悪魔と契約をしましょう!
さて、王都と言えばこの方! 王都に着いて3日目の昼下がり、金茶の悪魔と、若草色の手下がやってきました。
「やぁ、カーラ嬢。久しぶりだね!」
「お久しぶりでございます、殿下。アレクシス様」
「カーラ様、お招きありがとうございます」
王都のテトラディル邸玄関で、馬車から降りてきたお二人を出迎えます。
ヘンリー王子は10歳になっても、相変わらず中性的な顔立ちの美少年でした。中身が悪魔だと知らなければ、きっと目の保養として、私も楽しく眺めることができたでしょう。身長はそれなりに伸びて、私の目線に殿下の鼻がある位の差です。
アレクシス様はゲーム通りの、やや鋭い目の形と、澄んだ氷のような空色の瞳から受ける冷たい雰囲気の、これまた美少年になりました。さすが凍空の貴公子様ですね! しかしゲームでの刺々しい感じはなく、自信に溢れている感じです。こちらも身長が伸びてますが、殿下よりやや高い位ですね。
「逃げられるかと思っていたよ」
「まさか。今回は殿下がちゃんと先触れのお手紙をくださいましたから、お待ちしておりましたよ」
雨でも降るかなとは、思っていましたけど。
天使の微笑みを浮かべた中身悪魔の殿下は、何の迷いもなく、庭へ向かって歩いていきます。
どうやら庭の東屋でお茶をご所望のようですね。チェリに目くばせをすると、すすっと下がっていきました。どうやってか彼女は先回りして、お茶の用意を済ませて待っているのですよ。さすがチェリ。
堂々と進んでいく殿下と、遠慮気味のアレクシス様を庭へ案内します。
「私のことを避けているのかと思ってた。君にたくさん手紙を書いたのに、当たり障りのない返事ばかりだったからさ」
やや先を歩いていた私に並ぶと、殿下が話しかけてきました。殿下がくれた手紙の内容を思い出し、自然と眉間にしわが寄ります。
「それは・・・殿下が大公閣下のご令嬢を口説いている最中に、私に面倒な・・・あー。えっと、誤解を招きかねない内容の手紙を、くださるからですよ」
あと、避けているのは間違いではありません。アレクシス様が驚いた表情で、殿下を見ています。
ですよねー。私も驚きのあまり、該当箇所を読み飛ばして、全部燃やして証拠隠滅しましたよ。
私を見ながら、殿下がぷくっと頬を膨らませました。この歳でやっても可愛いとは。殿下の女子力は天井知らずですね。
「口説いてなんてないよ。でも、仲良くなって損はない相手でしょ?」
悪魔め! おっと。顔に出ると後から何を言われるか分かったものではないので、状態異常「能面」を発動しました。笑顔なんて悪魔には不要です。
ゲーム主人公を王城に招いてお茶をしたり、庭園を案内したりしておいて、よく言いますね。なんて恐ろしい子!
「なに。その顔。」
殿下は私の「能面」が気に入らなかったようで、頬を膨らませたまま、眉間にしわを寄せました。思わず「ごめんね」と謝ってしまいそうに可愛かったので、目をそらします。
ため息をついて、今度は殿下が憂いを帯びた表情をしました。そんな顔もできるようになったのですね。先ほどよりも、さらに謝りたい気持ちになってしまいました。
「君が失礼なことを考えて、さらに顔に出たりしても、私は怒らないよ。そんな貴族の令嬢らしくない君が好きなんだ。せめて私たちだけの時は、いつものカーラ嬢でいて欲しい」
ぞわっと鳥肌が立った腕をこすりつつ、アレクシス様を見ます。「私たち」に含まれるのですから、彼の許可も得ておかないといけません。
「アレクシス様は?」
「えっ! 私ですか? あー。私も以前の方がその・・・す・・・好ましいかと」
クールな雰囲気はどこへやら。アレクシス様が慌てて言いました。
そうか。アレクシス様は「能面」のままの私が怖いのですね。お二人の言質も得たことですので、状態異常を解除することにします。
ここまでできるだけゆっくり歩いたつもりではありますが、庭の東屋で待っていたチェリは、すでにお茶の用意を済ませていました。ほんと、すごいですね。
「お二人とも、私のところへ遊びに来て、大丈夫なのですか?」
「なんで?」
「なぜって・・・大公閣下のご令嬢を、殿下の陣営に引き入れるのではなかったのですか?」
クッキーを口にしながら、殿下が意外そうに私を見ています。余計なお世話でしたかね。
「ようやく巻き込まれる気になったの?」
「お父様がそう決められましたからね。私はそれに従うまでです」
不本意なのが顔に出ていそうなので、ごまかすように紅茶を口にしました。殿下がニヤニヤと悪魔の笑みを浮かべます。
「そうか。君を落とすには、テトラディル侯爵を先に落とせばよかったんだ」
父はもう王太子派を表明するというのに、殿下はまた何か企んでいるのでしょうか。アレクシス様は知っているのかとそちらに視線を向けると、彼は標準装備のきつい視線を殿下に向けていました。
「殿下。残念ながら、我が父トリステン公爵も諦めてはいませんよ」
あ、そうそう。アレクシス様に聞いておかなければなりませんでした。
