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混乱の芽を育てましょう!

暴力表現あり。注意。そして長いです・・・

「カーラ嬢、そろそろ本題に入ってもいい?」

「はい、殿下」


 イングリッド様から殿下に視線を移すと、座ってからも繋いだままだった手をスルッと離されました。相変わらず微笑んでいらっしゃいますが、ドレスの裾を直しながらさりげなく私から距離を置いて座り直されましたので、イングリッド様にユリ趣味はないようですね。


「私が直接お願いされたわけではないんだけどね」


 殿下がアレクシス様をちらりと見ました。それを受けて、彼はいつも通りのきつい視線を私に向けて話し始めます。


「父がペンタクロム伯爵に相談されたことなので、私も内容は又聞きになるのですが・・・。なんでもご子息であるレオンハルトのことを嫌いたくないのに、どうしても距離を置きたくなってしまうそうです」


 アレクシス様の凍空いてぞらのような視線を受けて、体を強張らせて少し身を引くレオンハルト様。色気はすでににじみ出ていますが、中身はまだ年相応な印象を受けますね。

 ゲームでも両親は精霊の加護が強い彼の扱いに困っていて、放任主義という設定でした。まだレオンハルト様は9歳なので、親子関係の改善が可能な時期なのでしょうか。


「でね、アレクとの仲が改善されたと自慢して回っていたトリステン公爵に、ペンタクロム伯爵が助言を求めてきたというわけさ」


 両手を足の間に挟み、やや身を乗り出すようにして話す殿下。上目遣いも忘れません。可愛い系の殿下は久しぶりなので、思わず見とれそうになって我に返りました。危ない。危ない。

 それにしても、アレクシス様とトリステン公爵様が不仲だったとは初耳です。

 あぁ・・・そういえば公爵様はアレクシス様が怖がっているのに私と婚約させようという、ドSの人でしたね。ということは私との婚約が頓挫したことにより、アレクシス様が公爵様への警戒を解かれただけではないのですか? 私は関係ないですよね。


「それでまず私がレオンハルトと会ったのですが・・・何とも言い難い不快感というか・・・いえ、決してレオンハルトを嫌ったわけではないのです」

 

 レオンハルト様がしょんぼりと肩を落とされたのを見て、慌ててフォローするアレクシス様。

 確かに、表現しにくいのですけれど、彼の近くにいると離れたい気分になってくるのですよ。なんていうか・・・ちょっと違いますけど、明らかに何日もお風呂に入っていない匂いがする人の近くにいるような?

 オニキス、もしかして今かなり嫌な気分ですか?


『・・・ああ』


 なるほど。レオンハルト様の精霊が暴言を吐いてまわっているせいで、周りの精霊が嫌な気分になり、それが宿主にも伝わっているようですね。アレクシス様は今の話からして、不快感の原因をご存じないようです。殿下も、たぶんご存じないと思います。

 精霊たちは本来、宿主と話すことができないせいか、聞かないと答えない傾向にあるのですよね。人間たちの会話に口をはさむことも、あまりしませんし。


「どう思う?」


 殿下が小首を傾げて、私に訊ねてきました。

 どうしましょうか。原因は精霊だと告げるのは構いませんが、なぜか嫌な予感がするのですよね。

 視線を落として考え込んでいた私を、殿下がちょいちょいと手招きします。それを視界の端で感じ取り、ため息を噛み殺して殿下に近づきました。腰かけたままの殿下の隣に立つと、さらに手招きされたので、仕方なしに跪いて耳を寄せます。


「心当たりがあるという顔をしているよ」


 ばれてしまったのなら仕方がありません。無駄な抵抗はせず、とっとと白状することにしました。


「原因は彼の精霊にあります。かなり口の悪い精霊で、絶えず暴言を吐いているらしいですよ」


 殿下の耳に唇を寄せて、小さな声で告げます。やや間をおいて、殿下が小さく頷きました。


「カーリーも不快に感じているようだ。なるほど。精霊の不快感が、私たちにも伝わっているのだね」


 殿下がそのままレオンハルト様の方を向こうとしたので、慌ててまた耳元に囁いて止めます。

 

