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精霊と対話しましょう!

夢ほどエロくはない!

 満天の星空の下、オアシスを囲う大岩の上に寝転びました。

 夜の見張りはクラウドと交代で、夕食後から真夜中が私、そこから朝までがクラウドの担当ということになっています。でもモリオンが擬態して私の代わりをしてくれるので、いつもはテトラディル邸のベッドで寝ています。

 今日は気分がいいのでちょっとだけ、夜更かしです。


「ねえ、オニキス」

『なんだ?』


 星を眺めたまま、オニキスに話しかけます。オニキスはその腹部に埋もれるように、もたれかかっている私の方へ、頭を向けました。


「魔物は精霊なのでしょう? 殺してしまうことにためらいはないのですか?」


 なんだそんなことかというように、オニキスはふんすと息を吐くと私のお腹に顎を乗せました。


『宿主を殺しても、精霊を殺したことにはならん。元の世界に帰るだけだ』

「え、精霊は異世界から来ているのですか?」


 精霊ってつくづく謎の生き物ですね。と、いうことは、オニキスも異世界から来ていたのですか。


『人ではなく、精神の希薄な生き物に寄生し、体を乗っ取る、愉快犯のような精霊たちが存在するのだ。そして人を襲う。大方、人に寄生した精霊への嫌がらせだろう』


 へえ。この上なく迷惑な精霊なんですね。

 殺す気で向かってくる魔物に同情したことはありませんが、殺生とほぼ無縁だった世界の住人としては、できる限り避けたいところです。でも無理なものは仕方がありません。

 ふと精霊に体を乗っ取られた、老人を思い出してしまいました。


 いつかは私も人を殺める日が来るのでしょうか。

 ゲームではガンガーラとの戦争で何人も人を倒しましたが、つまり現実では殺すということで・・・。仕方のない事だとしても、割り切れるわけではありません。


『その戦争を避けるための旅であろう? やるだけやって、それでも起きてしまうのなら、諦めもつくというものだ』

「そうですね」


 体を傾け、オニキスの首に腕を回します。その肩の辺りに頬を乗せました。

 でも、よかった。もし私が死んでしまったとしても、オニキスは死なないのですね。私が死ぬと、オニキスも消えると言うものですから、精霊はみんな宿主と共に死ぬものと思っていました。

 元の世界に帰るだけだったんですね。


『いや。初めに言ったろう? カーラが死ねば、我も消滅する』

「え、でもさっき・・・」

『それは契約をしていない場合だ。契約した精霊は、宿主と命を共にする』


 思わず跳ね起きました。震える手で、私をまっすぐ見つめるオニキスの頬を包みます。


『何を気に病む必要がある。契約するかしないかは、精霊に決定権がある。我はカーラと共にあることを望んだ。ただ、それだけのことだ』


 でも、でも、だって・・・契約がそんな重いものだったなんて。

 どうりで嫌がる精霊の方が多いわけです。「全く魔法が使えなくなった」なんて聞いたことがないということは、そもそも精霊の方が人より寿命が長いというわけで。つまり契約をするということは、精霊の死期を早めることに他なりません。


 どうしよう。


 オニキスの生を望む一方で。

 オニキスが私と一緒に死んでしまうことを。次がないことを。

 それを彼が選んだということを、こんなにも嬉しいと思ってしまうなんて。


『泣くな、カーラ。泣かないでくれ』


 いつの間にか、泣いていたようです。ぼろぼろと伝う涙を、オニキスが一生懸命に舐めとっています。

 

『我は契約を後悔したことなど、ただの一度もない。契約していなければ、こうしてカーラと話すことも、触れることもできていないからな』


 本心なのでしょう。私の仄暗い喜びに気づいているはずなのに、オニキスが私から目をそらすことは無く。それどころか、私を見るオニキスの目はどこまでも優しく、星を映してキラキラと輝いています。

 お座りの姿勢で見つめられ、ふと、私が鼻を舐めた時のオニキスを思い出してしまい、涙の勢いが弱まりました。思い出し笑いをしそうになって、顔を逸らします。

 首筋をオニキスに向ける形になり、そこに伝っていた涙を、彼は鎖骨の辺りからベロリと舐め上げました。


「ぅんっ・・・」


 変な声が出て、同時に背中を何かが駆け上がる感じがし、腰に力が入らなくなりました。

 後ろに倒れそうになって、反射的にオニキスの首の毛をつかみます。なのに私に引っ張られるまま、オニキスが立ち上がるものだから、結局、後ろに倒れてしまいました。勢いが弱まって、痛くなかったのは幸いでしたが。


