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母と語らいましょう!



 社交シーズンも終わりに差し掛かったある日、母に朝食後の散歩へ誘われました。

 母にはずっと怖がられているものと思っていたので、普段はなるべく接触しないよう気を付けています。久しぶりのお誘いで、さらにルーカス抜きの二人きりという状況に驚きました。

 しかし心当たりが無いわけではありません。なかなか私に教えても良いという人が見付からないので、侯爵令嬢としての所作の先生役は母なのです。先日の令嬢らしからぬ振る舞いを咎められるかもと、戦々恐々として母の言葉を待ちます。


「カーラ・・・恋をしているの?」

「はい?」


 やや距離をおきながら後ろを歩いていた私を振り返り、母が唐突に話し出しました。

 その余りにも予想外だった質問に、つい気の抜けた声が出てしまいます。いつもは陰りがちな母の瞳が、心なしか輝いているような気がしました。


「なんだか急に雰囲気が柔らかくなった気がするの」

「そ、そうですか?」


 自分ではよくわかりませんが、オニキスに全てを話してしまった夜から、何となく心が軽いのは確かです。

 しばらく見なかった悪夢をまた見るようにはなったのですが、私が泣きながら目を覚ました後、落ち着くまでオニキスが話を聞いてくれています。たまにオニキスが何かと葛藤し始めたり、涙を舐めとりながらどさくさに紛れて耳を舐めてきたりしますけど、そんなことをしてる間に気分が落ち着いて、また眠たくなってくるのです。そうして眠ると、その日はもう悪夢を見ることなく熟睡できるようになりました。


「気づいてる? 貴女、今とても柔らかな笑みを浮かべているわ」


 思わず口元を手で押さえて確認ました。確かに笑っていたようです。母の前で、思い出し笑いをしてしまったなんて! 今のは遠回しな注意でしょうか。だらしない笑みだという・・・。


「違うの。私、嬉しいのよ。貴女が幸せそうなのが」


 慌てて表情を消した私の肩に、母がそっと触れました。その震える手を何ともなしに眺めます。


「不甲斐ない母でごめんなさい。実の娘を怖がるなんて、母として失格だとわかっているわ」

「いいえ、お母様。私には貴女が怖がるだけの理由も、力もあります。親と言えど人間ですもの。怖いものくらいあって当然です」


 顔を母に向けてにっこりとほほ笑んで見せると、母は寂しそうに私を見下ろしました。


「でも・・・」

「お母様は態度に出さないよう、気を遣ってくださいます。私にはそれで十分なのです」


 無理をして倒れられたほうが、私は困りますし。

 私は白く血の気の引いた母の手をとり、そっと両手で包むと、母の方へ押し返します。

 母は目を伏せ、ほうっと震える吐息を漏らすと、ゆっくりと私を抱きしめました。懐かしい匂いに、なんとなく郷愁を感じてしまいます。前世の母は元気かな。しかし母親というのはなぜ、こうもいい匂いがするのでしょうか。

 母が倒れる前に離れようと思うのですが、背中に回っている手の力は意外と強く、体が密着しているために抜け出せそうもありません。仕方がないので、慰めるように母の背を何度も撫でました。


「旦那様がね、カーラと話していると同年代と話しているように錯覚すると仰っていたけど、私もそう感じたわ」


 体を離した母が、今度は私の頬を両手で包みました。私の心臓は早鐘のように鳴っています。顔が強張っていくのを止められませんでした。

 ばれた? 私が転生者だと、ついにばれたのでしょうか?!


「貴方が無理に大人にならなければならないような環境に気付けなかった、母を恨んでもいいのよ?」

「・・・お母様・・・」


 一気に脱力しました。違います。中身は同年代なのですよ、母。

 母の心の平穏の為に転生者だと明かしてもいいのですが、そうすると確実に父にもばれてしまうでしょうね。どうしたらいいのかな・・・。


「泣いているの?」


 うなだれた私を、母がオロオロと覗き込んできます。

 あーもう。父と同じ方向にごまかしてしまいましょうか。しかし父だから衝撃的な内容にも耐えられましたが、母だと気絶してしまうかもしれません。ここは恋愛トークの方向へ持って行ってみましょう。そういう話が好きな女性は多いですし。


「いいえ、お母様。恨むなんてとんでもない。私は今も、今までも幸せですよ。だってあの方に出会えましたもの」


 頬を染め、斜め下に視線を向けます。ついでに恥ずかしそうに手を下に組みながら、上半身をひねってみました。

 最近気づいたのですが、悪役令嬢カーラだからなのか、こうしようと意識した表情を女優張りの精度で浮かべられるようなのです。案の定、母にはしっかり通用したようで、あらまあとか言いながら、嬉しそうに口の前で手の平を合わせています。

