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混乱の花を愛でましょう!

 


「変わった服を着てるね。それに砂のにおいがする・・・」


 状況が理解できず、硬直したままの私に、悠々と寝室への侵入を終えたレオンハルト様が金の瞳を細めます。飾り気のないシャツに黒のパンツという先日よりラフな服装で、さらになぜか開いている胸元から色気が駄々漏れです。相手は9歳児だというのにくらっときました。オニキスの唸り声で我に返ります。

 おっといけない。呆けている場合ではありませんでした。


「レオンハルト様、淑女の寝室に忍び込むなど、無礼にもほどがあります」


 殿下も怖がった無表情で、彼を咎めます。レオンハルト様が肩をすくめて言いました。


「ついさっきまで、誰もいなかったんだけどなぁ。まばたきの間に貴女が現れたんだよ。いったいどういう仕掛けなの?」


 げぇっ!! 転移を見られた?! いえ、ここで動じたら負けです。しれっと言い返しました。


「たとえ誰もいなくても、許可なく入っていいわけないでしょう?」


 無表情のままレオンハルト様を見つめていますが、内心ではビクビクですよ。転移できる事を知っているのは、今のところセバス族兄妹と、弟のルーカスのみです。拘束して、他言できないように状態異常を付与してしまいましょうか。


「大丈夫。訪問の許可はテトラディル侯爵から得ているよ」

「・・・お父様が窓から入れと?」


 いくら私が逃げるのを防ぐためでも、寝室の窓から侵入しろなんて言うはずがありません。レオンハルト様がゆっくり首を横に振りました。


「まさか。これはちょっと、貴方と内緒話がしたかったからさ。非公式に会いたくて、僕の護衛兼、監視を撒いてきたんだ」


 今すぐ叩き出してもいいのですが、話くらいは聞いておこうと思います。彼の意図を知りたいですし。顎をくいっと上げて、続きを話す許可を与えました。


「ペンタクロム伯爵家はこの国の暗部を担っているんだよ」


 いきなりさらっと重要機密っぽいことを告げてきます。もちろん初耳なのですが・・・。


「でも貴方は大剣使いで、騎士団を目指しているのでは?」


 ゲームでは色気を振りまきながら、細腕で大剣を扱うキャラでした。そして騎士団に入るために学園を卒業して箔を付けるのだと、親しくなった辺りで明かしてきます。

 私の知るレオンハルト様の設定とあまりに違うため、つい疑問を口に出してしまいました。


「へぇ・・・そんなことも知っているんだ。さすが大公令嬢を見つけただけのことはあるね」


 レオンハルト様が目を見開きます。室内で伏せ目がちだと琥珀色にも見えますが、大きく開けるとやはり金だとわかってしまいます。さらに深紅の髪を持つこの容姿で、暗部って・・・無理がありませんか? しかもゲームならともかく、現実でも大剣使いなんて。この華奢に見える体のどこに、そんな力があるのでしょうか。


「ペンタクロム家の当主は代々、暗部の頭領も兼ねているんだ。だけど僕は、ほら、気配がどうしても消せなくて・・・あ、容姿のせいじゃないよ。見た目くらいどうとでもできるからね。僕は完璧に変装しても、息を止めて微動だにしなくても気配というか、忌避感って言われたかな? が消せなくて、跡継ぎとして不適格とされていたんだ。だから騎士団に入ろうとしていたんだよ」


 私の沈黙をどうとったのか、レオンハルト様が理由を教えてくれました。しかし聞いてもいないことまで、よくしゃべりますね。無表情のままの私に、彼は話を続けます。


「それがレグルスを封じてから、気配が消せるようになって、撤回されてさ。初任務として貴女に護衛として付けられることになったんだ。分家たちの思惑とかいろいろあるみたいだけど・・・たぶん失敗するか、任務放棄するか、行方不明にでもなると思ってるんじゃないかな。父上にはお前にならできるとか、気楽な感じで言われたっけ。あ、ちなみに今の僕の実力は騎士団で言えば中堅くらいだよ。貴方と、その従者は僕より強そうだね」


 ん? 今の言い方からすると、私って結構強かったりするのかな。いやまさか! 慢心は禁物です。ラスボスなのに小細工なしで中ボスに勝てない時点で、私が強いはずがありません。

 あぁ・・・笑ってしまいそう。そろそろかな。


「クラウド」

「えっ! 痛っ! なに?!」


 侵入者の分際で、何って・・・拘束したに決まっているではありませんか。レオンハルト様と同じ窓から音もなく入ってきたクラウドが、あっという間にねじ伏せて、侵入者の両手を後ろ手に縛っています。

 いやー。レオンハルト様の背後の開けっ放しになっている窓枠に、少し前から褐色の指がかかっているものですから、気になって、気になって。やはりクラウドだったんですね。気配を消したままぶら下がってタイミングを待つなんて、シュール過ぎて想像しないようにするのが大変でした。

 

「ありがとう。クラウド」

「いいえ。お怪我はございませんか?」

「大丈夫ですよ」


 ノックの後に、チェリが普通にドアから入ってきました。応接室からいい匂いが漂ってきましたから、お茶の用意ができたようです。早速いただきましょう。


「・・・テトラディル侯爵邸の異名を知ってる? 闇喰らい、だよ。多くの暗殺者が帰ってこず、また帰ってきた者も多くを語りたがらない。裏業界では有名な話さ。彼がその正体?」