「ダメです、殿下。彼の精霊は厄介そうです。かかわらない方が・・・」

「でもねー。なんかかわいそうじゃない? 原因くらい教えてあげようよ」

「教えるなら、殿下の責任でお願いしますよ!」

「ふふふ。言ったね? 僕の采配に任せてくれるんだ?」


 にんまりといたずらっ子風の笑顔を浮かべた殿下に、嫌な予感がさらに膨らみます。ただ原因を教えるくらいなら大丈夫でしょう。たぶん。契約方法を教えるわけではありませんし・・・大丈夫のはず。


「君の精霊は物凄いうるさいらしいよ。その毒舌のせいで、近くの人の精霊が不快に思って、それが私たちにも伝わっているみたい」


 あっさり言い切った殿下に、思わずため息が出ました。できれば私のいないところで告げて欲しかったです。

 告げられた方のレオンハルト様は大きく目を見開くと、ぽつりとつぶやきました。


「この声は精霊のものなんだ。僕のもうひとつの人格だと思ってた」


 しまった。彼は精霊の声が聞こえているのでした!!

 考え込むしぐさのレオンハルト様に、嫌な予感が最高潮に達します。


「じゃあ・・・レグルス」

「えぇっ!」


 じゃあって何ですか?! いきなり名付けるとか・・・。あー。そういえば、私もいきなり名付けましたね。でも彼の精霊は火属性のみで、複数属性ではありませんから契約は成立しないはず!


「・・・なんか、すごいのでたね」

「・・・」


 テーブルの上に現れた炎のたてがみを持つ深紅の獅子に、しばらく身動きが取れませんでした。前世の動物園で観た実物と、ほぼ同じ大きさだと思います。どのくらい固まっていたのか、喉の渇きを感じて、そこで初めて口を開けたままだったことに気が付きました。

 炎の鬣がいっそう燃え上がったかと思ったら、レオンハルト様の精霊、レグルスが牙をむき出しにして口角を上げます。


『おいお前! お前は混ざりものだな!! このできそこないが! おとなしく隅で終わりを待てばいいものを、あちらから逃げて来て、無駄に寿命を延ばす馬鹿が! うらやましかろう! ついに俺様は終わりを約束されたぞ!!』


 頭の中にガンガンと響く声に、思わず頭を抱えました。レオンハルト様以外の他の面々も、頭を抱えています。これは確かに強烈ですね。不快感を抱くはずです。

 と、レグルスが私に目を向けました。その目に浮かぶのは、侮蔑。


『お前! ははは! 哀れな人間だな!! 色彩は腐るほどいるのに、まさか残滓ざんしに選ばれ』

「おだまり。」


 影の異空間収納から取り出した薙刀で、テーブルごとぶった切りました。

 契約して姿を得ても、精神生命体である精霊には実体がありませんので、通常の武器で切ってもダメージはありません。揺らめいただけで再び嘲笑を浮かべた獅子の首に「精霊が切れる」を付与した薙刀を一閃させました。


『ぎゃああああ! 痛い! ・・・痛い?! ははは!! 痛い!!!』


 切り落とした頭は床に落ちる前に掻き消え、切り口から頭が生えてきました。トカゲのしっぽのようですね。扉の方へ逃げたレグルスに、今度は「切り口再生不可」も付与して切りかかります。魔法を使われると厄介なので、同時に「火属性無効」空間も展開しました。


『いっ! お前! 何をした?!』


 オニキスもそうですが、精霊は接近戦が苦手です。彼らは本来、物理攻撃ができませんし、元は精神生命体だからか契約によって与えられた体の扱いが上手くありませんからね。

 薙刀はあっさりレグルスの右足をとらえ、踵から先を切り落としました。落ちた方に「帰還不可」を付与して、殿下たち男子陣を守っているクラウドの方に放り投げます。クラウドも剣を構えていますが、彼は武器に状態異常を付与することができませんので、こちらに手を出しには来ません。

 壁際に追い詰めて、先ほどと同じように切り落とすのを何度か繰り返すと、ついにレグルスは首だけになりました。


『お前! お前ぇ!!』

「お黙りなさい。駄猫」


 薙刀の切っ先をレグルスの鼻先に突き付けると、狂ったように笑い出しました。


『ぎゃはははははは!!! やった! 殺せ! 俺を消し去れ!!』


 これは・・・この精霊はもしかして・・・。


「狂っている?」


 殿下の声で我に返りました。レグルスの動きに警戒しながら顔を上げて、現状を確認します。気を付けて薙刀を振り回しましたので、最初に真っ二つにしたテーブル以外に被害はありません。

 問題はギャラリーですね。殿下をかばうように立つアレクシス様と、その後ろであっけにとられている殿下、ソファに腰かけたまま固まっているレオンハルト様はいいとして・・・。

 イングリッド様はチェリが守ってくれていたようで、その背後に立っていらっしゃいました。頬を紅潮させ、満面の笑みで、目を輝かせて。

 あれ?

