 

 

 

 後日、レオンハルト様は訪問の許可を求める手紙の後に、ちゃんと玄関から入ってきました。

 そして彼が持参した、正式に護衛として認める書類に私が署名し、私の父、テトラディル侯爵の署名を得たらこの屋敷に住み込みで護衛任務にあたることとなりました。私が10歳とはいえ、9歳児に護衛をさせるなんてどうかと思うのですが・・・王家はよほど私を監視したいらしいですね。

 と、言うことで面倒な相手が来る前に、私がやりたかったことを終えてしまおうと思います。




 さて、隣国ガンガーラはモノクロード国の南にあります。

 モノクロード国は南北に横たわるひょうたんのような大陸のくびれ部分にあり、ガンガーラは大陸の南、円形のほとんどを占める大国です。そしてモノクロード国と接する北を砂漠に覆われ、北東から南西にかけて海、西を鋭く高い山々に囲まれた国です。

 南に行くほど土地の高度は高くなり、南端と海とは断崖絶壁で隔てられ、そこから一気に深くなる海は海流が安定せず、小さな漁船など瞬く間に波に飲まれてしまいます。比較的穏やかな東の海では漁ができるそうですが、モノクロードとの国境もあるので、小競り合いが絶えないと聞きます。ですからガンガーラは海産物による食糧事情の大幅な改善を期待することはできません。

 本来は東の海から入り込んだ湿った風が西の山々に当たって上昇気流となり、雲を形成して雨が降ります。その雨が現在は砂漠となった土地に存在した森と、肥沃な大地を維持し、農業国家としてガンガーラを成り立たせていたのです。

 しかし夜の女神によってできた砂漠は、海からの湿った風を乾燥させてしまい、西の山々に届く頃には雲を形成するには足りない状態で、雨量自体が減ってしまっているのです。


 そして更に追い打ちをかけていると思われるのが、目の前の光景です。


「どうして山林を伐採してしまったのでしょうか・・・」


 国境の川の上流を見てみようと、オニキスに連れてきてもらえばこれですよ。これではせっかく雨が降っても、地下に蓄えてくれる森がないせいで、川を形成するに足る水量になる前に、干上がってしまうでしょう。

 立派な木があったと思われる切り株だらけで、若い木がまばらに生える程度の禿山は、所々で土砂が崩れています。とりあえず今生えている樹木は自然淘汰されて、乾燥に強く、この土地に合ったものが残っているはずなので、これを量産して禿山を緑に変えることにしました。


「クラウド、少し下がってください」


 樹木の種を採取するために、若木を植物魔法で一気に成長させます。バラバラと落ちて来たドングリのような種を風魔法で集めました。そして次の若木に近付きます。


『手伝うっす!』


 モリオンが別の若木に向かうのを見送って、私の後ろにいるクラウドに目を向けました。なんとなくいつもより近いような気がします。


「・・・クラウド、下がってください」


 先程とは種類が違うような若木を、同じように種を採取できるくらいまで一気に成長させました。コロコロと落ちて来た親指大の実を、また風魔法で集めます。


「・・・下がりなさい」


 次の若木からも種を採取しました。ついでに邪魔だった切り株を火魔法で灰にします。


「クラウド。私の後ろをついて回るのではなく、手伝ってくれませんか」


 びったりと私の後ろに張り付いているクラウドに、切り株を指しました。彼は無言で私を見下ろしてきます。

 ちょっと。なぜそこで捨てられた仔犬みたいな顔をするのですか。

 思わず一歩、後退あとずさると、クラウドが一歩私に近付きました。


「・・・」


 あぁ、なるほど。また何かこじらせているんですね。ここでは落ち着いて話ができないので、昼食時にゆっくり話を聞くことにします。

 クラウドと手分けすることを諦めて、樹木の種を採取し、切り株を灰にし、ちまちまと木を増やしていく私にオニキスが言いました。


『この山を、これらの樹木でうめればいいのだな?』

「はい」


 ぞわっと身の毛がよだつ感覚と共に襲ってくる、うまく呼吸ができなくなるような圧迫感。何をする気かとオニキスに目を向けた、次の瞬間、熱気を感じると共にクラウドに抱きすくめられました。


