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名前を売りに行きましょう!


 いろいろな種類のポーションを作って、念のために動物実験もしました。とはいっても、傷ついた小鳥や、病に侵された我が家の馬などにふりかけただけですが。飲まなくても、触れれば効果があることが実証されました。特に異常がない人が飲んでも、ただの水ですから大丈夫です。

 あ、侍女ですが後任が見つかるまで続投となりました。しかし扉の横でふるふると震えていられるのは、いつか倒れてしまうのではないかと気になって仕方がないので、扉の外での待機を命じました。こちらから声をかけるまで、入っては来ません。いや、普通は3歳児を部屋の中とはいえ、一人で放置はだめだからね。


『ではゆくぞ』


 近距離で何度か試しましたが、少し不安なのでオニキスの首にしがみつきます。奇妙な浮遊感は一瞬で、目を開ければすでにそこはいつもの部屋ではなく、砂っぽく薄暗い路地でした。誰もいない路地を抜け、明るい通りを目指します。国境の守りとしての役割もあるこの町、エンディアは二階建てくらいの高さの城壁に囲まれています。出入りの門は北と南の二つ。そのうち南の門へ向かいました。

 今の私は、視覚阻害によって髪は空色、目の色は紫紺のままの20前半のごく普通の青年として見えているはず。認識阻害では覚えてもらえませんからね。名はカーライルと名乗ることとしました。

 南門までくると、中に入れて欲しいと言う難民と門番が言い争っていましたが、出ていく私はノータッチでした。


「砂漠が拡がっているとは聞いていましたが、もうエンディアぎりぎりとは思いませんでした」

『水の気の少ない土地だな。これならただの水でも売れるのではないか?』


 南門の外は荒野というにふさわしい光景が広がっていました。そして視界の奥に広がる砂漠。いきなり目的地に移動しなかったのは、この隠れる場所のない地形のためです。国境には川があったはずなのですが。これでは国境がどこだかわかりません。

 門から離れること300メートルくらいのところに、ぼろ布の群れが見えました。あれが難民キャンプですね。目的地ですので、さっさと向かいます。


「こんにちは」


 とりあえずキャンプの端の地べたに横たわっていた10歳くらいの少女に話かけます。隣国ガンガーラに多い褐色の肌をしています。不審な人物が少女に話しかけているというのに、誰も警戒した様子はありません。疲れた表情で他を眺めるだけでした。


「私は薬師です。診察してもいいですか?」


 少女もまた疲れた表情を浮かべたまま、こちらを眺めるだけでした。もう話す気力もないのかもしれません。危害を加える気はないことを示すように両掌を見せた後、そっと額に触れました。

 脱水症状と軽い栄養失調、感染症、それに毒。何かに噛まれたのでしょうか、右のふくらはぎがえぐれています。


「さあ、これを飲んで」


 異空間収納の効果を持たせた肩掛け鞄から、水の入った瓶を取り出します。いろいろ考えた結果、症状を見てから水に付与した方が効率的だと判断しました。だから鞄に入っているのは、たくさんの瓶に入ったただの水です。


「う・・・ぐっ」


 辛そうに起き上がる少女に手を貸します。警戒して飲んでくれないかと思いましたが、少女は躊躇なく瓶の中身を飲み干しました。


「あ・・・あれ?」


 効果は抜群です。一瞬でややふっくらとし、血色もよくなった少女。ふくらはぎの傷もありません。空腹は満たせませんが、命の危険からは逃れられたでしょう。


「大丈夫?」

「は、はい。ありがとうございました」


 少女は茫然としながら自分の手足を見、次いでこちらを見ました。


『こやつ、毒物だと思っていたようだぞ』

「いやいや。死にそうな人に、なんでわざわざ毒物なんて飲ませるんですか」


 ついオニキスの言葉に反応すると、少女の頬がかっと赤く染まりました。楽に死なせよう的な情けだと、思われていたようです。勘違いを指摘されると恥ずかしいよね。さあ、大丈夫そうなので、どんどん行きましょう! まずは名を売るのです。おっと、そうでした。


「私の名はカーライル。薬師です。診察を受けたければ声をかけてくださいね。しばらくここに通う予定ですから」


 端にいる人から順に、次々と治療していきます。途中、鞄を奪おうと考えた人もいたようですが、邪な思考はオニキスが読めるので、行動に移す前に排除してもらいました。行先は砂漠のどこかだそうです。

 はじめはこちらから患者さんたちに近づいていましたが、徐々に私の前に並ぶようになりました。その列を整理しているのは、先ほどの少女です。治療のお礼のつもりでしょうか。


「はい、これを飲んで」


 並ぶようになってからは、瓶の中身を飲むときに誰も躊躇しなくなりました。空の瓶は地面に並べておきます。再利用しますから。おっと、鞄の中が空になったようです。用意していた100本使い切ったということですね。


「申し訳ありませんが、薬がきれてしまいました。今日は終了です。また明日、必ず来ますね」


 まだ並んでいた人々から落胆の声が漏れました。そろそろ昼食の時間ですから、いないことがばれる前に部屋に戻らなければなりません。なんだか拝んでいる人もいますが、気にしないことにしました。地面に並べた空の瓶を鞄に仕舞い、足早に難民キャンプを後にします。先ほどの少女は、私に追い縋ろうとする人々を宥めてくれていました。


「よし、今のうちに・・・」

「カーライル様」


 難民キャンプから100メートルくらい離れたところで、認識阻害をかけて姿をくらまそうとしていたら、呼び止められました。びっくりした。いつの間にか、少女が私の背後にいました。


「ありがとうございました。治療を手伝っていただけて、助かりました」

「いえ。こちらこそ命を助けていただいて、ありがとうございました」


 よしよし。では、さようなら。と、踵を返そうとしたら、服を掴まれました。触覚もごまかしているので大丈夫なはずですが、ドキドキします。


「あのっ!」

「お前、何者だ?!」


 少女のいる右手側とは反対の、左手側から鋭い声が聞こえました。おや、門で言い争っていた少年ではないですか。彼の鈍色の髪が一見、銀髪に見えて驚きましたから覚えています。治癒を使える人間がいると、私の商売の計画が狂いますからね。


「兄さん!」


 どうやら少女の兄みたいですね。お兄さんはなぜか、私に敵意剥き出しです。ずんずんと音がしそうな勢いで、私に近づいてきます。


「俺の妹をどこへ連れていく気だ?!」


 いえいえ、よく見てくださいよ。服を掴まれているのは私の方なのです。兄と妹は私を間に挟んだまま、対峙しました。


「兄さん! 違うの! 彼は私を助けてくれたのよ! 他の難民の人たちも!」

「彼、だと? 何を言っているんだ? こいつは・・・」


 オニキスが急にお兄さんと私の間に入ると、私に認識阻害をかけました。


『カーラ!こやつは闇の精霊もちだ!正体がばれている!!』


 焦りの混じった声音のオニキスの首に、慌ててしがみつきました。


「待て死神! 妹を連れて行くな!!」


 一瞬の奇妙な浮遊感。気がつけば、いつもの私の部屋。そして・・・


『すまない。ついてきてしまった』


 ぽかんとした顔で、固まる兄妹がいました。




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