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デビューしましょう!

 

 

 

 さて、悪魔を鍛えたり、アレクシス様の鼻をへし折ったりしている間に、私のデビューの日がやってきてしまいました。

 今回のドレスは大人っぽい深い赤の、光沢のある柔らかい生地が段違いに重ねられたバラの花のようなデザインで、さらにハイネック、長袖です。胸から上と袖はレースでできていて、やや透けていますが、かなり露出度が抑えられています。私はとくにドレスのデザインに関してこだわりはないので、父と母が相談した結果ですね。

 髪は編み込まれてアップにされ、生花が飾られています。メイクはアイライン等しっかりひかれましたので、ザ・悪役令嬢という感じの仕上がりですよ。思ったよりとっつきやすそうに見えてしまって、縁談を持ってこられても困りますから、牽制の意味合いもあるのでしょう。


 本日は夜会のため出発は夕刻の予定です。

 エスコート役のアレクシス様は、比較的早く迎えにいらっしゃいました。しかしできるだけ遅く会場入りした方がいいのは、以前の王太子様のパーティーで経験済みです。少し時間をつぶしてから向かうことにします。

 そんなわけで客間でアレクシス様と対面して座っているわけですが、出迎えた際に挨拶を交わしただけで、私たちに会話はありません。ぼんやりと窓から見える庭を眺めながら、心から思いました。殿下がいないって、静かで快適ですね。


「あ、あの・・・カーラ様」


 沈黙に耐えられなかったのか、アレクシス様が口を開きました。相変わらず私を見ては、目をそらすを繰り返しています。徐々に目をそらすまでの時間が延びてきているような気はしますが。

 私はカップを置きながら、話しかけたきりまた黙り込んでしまったアレクシス様に、敵意がない事を告げることにしました。


「そんなに怯えなくても、急に襲ったりはしませんよ」

「そんなこと! あなたを怖がっているわけではありません!」


 突然立ち上がったアレクシス様に驚いて、置きかけていたカップがソーサーに強く当たり、かちゃりと音を立ててしまいました。幸い、紅茶をこぼしてはいません。


「驚かせてしまって、申し訳ございませんでした」


 アレクシス様はあまり感情が顔に出ない方ですが、やや伏せられた空色の瞳から、落ち込んでいるのが読み取れました。彼がソファに座り直すのを待って、話しかけます。


「いいえ。殿下抜きでお会いするのは初めてですもの。緊張してしまうのは仕方ありません」


 問題ないというようになるべく優しく笑いかけて、用意されていたお菓子に手を伸ばしました。パーティーではまともに食べられないでしょうからね。一応、私が主役ですし。

 食べるのに専念しようかと思いましたが、私が手元に視線を落としている間、アレクシス様がじっとこちらを見ている気配を感じます。食べているのをじっと見られるのは、あまり好きではありません。


「アレクシス様は、沈黙がお嫌いですか?」

「いえ、大丈夫です。むしろ落ち着きます」

「では無理にお話になる必要はございませんよ。パーティーでは食べ物を口にする暇がないかもしれませんから、アレクシス様もお召し上がりになりませんか?」

「はい」


 素直に食べ始める、アレクシス様。やはり私が手元へ視線を落としている間に視線を感じますが、先ほどより頻度が減ったので良しとします。

 そのまま二人で黙々と食べたり、庭を眺めたりして時間をつぶしました。


「では、カーラ様。参りましょう」

「はい。アレクシス様。よろしくお願いします」


 結局、馬車の中でもずっと無言のまま、パーティーを主催される大公様のお屋敷に着きました。

 さすが大公家という大きさの白亜のお屋敷が薄暗い夕刻でもはっきりと存在感を示し、王族に次ぐ位だからなのか警備も厳重です。そこかしこに松明が焚かれ、等間隔に衛兵が配置されています。