 

「カーラ嬢、イギーはいつものことだから、とりあえず置いといて・・・この、レグルスだっけ? どうしようか」


 その決定権は私にはありませんので、レオンハルト様を見つめました。状態異常を解除すれば、レグルスは元に戻せると思います。お勧めはしませんけど。

 レオンハルト様はゆっくりと近づいてくると、首だけのレグルスと目を合わせるようにしゃがみ込みました。


「レグルスは死にたいの?」

『そうだ! お前! ・・・いや、主!! 頼む! 俺に終わりをくれ!!』


 勢い込んで懇願するレグルスに、レオンハルト様は困った顔で問いかけます。

 

「あと60年くらい待てない?」

『さあな! その前に狂って霧散するかもしれんぞ! あはははは!!! それに俺がお前に危害を加えない保証もない! ・・・そうか! 今、お前を殺せば』

「うわっ!!」


 口を大きく開けたレグルスの頭に、薙刀を突き刺して縫い止めました。物理攻撃では切り離して力を削ぐことしかできないみたいなので、この程度では死なないでしょう。


『ぎゃああああ!! 痛い! ははっ!! 死ぬ! ・・・死ねない? 死にたい・・・うぅ・・・』


 大人しくなったレグルスから薙刀を引き抜きます。レオンハルト様は尻もちをついたまましばらく固まっていましたが、まばたきを何度か繰り返してから眉根を寄せてつぶやきました。


「うーん。殺されるのは嫌だなぁ」


 レオンハルト様が私を見上げます。私なら何とかできると思っているようですね。

 面倒ですが、こんな危険な精霊をこのままにしてはおけません。とどめを刺すのも嫌ですし。というか、精霊って殺せるものなんですかね。


『・・・自身を認識できなくなるほど心を折れば可能だ』


 おぉ・・・えげつないですね。私には無理そうです。どうしたらいいのでしょうか・・・。

 オニキス、精霊に「眠り」の状態異常を付与できますか?


『これが受け入れればできるかもしれん。我にもわからない。ただし成功した場合、魔法が使えなくなる可能性が高い』


 ふむ。魔法が使えなくなるのは嫌がられるかもしれません。とりあえず聞いてみましょう。


「レオンハルト様、この精霊は大変危険な存在だと思われます。眠らせて意識を封じることはできそうですが、そうすると魔法が使えなくなるかもしれません。どうしますか?」


 金の瞳でレグルスをじっと見つめた後、レオンハルト様は大きく頷きました。


「お願いします。魔法が使えなくなってもかまいません」

「わかりました」


 では、やってみるとしましょう。何かをブツブツとつぶやいているレグルスに問いかけます。


「レグルス。夢も見ないほど深い眠りを差し上げましょうか? 欲しいのならば、私を受け入れなさい」

 

 虚ろな目でこちらを見上げたレグルスは、つぶやくのをやめて目を閉じました。受け入れる気のようですね。

 ふいに攻撃されるもの怖いので、レグルスを囲むように私の隣に控えていたクラウドに薙刀を渡します。そして片膝をついて、右手でそっとレグルスに触れました。予想に反して、火の精霊の額はまったく温度を感じさせませんでした。

 夢も見ないほど深く、しかし心地よい眠りを想像します。指先から何かがスルッと抜けた感覚がして、レグルスに「眠り」の状態異常が付与されたのを感じました。

 力無くゴロリと転がった首は、まばたきの間に消えてしまいました。とはいっても、私たちに見えなくなっただけで、まだ首があった場所に視線を向けているレオンハルト様には見えているのでしょうけど。


