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悪魔をあしらいましょう!

あけましておめでとうございます!

今年もよろしくお願いいたします!!

 

 

 

「私の勝ちです、殿下」

「君はほんと、貴族の令嬢とは思えないよ」


 殿下は首に寸止めされている短剣サイズの木剣を見ながら、ため息をつきました。降参というように両手を上げたので、私は正面から殿下に突き付けていた木剣を下ろします。

 殿下より強くて当たり前です。だってゲームでは、カーラがラスボスですもの! 魔物を倒したり、戦争に参加したりして攻略対象たちと仲良くなりながら、強くなっていく主人公。そして最後に立ちはだかるのが悪役令嬢である、カーラなのです。

 そのカーラが得意とするのが暗器あんき。なにせ悪役ですからね。安直すぎやしないかとも思いますけど。

 私自身は薙刀なぎなたの方が好きなのですが、これもゲーム補正なのか、暗器を真面目に鍛錬しなくても、なぜか上達してしまいました。

 で、薙刀では実力差がありすぎると言われ、仕方なく短剣にて殿下のお相手をしたというわけです。


「だって、強くなければ領民を守れないではないですか」


 この国の貴族には、頻繁に出没する魔物から領民を守れるように、己を鍛える義務が課せられています。

 ですからテトラディル侯爵である父は、魔物退治のために普段は領内を飛び回っています。お抱えの私兵に任せて自ら動かない貴族ももちろんいますが、父はじっとしていられない質のようでして。今は社交シーズンのためテトラディル侯爵領の私兵隊に任せていますが、大物が出た時は駆けつけます。

 殿下は後方に飛ばされていた自分の木剣を拾いながら、またため息をつきました。


「確かにこの国の貴族には、領民を守るだけの力が必要とされているよ。でもね、普通の令嬢は魔法による援護はしても、接近戦はしないのさ」

「今更、私に普通を説かれますか」


 拾った木剣を、殿下は入れ違いに私に対峙した、アレクシス様に手渡します。

 ちらりとこちらを見てすぐ、目をそらし、握り具合を確かめるように何度か木剣を握り直しながら、アレクシス様が口を開きました。


「強く在ることも、魅力のひとつだと思います」

「私も同感ですよ。アレクシス様」


 私が両手の短剣を逆手に持ち直し、軽く構えると、アレクシス様が首を傾げます。


「えっと・・・薙刀を使われますか?」

「いいえ。奥の手は最後まで取っておくものですよ」


 言外に自分の方が強いと言いましたね。よろしい。ならば戦争だ。


「お姉さま、頑張って!」


 ルーカスが無邪気に手を振っています。かわゆす。


「いつでもどうぞ」

「では、アレクシス様。遠慮なく参ります」


 言い終わると同時にアレクシス様の正面へ走り、距離を詰めます。

 まずは様子を見るため、彼に何度か切り込ませることにしました。アレクシス様の木剣を弾きながら、彼の攻撃の癖を探します。右から左下に切り込む前に、右の利き手に力が入るのか、一瞬切っ先が振れる様ですね。誘うように時々ギリギリで避け、タイミングを見て仕掛けることにします。

 彼は例の癖の後、利き手である右上から袈裟懸けに振り下ろしてきたので、右にステップを踏んで彼の左へ回り込みました。下ろされた剣を左の短剣で上から抑え込み、右手の短剣で首を狙います。

 それをアレクシス様は体をのけぞらせて避けました。私は空ぶった勢いのまま左へ体を回転させながら腰を落とし、不安定になっているアレクシス様の左足に足払いをかけます。


「うわっ」


 バランスを取ろうとして、アレクシス様が両手を開きました。私は彼の左側、彼の利き手は右なので、木剣は私から離れた位置にあるということです。とどめを刺しますか。

 しゃがんだ姿勢から飛び上がり、バク転の要領でアレクシス様の肩に手を置いて、後ろへ倒れ行く彼の体を加速させます。その背後に着地して、木剣を捨てた左手で彼の頭を後ろから私の胸元に抱え込んで支えつつ、右の木剣を彼の首に沿えました。


「さすがお姉さま!」


 ルーカスが嬉しそうに手をたたいています。姉はちゃんと先日の敵を取りましたよ!