 まさか・・・私のせいだったりしませんよね。

 物々しい雰囲気の中、別の馬車で来た両親と共に、アレクシス様にエスコートされながら会場に足を踏み入れました。途端にしんっと静まり返る会場。やっぱりこのパターンですか。

 しかしそれも数秒で、すぐに大公閣下が一人のご婦人を伴って近づいてきました。


「やあ、テトラディル侯爵。そちらが本日の主役かな?」

「はい、閣下。私の長子、カーラでこざいます。カーラ、こちらがパーティーを開いてくださった、レイモンド・グランツ・ジスティリア大公閣下だよ」


 父がそう言って、私に目くばせをします。私は母に合格点を貰った淑女の礼をして、大公閣下に微笑みかけました。


「大公閣下、お初にお目にかかります。カーラ・テトラディルと申します。本日は私の為にパーティーを開いてくださり、誠にありがとうございます」

「ヘンリー王子から話は聞いていたが、美しいご令嬢だな、テトラディル侯爵。なるほど、侯爵が隠しておきたくなるわけだ」


 お互いに初見ではありませんが、そういう作法ですので、名乗り合います。私に軽く微笑みかけた閣下は、次にアレクシス様に目を向けました。


「アレクシス殿は貴殿の披露パーティー以来だな」

「はい、閣下」

「貴殿はミリアに会ったことがあっただろうか」


 大公閣下が少し後ろに控えていたご婦人を目線で示しました。ゆっくりと進み出たご婦人の腰に、さりげなく手を添えます。


「はい。このたびは、おめでとうございます」

「ようやく妻として迎えることができた。貴殿の御父上と、テトラディル侯爵には世話になった」

「いいえ。もったいないお言葉でございます」


 ああ。王太子派の伯爵家に養子にしてもらって、身分を用意し、正式にジスティリア大公夫人になったのでしたね。晴天の青空のような髪に、蒼色の瞳の儚げなご婦人が控えめに微笑んでいらっしゃいます。


「これもカーラ殿が娘を見つけてくれたおかげだ。私の力が必要な時は喜んで力を貸そう」


 急に話を振られて、びくっとしてしまいました。

 しまった! 殿下と話を合わせるのを忘れていました。


「いいえ。閣下のお役に立てて、光栄ですわ」


 焦りを隠すように、扇で口元を隠します。

 そう、今日は魔法禁止なんですよ。ゲーム主人公の精霊に、契約したのを知られたくないそうで。ですからいつもは足元にいるオニキスも、私の影の中でおとなしくしています。ちなみに父の精霊は空気中の水分に溶け込んでいるそうです。

 大公閣下はどうして知っていたのかとか、どうやって見つけたのか等、私に訊ねたいのでしょう。しかし場所が悪いので、じっと私を探るように見つめてくるだけです。やや剣呑な目つきの大公閣下に、口元を扇で覆ったまま目元だけで微笑みかけました。父にも口を割りませんでしたので、父に助けを求めることもできません。


「ジスティリア大公」


 大公閣下の後から現れた金茶の悪魔が、今は天使に見えました。ほっとして笑顔になってしまいそうだったのを、扇で目元まで隠して事なきを得ます。

 ああ。やりにくい。魔法でポーカーフェイスにすればいいかと、今まで全く表情を隠す練習をしてきませんでした。それを反省せねばなりませんね。

 そうそうパーティーに呼ばれることもないと思いますが。


「ごきげんよう、ヘンリー殿下」

「やあ、カーラ嬢。昨日ぶりだね!」


 無邪気に親密度を暴露する殿下。しかも声が大きいものだから、周りにいた人達がぎょっとして殿下を見ています。

 やーめーてー! 私の日常をこれ以上、ややこしくしないでください!

 眉間に皺が寄りかけましたが、大公閣下の視線を感じて、無理に笑みへ変えました。駄目です。誤魔化しきれていないと思います。


「ああ、ヘンリー王子。ちょうどいいところに。娘をお借りするよ。レイチェル、こちらへ」


 大公閣下とヘンリー王子の間に現れたのは、銀髪に明るい碧眼の可愛い系美少女。この「バル恋」の主人公です!


