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残滓の謀

閑話です

 

 

 

 大変嬉しいことに、カーラが私を意識し始めたようだ。何の臆面もなく私に「ちゅっちゅ」していたカーラが、毎朝の戯れさえも、ほんのり頬を赤く染めるようになったのだ。


 しかしここで欲望のままに突っ走って、事を仕損じてしまうわけにはいかない。

 恋愛には駆け引きが必要らしいからだ。

 カーラが好んで読んでいた「しょうじょまんが」では、丁度この気持ちを自覚し始めた頃に、昏睡状態だの、記憶喪失だの、行方不明だのといった、気持ちを確認する「いべんと」が発生するものが多かった。

 しかし私がその状態になるのは難しいし、カーラから離れることもしたくない。


 そんなわけで現実世界では、カーラにいつもよりあっさりした態度をとりつつ、夢の世界でカーラ不足を補っている。


 ここ最近のお気に入りは、やはりあの夜の再現だ。

 もちろん人の姿で。

 私の姿を変えるだけで、かなり卑猥な感じになるが、すでに起きた出来事をなぞるだけなら、カーラの許容範囲なようだ。




 満点の星空の下、オアシスを囲う大岩の上にカーラと共に寝転ぶ。


「ねえ、オニキス」

「なんだ?」


 星を眺めたまま、問いかけてくるカーラの頭は、私の腹の上だ。その黒く艶やかな髪を、手でそっとすきながら答える。


「魔物は精霊なのでしょう? 殺してしまうことにためらいはないのですか?」


 人の体は不便だな。カーラの腹に頭が乗せられない。

 仕方がないので、体を少し傾けてカーラの横顔が見えるよう、頬杖をついた。


「宿主を殺しても、精霊を殺したことにはならん。元の世界に帰るだけだ」

「え、精霊は異世界から来ているのですか?」

「人ではなく、精神の希薄な生き物に寄生し、体を乗っ取る、愉快犯のような精霊たちが存在するのだ。大方、人に寄生した精霊への嫌がらせだろう」


 カーラは他者に興味がないくせに、殺生となると避けたがる。本人の推察通り、前世の影響だろう。

 人同士の争いなど放置で問題ないと私は思うが、カーラが傷付く可能性があるのなら、避けるべきだ。


「その戦争を避けるための旅であろう? やるだけやって、それでも起きてしまうのなら、諦めもつくというものだ」

「そうですね」


 カーラが姿勢を変えてこちらを向くので、再び仰向けになる。その私の胸の上にカーラが頬を寄せた。ちらりと上目遣いで私を見るしぐさに、背中がぞくぞくする。


「いや。初めに言ったろう? カーラが死ねば、我も消滅する」

「え、でもさっき・・・」

「それは契約をしていない場合だ。契約した精霊は、宿主と命を共にする」


 カーラが跳ね起きた。震える手で、体を起こした私の頬を包む。

 彼女が精霊について、少し勘違いしていることは知っていたが、別に支障がなかったので黙っていた。ほかのやつらが契約しようが、しまいが、どうでもよかったのもある。


「何を気に病む必要がある。契約するかしないかは、精霊に決定権がある。我はカーラと共にあることを望んだ。ただ、それだけのことだ」


 カーラの混乱の中に見える、仄暗い喜び。

 彼女が私の最後だということ。この先、私が彼女だけのものだということへの、喜び。


 それを感じ取った瞬間の、私の心の満たされようは、言葉にならないほどだった。


「泣くな、カーラ。泣かないでくれ」


 ともすれば私の死を望むような自身の想いに、カーラは驚いたのだろう。ぼろぼろと涙を流し始めた。その涙を吸い取るように、彼女の頬へキスを重ねる。


「我は契約を後悔したことなど、ただの一度もない。契約していなければ、こうしてカーラと話すことも、触れることもできていないからな」


 私の本心を探るように、カーラが見つめてきたので、まっすぐに見返す。

 頬を染めて顔をそらしたカーラの、あらわになった首筋を、鎖骨の辺りからゆっくりと舐め上げた。


「ぅんっ・・・」


 カーラが後ろに倒れそうになって、反射的に私の襟足をつかんだ。私はそのまま勢いを殺しながら、彼女を後ろに押し倒す。


「ごめんなさい。痛かったですか?」

「痛くはない」


 ただ、魂がぎゅうぎゅうと握られているかのようで、苦しくて仕方がない。

 泣き止んだカーラの涙の跡をなぞって頬や顎、口元に口づけを落とす。そしてときどき耳、首筋を舐める。ここを舐めるとカーラが官能的な反応をするのだ。


「ひぁっ」


 思わずといったふうにカーラが声を上げて、潤んだ紫紺の瞳で私を見上げた。その頬は紅潮し、薄く開いた唇からは熱い吐息が漏れる。


 あの時の私は、夢と現実の区別がつかなくなっていた。のだと思う。

 これまで、夢の中でさえも、カーラの唇に触れるのは禁忌としていた。たまらなく欲していたにも関わらず、特別な意味をもつ行為だと知っていたからこそ、触れずにいた。

 それに触れてしまった。


「えっ・・・」


 軽く、ほんのわずかに、私の唇でカーラの唇に触れた。

 怖れていた拒絶はなく、一瞬目を大きく見開き、顔を真っ赤にしたカーラは、息苦しそうに喘いだ。そして私に両手を伸ばし・・・。


 


 続きがしたい。カーラのふっくらとして魅惑的な唇を、私の舌で抉じ開け、彼女の舌を絡めとりたい。

 しかしやり過ぎると、またカーラの意識から閉め出されてしまうだろう。

 更に、いつかの「理性が崩壊した」状態になると、非常にまずい。しかも何をしたか覚えていないなど、面白くなさすぎる。

 我慢が必要だ。


 さて、私の姿が見えない間のカーラの行動も把握したし、そろそろあれを探しに行くとしよう。

 いちから作れないこともないが、膨大な力を使うと真白にみつかってしまうかもしれないからな。それに物理的な距離も欲しいところだ。最良の場所を見つけねば。

 カーラの悪夢も落ち着いてきて、最近は一晩に二度、三度と見なくなった。一晩ずっとついていなくても大丈夫だ。


 本当はこのまま寝顔を眺めていたい。

 しかしカーラの心の安寧のためだ。早急に探さねばなるまい。


 私はカーラの目元にそっと口づけると、起こさないように静かにベッドから降りた。





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