デビュー戦を制しましょう!
さて意気込んだものはいいものの、本日のパーティー。大公閣下が私の為に開いてくださいましたが、あくまで私は招待客という立場でございます。なぜかと言うと、私を前面に出してしまうと、一気に参加者が減ってしまうことが予想されたからです。
そんなわけで招待客に向かって演説する必要もなく、こちらから突撃挨拶する必要もありません。というか、うろうろせず向こうから近づいてくるのを待ちなさいと、父に言い含められています。その時なぜか、警戒心が強い野良犬と仲良くしようとする光景が思い浮かびましたよ。
おとなしく待っていた私の元へみえたのは、アレクシス様のお父様、トリステン公爵でした。
「アレクシス、しっかりエスコート役をはたしているか?」
「はい。父上」
「ごきげんよう。トリステン公爵様」
私が淑女の礼をすると、トリステン公爵が少し目を細められました。
アレクシス様と同じで、公爵様もあまり表情筋が発達していないようです。そこから推測するに、微笑まれたのだと思います。たぶん。
トリステン公爵様は国王陛下の御学友で、30代という若さにもかかわらず、宰相を務めるスーパーエリートです。顔面レベルも非常に高く、隙なく整えられた焦茶色の髪に、視線だけで射殺せるのではと思える程に鮮やかな空色の瞳、クールビューティーという言葉がぴったりの御尊顔です。ハイレベルすぎて、公爵様の背後に赤い薔薇の幻影が見えました。もちろん棘付きで。
「カーラ殿。我が息子に大役を任せていただき、光栄に思う」
「いいえ、トリステン公爵様。こちらこそ、お引き受けいただき、誠にありがたく存じます」
アレクシス様はお父様似だなと、即座に判断できるくらい、顔も雰囲気もそっくりな親子です。厳しそうな見た目そのままの、息子が怖れているのに私と婚約させようとしている、S属性の人でしたよね。
トリステン公爵様が、その厳しそうな視線を私から外し、アレクシス様へ向けました。
「アレクシス。パーティーに慣れていないカーラ殿の緊張をほぐすのが、先達としての役目だ。先ほどから全く話しかけておらぬではないか」
「申し訳ございません、カーラ様」
おお。ここでダメ出しですか。やはり厳しい方のようです。なんとなくしゅんとした様子のアレクシス様を、覗き込むようにして微笑みかけました。
「大丈夫ですわ。アレクシス様。私は静謐を良しとする方のほうが好きです」
驚いたようにほんの少し目を開き、次にやはりほんの少し目を細めるアレクシス様。微笑んだのだと思います。たぶん。
ちょっとは気休めになったかな。
そんな私たちを見て、視界の端のトリステン公爵様も微笑まれた気がしましたが、気のせいだったようです。公爵様は今、無表情ですし。
「トリステン公爵。そちらがテトラディル侯爵のご息女であろうか?」
「本日の影の主役を見間違える者などおるまい。皆が怖れる夜の女神だぞ。しかし真にその名にふさわしい、漆黒の髪だな」
はい。いきなり軽い嫌味をいただきました。
がっしりとした壮年後期の紳士二人組の登場に、父とトリステン公爵、アレクシス様がさりげなく私をかばうような位置に立ちます。
父に叩き込まれた貴族名鑑によると、先に声をかけてきた方がミロン公爵様で、嫌味を吐いたのがセイラン公爵様ですね。
大公家と共に王都を守護する公爵御三家の揃い踏みですよ!
ミロン公爵様は側妃様のお兄さまで、外務省長官です。そしてインドアな職業とは思えない、見事な筋肉をお持ちでございます。
セイラン公爵様は第二王子の婚約者様のお父上です。モノクロード国軍の将軍様で、これまたクマのように大きく威圧感のある筋肉をお持ちでございます。
ちなみに主人公の父であるジスティリア大公閣下は、国王直轄軍の将軍様です。
生まれてこのかた、乙女ゲームですね! という感じの男性にしかお会いする機会がありませんでしたので、若干の恐怖と共に、ゴリマッチョへの畏敬の念を抱きました。勇気を奮い立たせて、お二人の前に進み出ます。
トリステン公爵様の目がやや開かれたかと思いましたが、やはり安定の無表情で紳士二人を紹介してくださいました。
「あぁ。彼女がテトラディル侯爵のご令嬢、カーラ殿だ。カーラ殿。こちらはペクトラール・ミリテ・ミロン公爵と、セプス・サン・セイラン公爵だ」
「お初にお目にかかります。カーラ・テトラディルと申します。どうぞお見知りおきくださいませ」
よし。震えることなく言い切って、優雅に礼ができましたよ! 自画自賛しちゃいます。
「ほう・・・黒髪を怖れて甘やかしているかと思っていたが、杞憂であったな」
「セイラン公爵。心の声は、心に留めておくものですよ」
がははっと笑うセイラン公爵様をたしなめる、ミロン公爵様。言外に同意を唱えましたね。脳筋と腹黒コンビなのでしょうか。このお二人はセイラン公爵様の方が年上なのですが、同時期に家督を継がれたため仲がいいそうです。
腹黒と思われるミロン公爵が、私に視線を向けました。何もしていないのに職質された時のような、緊張が走ります。あぁ・・・苦手な部類の人間ですよ。
「きゃあああああああ!!!!!」
突然、ホールに響きわたった悲鳴とガラスが割れる音に、皆がそちらを向きました。ミロン公爵様の視線から解放された喜びもつかの間。そこにいたのは、天井に届くかというほどの大きさの大蛇。そしてその後ろから・・・。
「いぃぃっ」
でた。出ましたよ。私、足が6本以上ある生き物が嫌いなんです! しかもサイくらいに大きい!! さらに複数いるぅぅぅぅ!!!!!