 かなりちょろいですね、母。


「カーラは、ヘンリー王子殿下が好きなの?」

「あく・・・いいえ。そんな恐れ多いですわ」


 危ない。危ない。悪魔と呼んでしまうところでした。私の焦りをよそに、母は右掌を顎のあたりに添えながら首を傾げます。母も何気に女子力高いですね。


 実はヘンリー王子のあの中性的な、性別を感じさせない容姿は好みだったりします。しかし中身を知った今は、外見を愛でることさえも何か要求されそうで恐ろしい。

 だいたいあの方は面白いかどうかに重点を置くキャラだったはずなので、そのうち私に飽きれば離れていくと思うのです。そんな不安まみれの面倒な恋愛はしたくありません。その前に精神年齢38歳の私が10歳の殿下を恋愛対象に見ること自体が、背徳感でいっぱいで、そういう対象にはなりえませんけど。


「トリステン公爵様のご子息が好きなの?」

「アレクシス様ですか? あの方は私を怖がっていらっしゃいます。そんな対象に心を寄せられるなんて、不憫すぎますよ」


 ゲームのアレクシス様はツンツンしながらもデレるとものすごく優しいキャラで、デレるたびにきゅんきゅんしたものです。

 しかし今のアレクシス様は精霊と契約した影響か、ちょっとツンが甘い気がするのですよね。私が話しかけると挙動不審になりますし。怖がる様がかわいそうで、そういう対象に見てはいけないというか・・・やっぱり、その前に背徳感でいっぱいになって、そういう対象にはなりえませんね。


 母が眉根を寄せました。今のところ、この屋敷に出入りしている恋愛対象になりうる年齢の男子は二人だけですからね。

 んーと、母はしばらく考え込んだのち、はっと心配そうに私を見て言いました。


「ルーカス・・・」

「まさか! ルーカスは確かに可愛いですけど、弟ですよ!」


 なんて恐ろしいことを想像するのですか!

 ゲームでは寡黙な彼の数少ないセリフを心待ちにする程度には声が好きでしたけど、弟である彼をそういう目で見たことはありません。

 思わず声を荒げてしまった私に、母は人差し指を唇に当てて、しーっとしてきました。笑っている様子からして、冗談だったようです。

 あぁ。そういえば、ルーカスについて提案があるのでした。


「お母様、そのルーカスの教師についてなのですが・・・」

「ごめんなさいね、カーラ。どうしてもあなたの教師が見つからなくて」


 申し訳なさそうに目を伏せる、母。

 私はいいのですよ。誰とも結婚する気はありませんし、跡継ぎでもありませんからね。

 しかしルーカスはテトラディル家の後継者なのです。今のまま、私に追従して遊んでいる場合ではありません。


「私はかまいません。セバス族兄妹がいますので、侯爵令嬢として最低限学ぶべきことはできていると思いますから。ルーカスはどうなっているのですか?」

「ルーカスはもう貴方と同じところまで学び終わっているわ。でもここから先は貴方と一緒じゃなきゃ嫌だと駄々をこねて、先に進めようとすると逃げちゃうの」


 やはり。最近、ルーカスだけなら教えてもいいという教師が見つかったのですが、その授業時間に度々私の部屋へやってくるのでおかしいと思っていたのですよ。

 しかしさすがルーカスですね。ゲームでも陰湿にいじめてくるカーラにも負けず、懸命に勉学に励んでいましたが、私と一緒となると結構進んでいます。進度的には学園入学時に必要なところまで終わっていることになりますね。私はまあ、下地ぜんせがありますのでできて当然ですが、ルーカスはゼロからなのですごい。

 

「お母様、私だけテトラディル侯爵領へ帰して、ルーカスはお母様と共にこのまま王都に残ってはいかがですか? 私がいなければ、今よりもっと良い教師が見つかると思います」


 そして私はこれを機会に、ルーカスと距離を置きたいのです! 母は困った顔で私を見下ろしました。


「でもそれだとルーカスが拗ねてしまいそうだわ。あの子は貴方によく懐いているから」


 でも私は離れたい! 母もいないとなれば、私は好きに行動できますし。父は・・・まあ、じっとしていられない人だから、問題ないでしょう。


「では私の代わりに学んで、それを私に教えて欲しいと頼んでみます」

「それはいいわね! お願いしてもいい?」

「お任せください」


 手をたたいて喜びそうになったのをぐっと我慢して、母に淑女の礼をしました。母がにっこり微笑みましたから、合格のようです。

 その後、母から私の恋のお相手は誰なのか攻撃が来ましたが、恥ずかしそうに笑って見せて誤魔化し続けました。






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