癒されましょう!
ぷりちー幼女が私を引き止めた理由は、なんのことはない。よそ行きの可愛いドレスを、まだ着ていたかったからでした。
いいよー。いいんだよー。子供は素直が一番さ。
彼女は長老様の実のお孫さんで、可愛いドレスは良いとこにお勤めの両親が送ってきたのだとか。少しデザインが古めですから、お古でも譲ってもらったのかもしれません。ドレスのサイズを合わせ直すくらい、セバス族の大人なら出来るでしょうし。
それを羨ましそうに見ていた村の少女たちを取っ捕まえて、チェリプロデュースで、私が植物魔法を駆使し、ドレスを着せて回りました。ついでに少年たちにも燕尾服を着せて。
そうしたら、そのままなんちゃって舞踏会風の宴会に突入してしまいました。
私は可愛い服を着た可愛い女の子たちが、きゃっきゃうふふしているのに大満足です。
完璧ではなくとも可愛らしいダンスに見とれてしまい、危うくテトラディル邸での夕食をブッチするところでした。
慌てて代打モリオンを投入して、セバス族兄妹を置いたままテトラディル邸に帰りました。
「お姉さま」
「ルーカス、どうしました?」
宴会で少し食べてしまったので、なかなか食が進まない私に、弟がにっこりと微笑みました。
「今度は僕も一緒に、連れて行ってくださいね?」
自分で着替えたのがいけなかったのか、砂っぽいのがバレたのか。
知ってるんだぞと、言うような目は父そっくりです。
「・・・どこへですか?」
「連れて行ってくださいね。」
かわいい弟よ、クエスチョンマークが消えましたよ。
「あの・・・」
「連れて、行って、ください、ね。」
「・・・はい。」
ルーカスが満足気に食事を再開しました。更に食欲が無くなった私は、フォークとナイフを置きます。
悪魔か?! あの金茶の悪魔の影響が、かわいい弟にまで及んでしまったのですか?!
やや敗北感を味わいながら、ルーカスが食事を終えるまで、ひたすら紅茶を飲んでました。そして村に帰った頃には、宴会は終了していましたとさ。
「ねえ、鳥。鳥は私のどこが気に入ったのですか?」
オアシスの大岩の上で、魔物にもたれかかって夜空を見上げます。
自分で了承した手前、モリオンに代わってもらいっぱなしでは申し訳ないので、ちゃんとセバス族の村に泊まることにしました。しかし慣れない場所での一人寝のせいか、眠れません。そこで宴会後に割り当てられた部屋をこっそり抜け出し、ここまで転移してきました。
オニキスは抜け出したのに気付いているとは思いますが、辺りに姿が見えませんし、最近は私から離れることが多いので、どこにいるのかわかりません。
「あなたとは話ができないのですよね」
はぁ、と、小さくため息をつきます。
魔物は私の髪を一筋嘴で摘まんでは、くりくりと羽繕いするように先端まで嘴を移動させていました。
「髪が気に入っているのですか?」
魔物を見上げてそう問いかけると、ふるふると首を横に振り、翼を広げて私を包み込むようにしてきました。
「ぎゅってして欲しいのですか?」
魔物はこくりと頷きかけ、慌てて首を横に振りました。違うようです。
今度は胸を張って、翼を大きく広げました。胸元の羽がフワーッと膨らみます。
「・・・胸が好き?」
ぶんぶんと首を横に振る魔物。残像が見えそうです。そんな力いっぱい否定しなくても、怒りませんよ。
なんとなくまた溜め息をついたら、鳥がふくふくと膨らんで、私にのし掛かって来ました。温められている卵の気分です。
『全部好き。元気出してって言ってるっす』
モリオンの声がして、同時に殺気を感じました。慌てて魔物ごと、少し離れた所へ転移します。
先ほどまで魔物の頭があった場所を、クラウドの剣が通りました。
「待ちなさい! クラウド!」
驚いた魔物が飛び上がって逃げようとし、それを追おうとするクラウド。その前に立ちふさがって、両手を広げました。
「あの魔物は・・・って、なんて顔をしているのですか」
オアシスの魔物については話をしてあったので、それをもう一度説明しようとしたのですが、先にクラウドと話をするべきことがあるようです。
動きを止めたクラウドは、眉間にしわを寄せてきつく唇を噛み、今にも泣き出しそうな顔をしていました。剣の鍔がカタカタと音を立てていることから、震えているようです。どうも様子がおかしいですね。
「どうしました?」
ゆっくりクラウドに近づくと、彼は手に持っていた剣を捨て、その場に跪きました。
「部屋にお姿がありませんでしたので、驚いてしまいました。ご無事でなによりです」
頭を垂れたクラウドはまだ震えています。
最近、別行動が多かったせいでしょうか。彼はオニキスの力を信用してるはずなので、私の安全面を心配することはなかったのですが。
思い当たることはないかと、モリオンに視線を向けました。
『カーラ様、すごく楽しんでたっすから、言おうか迷ったっすけど・・・』
モリオンが言いづらそうに耳を寝かせました。
『あの長老、カーラ様から引き離した後、主にしつこくカーラ様が黎明の女神じゃないのかって、聞いてきたっす』
あぁ。噂のアレね。初めから疑っていたということですか。
『さらに宴会の途中で、今晩カーラ様を落とすか、他の者に代われって言ってきたっすよ』
「はぁ?」
なるほど。クラウドがおかしいのは、そのせいですかね。前半はともかく、後半はクラウドの精神に悪そうな提案です。
『村長は、もっといい暮らしがしたかったみたいっす』
確かにあの村は生きていくのがギリギリで、余裕があるようには見えませんでした。一度でも貴族の暮らしに触れたことのある人間には、底辺に近く感じるでしょう。
「そんな妙な手を使わなくても、村のためと言うなら手を貸しましたよ」
『残念ながら、私欲っす』
「・・・」
眉間にしわを寄せて黙りこんだ私に、モリオンが言い淀みながら続けました。
『あと・・・その・・・カーラ様の時はなかったっすけど、宴会でボクに変わったあたりから、飲み物に媚薬と睡眠薬が混じってたっす』
『なんだと?!』
「のわっ!」
突然現れたオニキスに驚いて、思わず声を上げてしまいました。「きゃっ」じゃないのは、お察し。
『あの爺!強欲には気付いていたが、カーラに危害を加えようとするとは!』
全身の毛を逆立てて、ギリギリと歯噛みしている、オニキス。その様子に圧倒されつつも、私は疑問を口にしました。
「どこにいたのですか?オニキス」
『え? オニキス様なら、カーラ様の影にずっといたっすよ』
モリオンが首をかしげました。なんですと?