「さあ?」


 ソファに腰かけて優雅にお茶を楽しむ私に、後ろ手に縛られたまま床に正座させられているレオンハルト様が言いました。クラウドはその彼の斜め後ろにすまして立っています。

 闇喰らいの正体はオニキスですけどね。教えませんけど。

 砂漠に放り出した程度で暗殺を生業としている者が命を落とすとは考え辛いですから、運悪く魔物に遭遇したか、逃げたかしたんでしょう。それに帰ってきた者も「侵入しようとしたら砂漠でした」なんて話をしたところで、気が狂ったと思われるのが落ちですから言わないでしょうし。


「それで? あなたが王家から与えられた任務はなんですか?」


 ソファに背を預け、腕を組んで、さらに足も組んで悪役っぽく尊大に訊ねました。まだチャイナドレスを着たままなので、テーマはチャイニーズマフィアの女ボスで。


「表向きには貴女の護衛だよ。王宮騎士の派遣はずっと断られているから、同年代なら友人として側に置くかもしれないという判断さ。テトラディル侯爵も貴女が受け入れるならと、しぶしぶ同意した。侯爵はどうせ君が突っぱねると思っているみたいだけど。えっと、それでね、僕に与えられた本当の任務は君の監視と・・・」


 言い淀んだその先を予測したクラウドが殺気を放ちました。何かを覚悟したようなレオンハルト様が、目を閉じて口をつぐみます。重たい沈黙が部屋に充満しました。

 殺気を消すようクラウドに目くばせをし、私はその飲み込まれた言葉を継ぎます。


「暗殺ですか?」

「・・・そう。王家が危険だと判断したときはね。でも僕は貴女が好きだから、どうせなら貴女の下につきたいな」

「はい?」


 え。なにこの子。いきなり王家を裏切る発言をしてますけど。


「でなけりゃ、こんなペラペラ喋らないよ。ねぇ、カムって呼んでいい? 僕のことはレオ・・・は殿下が呼んでるから、他の呼び方がいいな」


 しかもいきなり私を愛称呼びするつもりのようです。絶句していると、レオンハルト様が妖艶な笑みを浮かべました。


「僕で妥協しておいたほうがいいよ。融通を利かせられるからさ。王家としては婚約させて、その婚約者に貴女を監視させたかったみたいだけど、トリステン公爵とその御子息は貴女に懐柔されてしまったからねぇ」


 公爵様とアレクシス様を懐柔した覚えはありませんが、私への敵意はないということでしょうか。まあ、いいや。婚約しなければいい話なのでしょうし。

 しかし、この様子だとレオンハルト様を拒否したところで、次の監視役が選出されそうです。いちいち対応するのも面倒ですね。彼の言う通り妥協してしまった方がいいかもしれません。

 それにこの話、私にとっても悪い事ばかりではないのですよね。完全な味方ではないにしろ、私につくと言っているのですから、それなりに指示を聞くつもりなのだと思います。シナリオからだいぶ離れてきた現在、情報が欲しいところなのですよ。

 情報収集はチェリが得意ですが、これ以上彼女の負担を増やしたくありません。クラウドもできますが、彼を私から離すのはあまりいい結果を生みませんし。そもそもセバス族兄妹は茜色の瞳が記憶に残りやすい上に、このモノクロード国内だと褐色の肌のせいで少々目立ちます。

 精霊たちは基本、主の側を離れたがりませんから、近隣ならともかく、私が欲しい王都の情報などは私が王都にいる社交シーズンしか手に入らないことになります。それに彼らは見聞きはできても、人と会話をして情報を聞き出すとかは難しいです。

 ここはこの話に乗ってみることにします。でもその前に・・・。


「私に関することを勝手に報告できないような呪いをかけますが、よろしいですか? それを受け入れられるなら、貴方を私の監視役として認めましょう」

「・・・いいよ。カムって呼んでいいなら」


 そんな交換条件でいいのでしたら、許可しましょう。本当は攻略対象を近くに置きたくはないのですが、レグルスの事が気になるのです。万が一魔法が解けて、私の眠りから覚めてしまったら、今度こそレオンハルト様を殺してしまうかもしれません。

 ひとつ頷けば、やや不満げなクラウドがレオンハルト様を私の足元にひざまずかせました。その額に触れて「カーラとそれに類することを許可なく他者に伝えられない」の状態異常を付与し、縄を解かれたレオンハルト様に話しかけます。


「レオンハルト様」

「だめ。親しくなったように振舞わないと」


 やや赤くなっている手首を撫でながら、レオンハルト様が言いました。


「・・・レオン・・・様」

「様はいらないよ」


 確かに彼が私を愛称呼びするのに、私が敬称呼びではおかしいですよね。

 ゲームでもよくしゃべる、軽薄なキャラでしたが、実際に接するとなかなかに扱いづらい。だいたい、あのハイパー口が悪い精霊を自分のもうひとつの人格と思っていたくらいですから、それなりに黒い子なのでしょう。

 もういいや。本人が望むのですから、気安くいくことにします。


「・・・レオン」

「なあに? カム」


 嬉しそうに返事をするレオンに、私は窓を指さしました。


「お帰りください」





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