「ごめんなさい。痛かったですか?」

『痛くはない』


 今ので涙は止まったというのに、オニキスは頬や顎、口元、ときどき耳、そして首筋をペロペロと舐め続けています。

 いえ、嫌ではないのです。嫌ではないのですけど、耳と首筋はやめて欲しいのです。


「ひぁっ」


 変な声が出て、また力が入らなくなるので。

 そんな私にお構いなしで私を舐めまわしていたオニキスが、一瞬、動きを止め・・・。そしてペロッと触れるか触れないかという感じに、私の唇を舐めました。


「えっ・・・」


 なになになになになに?! なんでした? 今のは何でしたか?!

 心臓がバクバクして、うまく息ができません。変態さんの電話並みに、はあはあ言っている自信があります。

 私をまたいで立つオニキスは、そのまま夜空に溶け込んでしまいそうです。そこにいるのか不安になって、両手を伸ばし、ぎゅっと彼の胸元の毛を握りしめました。


『・・・カーラ』


 切なげな声で私の名を呼んだオニキスの鼻先が、ゆっくり近づいてきます。

 えっと、えっと、つまり、これって、あの・・・。


『覗き見とは、いい趣味だな。和色あえいろ


 怒りを含んだオニキスの低い声に、閉じていた目を開けました。オニキスはじっと暗闇を睨んでいます。

 ・・・残念。




 ん?


 今、私、何て?


 オニキスが睨んでいた暗闇から羽音がして、大岩の上に熊程の大きさの鳥が留まりました。おや。どこかで見たような。

 私は仰向けの状態でオニキスにのし掛かられていて、格好の餌食だというのに、襲ってくる様子がありません。

 しかもオニキスが鬱陶しげにしている様子からして、何か話し掛けられているようです。


「なんて言っているのですか?」


 オニキスは溜め息をひとつ漏らして、言いました。


『言いたくない』


 罵られているのですか?! 許すまじ!

 起き上がろうとした私を、オニキスが前足で押さえ付けてきました。


『違う。そうではなくて・・・その・・・言いたくない』


 やっぱり意地悪を言われてるんですね! 許しませんよ!


『違う。不快なことは言われていない。・・・いや、いや駄目だ! そういう意味で言ったのではない!!』


 オニキスが威嚇しているのに、とてとてと魔物が近付いて来ました。慌てて飛び起きます。


『駄目だ! あっちへ行け! 許さんぞ!!』


 毛を逆立ててオニキスが吠えているのに、全く引かない魔物。

 ついに手を伸ばせば触れられそうな距離まで、近付いて来てしまいました。つぶらな目で、うるうると私を見下ろしています。

 オニキスが諦めたようにまた、溜め息をつきました。


『カーラに触れて欲しいのだそうだ』


 なんだ。そんな事でしたか。御安い御用ですが、いきなり襲ってくるなんて事はありませんよね?


『ない。敵意は全くない。あるのはカーラに触れて欲しいという、欲望だけだ』


 随分、可愛らしい欲望ですね。いいですよ。


「おいで」


 手を伸ばせば、魔物がすり寄って来ました。オニキスとは違う、鳥類独特のもふもふ・・・素晴らしい!

 嫌がるどころか、魔物もグイグイ来るので、調子に乗って両手で羽の流れに沿ってツルツルと撫でました。するとモワーッと羽が持ち上がって膨らみ、フカフカとした感触に変わりました。


 埋もれてみたい。


 私の心を読んだかのように、魔物が一歩進み出ました。その胸元へ、親鳥に温められる雛のように埋まる私。

 あー。これは、これで・・・。


「好き」


 と、急に魔物が遠ざかりました。私の横には、涙目のオニキス。

 どうやら魔物はオニキスに吹っ飛ばされたらしく、少し離れた所に転がっていました。しかし怒るでもなく、ふくふくと幸せそうに膨らんでいます。

 変わった魔物ですね。


『情けをかけるんじゃなかった! 許さん! 許さんからな!!』


 今にも殺ってしまいそうなオニキスさんを、横から抱き締めて止めます。


「ちょっと待ってください、オニキス」


 協力的な魔物なら、このオアシスの見張りを頼めませんか? オアシスを潰すのは勿体ないですが、ガンガーラの軍事拠点にされたくないと思っていたのですよ。


『・・・わかった。交渉しよう。ここで待て』


 オニキスがときどき魔物に怒鳴りながら交渉し、最終的に報告を兼ねた「1ヶ月1もふもふ」で、オアシス監視の契約が結ばれました。







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