「えっ?」

『カーラを離せ、クラウド。我がカーラに危害を加えるわけがないだろう』


 ため息をついたクラウドが抱きしめる腕に一度力を入れてから、私を解放しました。久しぶりに頭のにおいを嗅がれましたよ。

 先ほどの熱気は、一気に切り株を焼いた際のものだったようです。クラウドから離れて顔を上げれば、そこはもう、整然と木々が立ち並ぶ森の中でした。


『さすがオニキス様っすね!』


 モリオンが嬉しそうに飛び跳ねています。私は開いたままになっていた口を閉じて、ゆっくりと唾を飲み込みました。


「・・・チートも過ぎると、驚きを通り越して呆れを感じますね」

『ついでに雨雲も作った。そろそろ降るぞ』


 言葉通りにぽつぽつと雨が降り始めました。全部同時に済ませた上に、私たちが雨に濡れないように風を操るなんて、ほんと規格外ですね。

 あ。範囲を絞るのを忘れましたが、大丈夫でしょうか。


『範囲は山に限定した。人の気配はなかったし、問題ないだろう』

「ありがとう、オニキス」


 私の足にすり寄るオニキスの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を閉じます。幾日もかけてしようとしていたことが、彼のおかげで一瞬で終わってしまいました。オニキスの仕事に間違いはないと思いますが、状況は確認しておきたいですね。


「上空から見てみましょう」


 風を纏って木の上まで飛びます。荒野と禿山だったはずの風景は、見渡す限りの森に変わっていました。山裾にあった廃村と思われる朽ちた建物の際まで木々が迫っていますが、人気ひとけもありませんし大丈夫でしょう。


「私の完成予想どおりです。さすがオニキスですね!」


 長居して誰かに姿を見られたくはありません。とっととテトラディル領の部屋へ帰りました。


「お帰りなさいませ。カーラ様」

「ただいま。チェリ」


 今、父がエンディア滞在中なので、カーライル村(仮)へは暫く行かない予定です。留守番をしていたチェリが、ソファへ腰掛けた私を見て紅茶の用意を始めました。昼食までまだ間があるようです。


「クラウド、こちらへ」


 すでに扉横へ控えていたクラウドを手招きすると、私の足元へ跪きました。私は手を伸ばせば彼に触れられる位置に座り直して、その顔を覗きこみます。


「何が不安なのですか?」


 いきなり直球で尋ねると、彼は目を泳がせてうつむきました。固く握られた拳が微かに震えています。

 心配事があるのは正解のようですね。何故だか私に触れると癒されるらしいので、不安げに強ばる両頬を掌で包みました。


「怒りませんから、教えて下さい」


 クラウドは唇を噛んで、茜色の瞳を潤ませます。もう一押しのようですね。前回は確か、膝枕で解決したのでしたっけ。

 私はクラウドの頭を引き寄せて、自分の膝に押し付けました。抵抗はされませんでしたが、顔を向こうに向けるクラウド。しかしお茶の用意を中断して、こちらの様子を伺っていたチェリに気づいたらしく、顔を私の方へ向け直しました。

 おっと。カウンセリング環境に対する配慮が欠けていたようです。逃げられなくて良かった。

 モリオンはすでにクラウドの影の中ですね。姿が見えません。気を利かせたチェリが隣室に下がるのを待って、クラウドの頭をオニキスにするようにゆっくりと優しく撫でます。

 そして私の隣でギリギリと、音を立てて歯軋りしているオニキスに目配せをしました。

 後で埋め合わせをしますから、今は譲ってあげてください。


『・・・わかった。必ずだぞ』

 

 不満げに低く唸ってから、オニキスは私の影に溶け込みました。それを確認しつつ、クラウドの頭を撫で続けます。彼の膝の上で握られていた拳が緩く解かれた所で、声をかけました。


「落ち着きましたか?」


 コクリと小さく頷くクラウド。束ねられていた髪をほどいて指で軽くくと、微かなため息と共に目を閉じました。彼が話す気になるまで、さらさらと指通りのよい髪を梳くことにします。攻略対象ではないのにこの整ったキューティクル。イケメン補正でしょうか。

 毎日見てますので意識したことはありませんが、こうしてゆっくり眺めると、とんだイケメンに成長したものだと実感します。初めて見た時もキレイな顔をした子供だなとは思いましたが。なんとなく形のいい耳に指を這わせると、クラウドが少し身動ぎしました。

 しまった。今のってセクハラってやつですかね?!


