残滓の妬
閑話です
最近、カーラの様子がおかしい。
とはいっても態度にあからさまに現れているのではなく、ほんの少しだけ距離を感じる程度だ。
原因に心当たりがないわけではない。おそらくカーラが意識的にしまい込んでいる精神の奥底、芯に近い部分にそれはある。
気付かれたら激怒されるだけでは済まないだろうそれを、カーラが眠っている間に覗こうと試みたこともあった。しかし芯に近く深いところにあるそれに、近付くことさえできなかった。
もどかしい。
それが少しづつ、だが確実に彼女の精神を蝕んでいることはわかっている。その正体を知らなければと思うのに、カーラは決して明かそうとしない。
カーラの父ならもしやと思ったが、逆に追い詰めてしまったようだ。さらに深く精神の奥底に沈められただけだった。
その片鱗を目にしたことは、ある。
カーラが泣きながら目を覚ます、あの悪夢だ。意味の分からない、全く音のない夢。
幸せそうな男女。
見送る前世のカーラ。
異世界の文字が書かれた掌大の薄っぺらい四角いもの。
目まぐるしく切り替わる様々な異世界の風景。
黒い服の人の群れ。
夢はそこで唐突に終わる。そして何度も、何度も、まったく同じ夢を繰り返し見るのだ。
実はこの夢の男女のうち、男の方に私を似せて、夢でカーラにまみえたことがある。特にこれと言って特徴のない、可もなく不可もない容貌の顔が好みなのかと思ったからだ。
結果は最悪だった。
夢とはいえ、カーラに避けられたのはかなり堪えた。
嫌悪されたわけではない。その証拠に、カーラの意識から追い出されることはなかった。
夢の中の彼女は、とても悲しそうに、しかし懐かしそうに、私を見つめ続けるだけだった。そして一定の距離を保ち、決して触れようとしなかった。私が触れることも許さなかった。
腹立たしい。
この男がカーラの芯に近いところにいることが。
妬ましい。
死してもなお、カーラの精神に影響を与えていることが。
そう。夢の男が、死者であることはわかっている。
黒い服は死者を弔う儀式の際に着るものだと、カーラの知識から探し出して知った。
だがわかったのはそこまでだ。
今までは時が解決するかもと、様子を見ていたが、そうも言っていられなくなったようだ。
悪夢を見せないようにしているにも関わらず、徐々にカーラの精神を侵食し始めた。
他者に興味がない・・・いや、興味がないふりをし、何よりも他者が自分のもとから去っていくことを怖れているカーラ。
彼女が他者を寄せ付けない、信用しない理由がそこにある。
いずれ去っていくのならばと、初めから期待しないよう信用していないつもりで、実のところは彼女にとって大切なものが、着々と増えてきている。
本人はそうと気付いていないが。
今、彼らの一人でも去ってしまえば、途端にカーラは精神に支障をきたすだろう。
そろそろカーラの古傷を抉ってでも、聞き出さなければならない。
早い方がいい。
私はカーラとふたりきりになれる夜を待つことにした。