「はい? でも・・・あれ? じゃあ、あの晩も?」
クラウドの不眠に対応した時も、いたのでしょうか? それにしては、よく邪魔をしに現れなかったものです。
モリオンが反対側へ首をかしげました。
『あの時は、確かにいなかったっす』
『あの時とは、なんだ? クラウドの不眠って・・・カーラに膝枕をさせたのか!!』
勝手に思考を読んで、勝手に怒り出すオニキスさん。クラウドがはじかれたように顔を上げました。
「あれ、夢じゃなかったのですか!」
先ほどまでの悲壮感はどこへやら。クラウドが見たこともない、蕩けるような笑みをうかべました。ぞわっと鳥肌が立ちます。
風邪ひいたかな。
勝手に回復したっぽいクラウドは、ちょっと置いといて・・・。
「で、オニキスはどこに行っていたのですか?」
『カーラは暗殺者であろうと、殺すのを嫌がるだろう? だから殺さないまでも、社会的に抹殺できる場所を探していた。魔物のように砂漠に捨てていたのでは、すぐに帰ってきてしまうからな』
どういうことでしょうか。図らずも、モリオンと共に首をかしげてしまいました。
『実際に見た方が早い』
そう言って、いつもの様子に戻ったオニキスが足元へやってきました。
『かなり遠い場所だ。我でないと届かないだろう。もっと近くに寄れ』
オニキスがクラウドとモリオンを、目線で促しました。
はっ! ちょっと待ってください!
「チェリは? チェリは無事ですか?!」
『む? あぁ・・・今、取り込み中だそうだ』
え。いったい何の最中なのですか。
『あれは怒らせると怖い女だな。今回のことは村長の独断のようだ。明日の朝一番で、長老が実権を放棄して村を出るだろう』
あは。そちらでしたか。ナニを想像したのかは内緒でお願いします。
『・・・行くぞ』
私が胸を揉んでいる時と同じ目で、オニキスが私を見ます。つい目をそらした瞬間に、目の前の景色が変わりました。
先ほどまで星空だったのに、太陽が真っ青な空に煌々と存在し、同じく真っ青な海が水平線まで続いています。そしてその直中にポツンとそびえたつ、巨大な円柱。樹木に覆われた上部はすり鉢状に窪み、中心に深々と水を湛えています。
その上空に、私たちはオニキスの力によって浮いていました。
『どうだ。大海のど真ん中、周囲が一周断崖絶壁で船もつけられぬ。そして十分な水と、食料がある。精霊に乗っ取られたものとて、人の体ならば容易に抜け出すことも、助けを求めることもかなわない、天然の監獄だ』
そこは、なんていうか・・・桃源郷? どこから来たのか、色とりどりの鳥たちが飛び回っています。
「もったいない。私が住みたいくらいです」
『むぅ。似たような島をもうひとつ見つけた。そちらはこれより小さいが砂浜がある。後で案内しよう』
こんな所ならば、煩わしいものなどなく、誰も傷つけることもなく、心穏やかに、ひとり生きていけるだろうか。
ぼんやりと考えてしまったのを、オニキスに読まれてしまったようです。
『カーラ。我はたとえお前が拒もうとも、離れることはないぞ』
まっすぐに見つめてくる、黒い瞳。なぜこうも、彼は強く言い切れるのでしょうか。
と、そのオニキスを押しのけて、クラウドが前へ出ました。
「オニキス様から離れたいときは、私にお命じください。必ずや足止めして見せましょう!」
『ク~ラ~ウ~ド~!!』
怒ったオニキスが、クラウドを空中に放り出します。落下していくクラウドに、モリオンが悲鳴を上げました。
『なんでオニキス様に喧嘩を売るっすかぁ?!』
モリオンなのか、自分で風を操っているのか、危なげなく戻ってくるクラウド。毛を逆立てて、オニキスが対峙しました。
『一度も勝てたためしもないくせに、よく言う!』
「ふふふ。勝った暁には・・・約束通り・・・」
『ない! そんな日は断じて来ない!』
いつもの調子で喧嘩が始まりそうなのを見て、思わず笑ってしまいました。ムッとした感じで同時にこちらを見るオニキスと、クラウド。息ぴったりです。
「さあ、もう一つの楽園を見せてくれるのでしょう? チェリを迎えに行きませんか?」
忘れていたというように、目を泳がせるふたり。また、笑ってしまいました。