「ごめんなさい。不快でしたか?」

「いいえ!」


 否定しながら、クラウドが離れまいとするように私のドレスの裾を握りました。

 よかった。本人が不快でなければセーフ・・・でいいのかな。下手に触れないよう、気を付けましょう。


「・・・申し訳ございません!」


 無意識だったようで、自分の行動に気付いたクラウドが慌てて手を放します。そして頭を上げようとするのを、押さえつけて阻止しました。


「構いません。貴方が不快でなければいいのです」

「不快だなんて思いません! 寧ろ・・・あの・・・気持ちいいです」


 後半はぼそぼそと消え入りそうな声で言う、クラウド。許可を得ましたので、手持ち無沙汰な私はまた鈍色の髪を梳き始めました。そのまましばらく、お互い何も言わない時間が過ぎていきます。彼は何度か口を開けたり閉じたりした後、観念したようで深く息を吐きました。


「その・・・ペンタクロム伯爵令息が護衛任務に就かれたら・・・私はどうなるのでしょうか?」


 クラウドは訊ねたくせに、まるで答えを聞きたくないというように、硬く目を閉じます。さらに唇を噛み、彼の膝の上に置かれた拳が再び強く握られました。

 ああ。レオンハルト様の方を重用すると思っているようですね。

 実力はクラウドの方が確実に上だと思います。しかしレオンハルト様は貴族ですし、平民のクラウドより身分が高い。しがらみとかなんやかんやで、普通はレオンハルト様を重用するでしょう。

 ここはキラキラした乙女ゲームの世界だというのに、しっかり暗い身分の壁が存在するのだから、不思議な話です。そんなところにリアリティを求めなくてもいいのに。

 クラウドを慰めるつもりで、止まっていた髪を梳く手を動かし始めます。


「何も変わりませんよ。彼を護衛として認めたのは、レグルスのことが気になるからです。私の知らないところで魔法が解けて殺されでもしたら、寝覚めが悪いですからね」


 他者を遠ざけ続けた付けでしょうか。クラウドは目を閉じたままです。私は深呼吸をすると覚悟を決めました。


「クラウド。貴方は私にもったいないくらい優秀な従者です。主が私でなくても、きっとうまくやっていけるでしょう」


 精神面が心配ですけどね。と、いう言葉は飲み込んでおきます。今、指摘するべきではありませんし。

 努めて平静を装ってはいますが、たぶん顔が赤くなっていると思います。本心を告げるのって苦手なんですよね。というか、得意な人っているのだろうか。

 薄っすらと目を開けたクラウドの息が震えています。悪い方へ解釈していそうな感じなので、羞恥心をこらえて私は言葉を続けました。


「でも私はクラウドが好・・・き・・・って言うとパワハラになりそうですね。・・・えっと、とても気に入っていますので、貴方さえよければこの先も私に仕えてもらえると嬉しいです。だからレオンハルト様に貴方の位置を任せる気はありませんよ」


 恥ずかしさのあまりクラウドから目をそらして、窓の外を眺めながら言い切ります。達成感を感じながら目線を膝の上に戻して動揺しました。


「大丈夫ですか?!」


 私の声に頭を起こしたクラウドは、はらはらと涙を流しながら、うっとりと緩んだ表情をしています。不思議な表情ですね。この先も私に仕えたいのか、仕えたくないのかわかりません。


「えっと?」


 首を傾げた私に、クラウドが涙もぬぐわずに頭を垂れました。


「私はカーラ様以外の誰にも仕える気はありません。生涯、貴女様だけのものでありたい」


 ぞわっと鳥肌が立ちました。覚悟はしていましたが、言葉にされると物凄い重みですね!


「え、ええ。よろしくお願いします」


 鳥肌が立った腕をさすりながら答えます。

 とりあえず、これで大丈夫・・・かな? クラウドの拳の力が弱まっていますので、大丈夫なのだと思います。彼が顔を上げる前に、引きつっていそうな自分の顔を掌でほぐそうと試みました。少しして顔を上げようとする気配に、手を下ろして姿勢を正します。

 顔を上げたクラウドがひざまずいたまま、真剣な表情で私に懇願しました。


「カーラ様。お願いします。どうかもう一度、先ほどのお言葉を」

『調子に乗るな!!』


 突然現れたオニキスがクラウドに飛び蹴りします。それをクラウドが迎え撃ったため、昼食による一時休戦の後、午後は砂漠での大乱闘観戦に費やされました。







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