「テトラディル侯爵と奥方は、もう知っているね。こちらは御息女のカーラ殿だ」

「お初にお目にかかります。カーラ・テトラディルと申します。どうぞお見知りおきください」


 扇をたたんで淑女の礼をし、ゲーム主人公に微笑みかけました。

 はぁぁ。見れば見るほど、私の理想そのままの美少女です。

 健康的な程度に白くきめ細かい肌に、桜色のふっくらとした唇。完璧な高さ、配置の鼻梁。形のいい眉の下にある、大きな目を縁取る銀のまつ毛は長く、明るい碧眼は澄んだ泉のようで吸い込まれてしまいそう。そして絹のような銀髪はハーフアップにされ、ピンクのバラが飾られています。

 まさしく前世の私が切望した容姿! 今はこのカーラの容姿も気に入っていますので、前世ほどの羨望はありませんが。


「あっ! はい! よろしくお願いします!」


 勢いよく頭を下げる、ゲーム主人公。しかも名乗らず。

 彼女が大公家に引き取られてから約4年経っていますが、令嬢教育はされていないのでしょうか。これではまるでゲームのようです。大公家に引き取られたばかりの主人公が、学園でカーラに初めて会った時のやりとりそのまま。

 まさかゲームの強制力発動?!

 ゲームではカーラの嫌味が炸裂しますが、勝手に私の口がセリフを吐くことはありませんでした。ほっとしつつ、私はにっこり微笑んだまま、名乗ってくれるのを待つことにします。


「レイチェル、名乗らなきゃ」


 こそっと主人公の耳元に囁くヘンリー王子。真近にあるヘンリー王子の顔を見て、主人公はポッと頬を赤く染めました。可愛い。

 しかし次に私へ向けられた目に、私は思わず息を飲んでしまいました。


「レイチェル・ジスティリアです」


 左右のバランスがいまいちな淑女の礼をして、再び交わされた目に宿る感情。それは、嫉妬。

 おやぁ? ゲーム主人公、レイチェル様が妬いておられます。


「レイチェル様のあまりの美しさに、私呼吸を忘れてしまいましたわ」


 扇で口元を隠しつつ、軽くよろめくふりをして、アレクシス様の腕に手を添えてみます。

 無反応のレイチェル様から、どうやら意中のお相手は、アレクシス様ではないと分かりました。では、消去法でヘンリー王子かな? 私が王都に来るまでの4年間、しっかり口説いていたようですし。


「そういうカーラ嬢も今日は一段と美しいね」


 サラッと歯の浮くような社交辞令を吐くヘンリー王子。レイチェル様の口元がへの字になりましたから、やはりヘンリー王子で正解のようです。


「そんな・・・。殿下の可愛らしさには負けますわ」


 恥ずかしがるふりをして扇で顔を隠し、ヘンリー王子にだけ見えるように、目で「余計なことをいうな」と威嚇しておきます。ついでに顎をくいっと上げて、あっちへ行けと示しました。


「カーラ嬢、私はそろそろ可愛いを卒業したいよ・・・」


 私の意図することがわかっているくせに、無視してぷくっと頬を膨らませるヘンリー王子。

 無理無理! だってゲーム開始時の17歳でも、ヘンリー王子は可愛かったですからね。


「ヘンリー王子、レイチェル、そろそろカーラ殿を開放して差し上げなさい。彼女は今日の主役だからね。では失礼するよ。カーラ殿」

「ごきげんよう。大公閣下」


 ヘンリー王子とレイチェル様を伴って去ろうとする大公閣下に、ゆっくりと礼をしました。

 さて、侯爵令嬢としての義務を果たしに行きましょうか。さすがに6歳の時のような、遠巻きにされながらのモーゼごっこにはならなさそうなので、すでに次の招待客と話を始めている両親のもとへ向かいました。





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