「完了ですか?」

「はい。完了です」

「この首はどうすればいいのでしょうか?」


 たぶんレグルスの首をお持ちなのでしょう。何かを捧げ持っているようなレオンハルト様に、とっておきの笑顔を向けました。


「お持ち帰りください」


 色気をにじませながら、悲しそうに顔を歪めるレオンハルト様。確かに、生首では彼の精神的な負担が大きいですよね。仕方なしにポケットから出すふりをして、影の異空間収納からペンダントを取り出します。だいぶ前に家族に渡したペンダントの予備ですね。


「ではこのペンダントに精霊を封じますので、それをお持ち帰りください」


 なんて。ペンダントトップに、異空間収納を付与するだけですけど。どうせ取り出したりはしないでしょうから、たぶん大丈夫。しかし残念ながら、もう私にはレグルスの姿が見えません。

 オニキス、申し訳ありませんが切り落としたものも含めて、ここへ入れてもらえませんか?


『わかった』


 レグルスが眠ってしまったからでしょうか。オニキスがすんなり私の影から出てきました。そうして何度か視線を往復させると、レオンハルト様が何かを捧げ持つのをやめました。完了のようです。


「どうぞ」


 差し出したペンダントを、レオンハルト様は恭しく受け取りました。大袈裟ですね。

 自分で首にかけ、存在を確かめるようにペンダントトップを握りしめるレオンハルト様を確認して、私は満面の笑みで殿下を振り返ります。


「さあ、お帰りくだ」 

「すごい! やっぱり素敵だわ! カーラ様が男性だったら完璧なのに!!」


 両手を胸の前で組み、きらっきらの輝く笑顔で叫んだイングリッド様に、思わずびくりとしました。


「黒髪のせいで怖れられているにもかかわらず、それを向けてくる人々を恨むこともせず、自らを高め、切磋琢磨し、王族に頼りにされ、公爵令息に一目置かれ、寛容で、知識も豊富で、その麗しい容姿に反して強く、しかしそれをひけらかさず、弱者を助け、それを歯牙にもかけず、丁寧な物腰で―――」


 なんかよくわからないことを延々と口走り続けるイングリッド様から、殿下に視線を移します。殿下はやれやれというように何度か頭を振ると、苦々しい顔で言いました。


「イギーは妄そ」

「空想です。」


 よくわからない世界から帰ってきたらしいイングリッド様が、穏やかな笑顔で、しかし有無を言わせない口調で訂正しました。殿下はひとつため息をついてから言い直します。


「・・・空想するのが好きで、物語を読んだり、書いたりするのが趣味なのだよ」


 あぁ。なるほど。私を空想上の何かと重ねてみえるのですね。

 しかしそんなことはどうだっていいのです。もう私は疲れました。このトラブルメーカーと、トラブルたちから解放されたいのです! テーブルを直して、薙刀を振り回した証拠隠滅もしたいですし!


「皆様、日が暮れる前に、お帰りください。」

「えっ! でも・・・」


 まだ何かトラブルがあるのですか?! 言いよどんだ殿下に、満面の笑みで繰り返します。


「お帰りください。」

「カーラ様・・・」


 なんとなくオロオロしている感じのアレクシス様にも、笑顔で言い放ちます。


「お帰りください。」

「そんな・・・カーラ様」


 仏の顔も三度まで。使い方が違いますが、後光の差すような笑顔を向けても無駄ですよ、イングリッド様。負けずに悪魔の笑顔で迎え討ちます。


「お帰りください。」

「・・・」

「お帰りください。」


 無言で私を見上げたレオンハルト様には、真顔で言い放ちました。私の本気を感じ取ったのか、殿下たちがすごすごと扉へ向かいます。


「わかった。今日は帰るよ」

「今シーズンは出入り禁止です」

「ええっ!! やだ!!」

「異論は認めません」


 まあ、今シーズンと言ってもあと半月ほどですけどね。

 足を止めようとする殿下たちを、扉へと追い立てます。さすがの殿下も真顔の私は怖いようで、抵抗しながらも帰っていきました。


「世界ってこんなに静かなんですね」


 殿下の馬車を見送って順番を待つ間に、レオンハルト様がぽつりとつぶやかれた言葉が印象的でした。でも出入り禁止ですけどね!


 4人を見送ってすぐ、私は客室へ取って返し、真っ二つになったテーブルとしばらく格闘しました。




金曜、土曜更新に変更させていただきます。

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