「そう、それです。アレクシス様はトリステン公爵に、私のことをどうお話しになったのですか?」
「えぇっ? どうって・・・悪い事なんて言っていません!」
なぜ、私が話しかけるたびに挙動不審になるのですか。クールガイが台無しですよ。
「悪口をおっしゃったとは思っていません。私の何がトリステン公爵の琴線に触れたのかと、疑問に思っただけです」
「えっ・・・と。特に何も話してはいないのですが・・・」
俯いて、にぎにぎと右手で自分の左拳を握り始めた、アレクシス様。それを見て、殿下がため息をつきました。
「きっと、今の通りの反応をしたのだろうね」
「へぇ・・・」
アレクシス様がちらりと私を見ては視線をそらす姿は、初めて会った時と同じです。
どうやらまだ怖がっているようですね。きっとド初っ端から脅したのが、いけなかったのでしょう。しかし怖がる息子と婚約させようなんて、トリステン公爵はドSの人なのだろうか。
「ところで、今日はどういったご用件でしょうか? 鍛錬をしにみえたのではないのでしょう?」
私が怖くて俯いたままのアレクシス様を不憫に思って話題を変えると、殿下が口を尖らせました。
「用がないと来ちゃいけないの?」
「ですから・・・大公閣下のご令嬢に、誤解されたくはないでしょう?」
「別にいいけど、大丈夫。ちゃんと大義名分があるからね」
私が首をかしげて言葉の続きを促すと、背もたれに背を預けた殿下が再びニヤニヤしながら言いました。
「今度のパーティーのエスコート役についてだよ」
「お父様ではないのですか」
嫌な予感に思わず身を引きます。ニヤニヤしたまま、殿下が両手を上に広げて高らかに宣言しました。
「もちろん私!」
「ぅぇっ」
「って言いたいとこだけど、私は大公閣下のご令嬢をエスコートすることになってるからね」
私の悪態は聞こえなかったようで、こっそり胸をなでおろします。
つまらなそうな顔になった殿下は、アレクシス様に視線を向けました。アレクシス様が立ち上がり、右手を胸にあてて、優雅に腰を折ります。
「私がエスコートを務めます」
そういえばゲーム主人公はひとつ年下のはず。彼女は、まだデビュー前のはずですが。
疑問が顔に出たのでしょう。殿下がやれやれというように紅茶を一口飲むと、テーブルに頬杖をつきました。
「君をアレクが。大公令嬢を私がエスコートすることで、王太子派であることを広めるのさ」
「なるほど。承知いたしました。ではアレクシス様、よろしくお願いいたします」
立ち上がってアレクシス様の方を向き、ここ3日で母にだいぶ矯正された淑女の礼をします。
顔を上げた時にアレクシス様と目が合いましたが、すぐにそらされてしまいました。そんなに怖がらなくても、何もしませんよ。
ちゃんと敵意がない事を伝えるべきかと逡巡していると、ルーカスがこちらに向かって駆けてくるのが見えました。
おや。今日は自分の従者と共に、庭の離れたところで鍛錬をしているはずですが。
「アレクシス様、僕と手合わせ願います」
走りこんできたルーカスは、礼もそこそこにアレクシス様に木剣を差し出しました。一瞬、きょとんとしたアレクシス様は苦々しく笑うと、差し出された木剣を受け取りました。
「あぁ。構わないよ。私にも覚えのある感情だ」
アレクシス様が上着を脱いで、腕まくりし、襟元を緩めながら開けた所へ向かって歩いていきます。
「そういえばアレクも、兄上に手合わせをねだった時があったねぇ」
ヘンリー王子の兄である王太子は、アレクシス様の姉の婚約者ですよね。
殿下は見物する気のようで、面白そうについていきます。私も興味があるので、その後についていきました。
「よろしくお願いします」
そう言って、両手で木剣を構えるルーカス。アレクシス様も両手で木剣を構えました。
にらみ合う両者。
先に動いたのはルーカスでした。一気に距離を詰め、身長差を生かしてアレクシス様の足を狙い、下から切り上げます。
難なく横へ避けたアレクシス様が、木剣を振り下ろしました。そのまま後ろへ避けたルーカスに向かって、木剣を横なぎにします。
ルーカスが木剣で受け止めましたが、力の差でしょう。木剣をはじかれてしまいました。
悔しそうなルーカスと、ほっとしたようなアレクシス様。
結構、あっけなく終了しましたね。
「彼はあれから頑張っているからさ」
殿下が当然の結果だと言うように、頷いています。
まあ、ルーカスが勝てるとは思っていませんでしたが、これで弟のやる気に火が付けば、儲けものです。ルーカスは心根が優しいせいか、剣術や攻撃魔法の鍛練に消極的なのですよ。
「ありがとうございました。またよろしくお願いします」
あっさり下されたのがショックだったのか、目に涙をためるルーカス。どうやら思惑通りになりそうです。アレクシス様は少し目を細めて言いました。
「気が済むまで付き合おう」
ルーカスのやる気スイッチを押したのはいいのですが、再び午後の鍛錬に殿下とアレクシス様が参加することになりそうです。
ついため息をついてしまいました。