「私の勝ちです。アレクシス様」

「・・・」


 返事がありません。私の左手は彼の額を押さえているので、口や喉を押えてしまったわけではないのですが。


「アレクシス様?」


 その時、かくりと彼の力が抜けました。頭を抱えているだけでは支えきれず、アレクシス様が頭を打たないようにした結果、不本意ながら膝枕の状態になってしまいました。

 勝手に状態異常がないか確認しましたが、怪我や病気の類ではなく、気を失っているだけのようです。


「大丈夫です、カーラ様。思春期特有の反応です」


 近づいてきたクラウドはそう言うと、アレクシス様を抱き上げました。所詮お姫様抱っこです。


「ぅぐっ!」


 イケメンが美少年をお姫様抱っこするという構図に、前世ではそっち方面を嗜む程度だった私でも、きゅんときました。にやけかけた口元を悟られまいと、両手で覆います。

 オニキスにはばれてしまったのか、ふんすと鼻を鳴らされたので、慌ててキラキラしい光景から目を逸らしました。


『カーラ・・・だから鍛錬着の時も下着をつけろと言ったろう』


 何がだからなのかわかりませんが、この世界では上半身の下着といえば、コルセットなのですよ。あれ苦しいうえに動きにくいから嫌いです。

 私の腐属性思想に気付いたわけではないようで、ほっとしました。


「カーラ嬢。見事なとどめだったよ」


 客室へ向かうと思われるクラウドと、アレクシス様の従者を見送っていると、殿下があきれた様子で話しかけてきました。賛辞の言葉と表情が伴わないのはなぜでしょうか。


「それはどうも」

「・・・自覚なしなのか。恐ろしいな」


 私が怖ろしいのは、今始まったことではありません。アレクシス様が倒れてしまわれましたし、今日の鍛錬はおしまいにしましょう。


「殿下。今日はここまでにして、お茶にしませんか」

「そうだね。着替えてから、いただくよ」


 自室でドレスに着替えて、アレクシス様が休んでいる客間に向かうと、殿下はすでにソファでくつろいでいました。ルーカスはお勉強タイムのため、彼の部屋にいます。


「アレクシス様は?」

「さっき目覚めて、今は着替え中」

「そうですか」


 私は殿下の向かいに腰かけて、座ると同時に出された紅茶に手を伸ばします。口に含んだところで、隣接するお客様用の寝室から、アレクシス様が出てきました。紅茶を飲み下して、立ち上がります。


「お加減はいかがですか?」

「あ、ああ。カーラ様。ご心配をおかけしました。何ともありませんので、大丈夫です」


 こちらを見ようとしない、アレクシス様。勝てると思った相手に下されたのですから、当然の反応ですよね。


「こっちにきて座りなよ。アレク」

「はい。殿下」


 殿下に促されて、殿下の隣へ腰かけるアレクシス様。それを確認して、私も腰を下ろしました。彼の分も紅茶が用意されたので、早速、お茶菓子に手を伸ばします。今日のお菓子はマドレーヌでした。

 もぐもぐしている私を、殿下が探るように見てきます。その視線はいつもよりやや下にありました。何かこぼしてしまいましたかね。


「殿下、どうかしましたか?」

「さすがにドレスの時は大丈夫みたいだね」

「っ! ぐっごほっ! げほこほ・・・」


 紅茶を飲んでいたアレクシス様がむせています。立ち上がってテーブル越しに彼へハンカチを差し出すと、ちらっと私の顔を見た視線が下に下がったと思ったら、見る間に顔どころか耳まで赤くなりました。

 息、できてます?


「大丈夫ですか?」


 アレクシス様は目線をあらぬ方向へ向けて、むせながら何度も頷きます。殿下はその姿をニヤニヤしながら見ていました。


「君が構うとよけいひどくなるから、落ち着くまで私とお話ししようよ。カーラ嬢」

「はあ」


 殿下と話と言っても、これといった話題が思い浮かびません。少し落ち着いてきたアレクシス様と、それをまだニヤニヤ眺めている殿下を見ながら、話題を探します。


「そういえば、殿下はいつ大公様のご令嬢とご婚約されるのですか?」

「え? 私が彼女と? なんで?」

「いえ、確実に殿下の陣営に引き入れたいのでしたら、そうされるだろうと思いましたので」


 きょとんと聞き返した殿下は、可愛らしく首を傾げました。


「気になる?」

「何がですか?」


 私も真似て、首を傾げてみます。しかし殿下より可愛くできた気がしないので、すぐ頭を戻しました。


「私が誰と婚約するかだよ」

「いいえ」


 即答しました。殿下の頬がぷくっと膨らみます。落ち着いたらしいアレクシス様が、どんな答えを期待していたのかご機嫌斜になった殿下を見ながら口を開きました。

 

「大公閣下はご令嬢ご本人が選んだ者と幸せになって欲しいと、望んでおられるようです。それまで誰とも婚約させる気はないと、周囲に明言されました」

 

 なるほど。そうしてゲームが始まるのですね。

 シナリオ補正でしょうか。さすがに殿下とゲーム主人公がとっとと婚約して、私は自由の身とはいかないようです。


「それに大公閣下は、ようやく再会できた思い人に夢中で、私たちに大変感謝しているみたいだから、裏切ることはないと思うよ」


 いつの間にか真面目な顔になった殿下が、ソファの背もたれに背を預けて足を組みました。そうしていると見とれるほど、絵になるのですがね。

 早くゲーム主人公を落としてしまえと、思わずにいられませんでした。

  


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