「だ、大丈夫ですか?!」
「おや。カーラ殿は、蜘蛛が苦手とみえる」
思わず近くにいたアレクシス様にしがみついたら、信じられないほど冷静な声が降ってきました。コクコクと頷きながら、ミロン公爵様を見上げます。なぜそんなに冷静なのですか。
「あぁ。カーラ殿はご存知なかったのですね。大公家はレイチェル様をお引き取りになってから、よく魔物の襲来を受けるのです。それに備えて警備も厳重ですので、すぐに制圧されるでしょう」
あー。そういえばゲームでも定期的に魔物に遭遇しましたっけ。強制レベリングかと思っていましたが、現実にも起きるのですね。
ミロン公爵様の言葉通り、すぐ衛兵に囲まれ、ホールの外へ追いやられていく魔物たち。給仕を行っていた大公家の使用人たちが、慣れた手順で招待客を避難させていきます。
いくつかある出入り口に招待客が誘導される中、私たちは一番近いドアに向かいました。子供を優先にということか、私とアレクシス様が先頭に、次に母たちがいて、最後尾に武闘派の父とセイラン公爵様です。扉近くに控えていた給仕が、恭しく扉を開けてくれました。
「っ!!」
「ここにもいたのか?!」
そこにいたのは大人ほどの大きさの蜂!
と、増殖した花瓶の花に拘束され、今まさに大きな針で刺されようとしている、垂れ目で庇護欲を刺激されるチワワ系美少女!!
反射的に近くにいた給仕のお盆を奪い取り、フリスビーの要領で蜂の魔物に向かって投げます。いい感じに頭に当たり、魔物がお盆と共に床に落ちました。しかし致命傷ではなかったため、再び飛び始めてターゲットを私に変える魔物。
どうやら植物を操るようで、私に向かって花瓶の花が伸びてきました。それをかいくぐって、魔物との距離を詰めます。私に針を向けてきたので、広げた扇の骨に挟み、抜けないように扇を閉じてから、向かって来た勢いを遠心力で加速させて、力いっぱい魔物を壁にたたきつけました。
ほほほ! この扇の骨はミスリル製ですの!! オニキスがその場で魔法を使用するのはダメだけど、すでに作成済みのものならいいと言いましたので、念のため仕込んでおいたのです。私は暗器使いですから、鉄扇もどんとこいです。
扇から魔物を解放して、一先ず様子を見るために距離をとります。うまくいったようで、魔物が動きを止めて床に落ちました。
痙攣している魔物にとどめを刺そうとして、ふと我に返りました。嫌いなものが、好きなものを虐げる様に、思わず我を忘れて行動してしまいましたが、私の後ろにギャラリーがいましたよね。
そっと振り返った先には、渋い顔をしている父と、固まっている女性陣と、安定の無表情なトリステン公爵様。面白いものを見たという顔のミロン公爵様と、セイラン公爵様。アレクシス様だけが、なんとなく心配そうな視線を向けていました。
ここはアレクシス様一択ですね!
「こわかったですわ!」
「はっ? えっ? カーラ様?」
水魔法うるうるが使用禁止のため、私の顔が父たちに見えないよう意識して、アレクシス様に縋りつきました。何とも言えない空気は、あえて読まない方向で。たぶん困り顔のアレクシス様が、そっと背中を撫でてくれました。意外に優しいですね、凍空の貴公子。
「ほう・・・セバス族の従者か」
ミロン公爵様の声に顔を上げると、そこには蜂の魔物にとどめを刺しているクラウドがいました。首を落とされた蜂が、見る間に普通の大きさに戻っていきます。クラウドは剣を鞘に納めると、私に近づいて跪きました。
「カーラ様、申し訳ございません。遅くなりました。お怪我はございませんか?」
「いいえ。この先に魔物は?」
「すでに殲滅いたしましたので、安全でございます」
そう、クラウドはやればできる子なのですよ。どのくらい魔物がいたのかは知りませんが、ちゃんと転移を使わず来たようですね。
この後どうするべきか、指示を仰ごうと父に視線を向けます。するとミロン公爵様が、セイラン公爵と共に私に近付いてきました。ふたつの肉の塊から熱気と圧迫感を感じます。
「私たちはこれで失礼するよ」
「目的は果たしたからな」
「ごきげんよう。ミロン公爵様。セイラン公爵様」
クラウドが来た方向へ去っていくお二人を、礼をして見送りました。筋肉による圧迫感がなくなって、ほっとします。
頭を上げた私は期待を込めて、再び父に視線を向けました。
「お父様、私たちも・・・」
「帰れると思うな」
ですよねー。ため息を扇で隠して、私の後ろに控えていたクラウドを見上げます。
「クラウド。ホールの安全を確認してきてくれませんか? 必要なら、衛兵に力を貸してください」
「かしこまりました」
しかし、さすが公爵家の衛兵というべきか、クラウドが活躍することはありませんでした。
優秀な衛兵によりホールの安全は確保されましたが、ガラスが割れる等の損壊がありましたので、大公様の謝罪の言葉の後、パーティーはお開きになりました。