引率しましょう!
「よくわかりましたね。クラウド」
なんか遠くに見えるゴマ粒大の何かが魔物らしく、クラウドが帰国者集団に止まるよう指示しました。
「カーラ様、行ってまいります。周囲に他の魔物の気配はございませんが、帰国者たちをお願します」
「わかりました。気を付けて」
この旅の間は同僚として接してもらおうとしたのですが、彼にそんな器用な真似ができるはずもなく、ものすごく不自然だったので普段のままでいくことにしました。
よくその速さで砂の上を走れるなという速度で、クラウドが魔物に向かっていきます。モリオンもいますし、危なくなれば転移で逃げてくるでしょうから、おとなしく待つことにします。
カーライルの死に、呼吸困難になるほど泣くダーブさんや、鼻水垂らして涙を流すドード君たちを、カーライルの手下として慰めてから、砂漠を進むこと4日。旅は順調です。
とは言っても私がいるのは午前中だけで、午後の鍛練の時間から翌日の朝食までは、モリオンに擬態してもらって、私はテトラディル邸に帰っています。
砂漠越えの間、魔物との戦闘はクラウドだけで事足りてしまうので、私は水を出すくらいしかやることがありません。
あまりに暇だったのと、暑かったのとで、旅の初日にレースクイーンかという大きさの日傘を作ってみました。そしてそれを周りの人々が羨ましそうに見てきたので、希望者に作って配ってみました。皆、カーライルで慣れているのか、規格外を見せつけても怖がることはなく、逆に打ち解けてくれましたよ。
それはいいんです。いいんですけど・・・。
「ねーちゃんは、にーちゃんの何なの?」
子供たちがわらわらと寄って来ました。
なんで子供って、その手の話題が好きなんですかね。大人たちも聞き耳をたてています。私たちで暇つぶしをするのはやめていただきたい。
「ただの上司ですよ」
正確には雇用主の娘ですが、まあ似たようなものでしょう。
「よっしゃ! オレの勝ち!」
そう言って出された少年の手に、まわりの子供たちがドライマンゴーを置いていきます。賭けたのですか。一人勝ちのようですが、他の子は何にかけたのでしょうか。
「えぇー。じゃあ、あの好き好き光線はなんなの? おねーさんは彼女じゃないの?」
負けたらしい少女がぶーたれています。なんですか。そのはた迷惑な光線は。この少女には護衛対象に向ける視線がそう見えるのでしょうか。
だいたいクラウドはこの世界の年齢では年上ですが、精神年齢では一回り以上年下なのですよ。この少女くらいの頃から一緒ですし。甥っ子に対するような感情はあっても、そういう対象にはなりえません。前世の兄は私と同じく非リアで、甥っ子なんて存在しませんでしたから、想像に過ぎませんけど。
うぅ。鳥肌が立ったじゃないですか。
「彼はいつもあんな感じですよ」
「にーちゃん、不憫だな」
なんですか。一人勝ち少年まで。
居心地の悪さに顔をしかめると、少年が戦利品のドライマンゴーを一つくれました。よし、許す。
「歳が同じくらいなのに、なんでねーちゃんの方が上司なの?」
少年たちにはクラウドと私が同い年に見えています。そう視覚阻害をかけましたからね。ドライマンゴーをもぐもぐしながら考えます。なんと答えましょうか。
「なぜと聞かれても・・・私の方が強いから?」
「うっそだぁ。ねーちゃん、水と傘しか作ってないじゃん」
確かに。ではここらで、私の実力を見せつけましょう!
『何をするつもりだ?』
辺りを警戒していたオニキスが足元にやって来て、私を見上げました。
ここにオアシスを作ろうと思いまして。大丈夫ですか?
『その程度で眠くなどならん』
どうやら精霊は力を使い切ると休眠状態になるらしいのですが、オニキスがその状態に陥ったのを見たことがありません。
モリオンは私に擬態させた後で、オニキスとクラウドが喧嘩を始めると、だいたい休眠してしまいます。2,3時間で目覚めますけど。
「ねーちゃん、なんかするの?」
「よい子は離れて見ていてくださいね」
子ども扱いされて不機嫌になった少年を無視して、傘をたたみ、まずは風魔法で辺りの砂を均します。
次に砂が入り込まないように、大人が5、6人手をつないだくらいの大岩を円形に並べていきました。広さは王都のテトラディル侯爵邸の庭くらいですかね。二階建てくらいの高さに大岩を隙間なく並べ、その上に飛び乗ります。
大岩の円の中心に直径20メートル、深さ1メートルくらいのくぼみを作り、粘土質の土で固め、その上に人の頭大の石を敷き詰めました。
魔法で水を満たしてもいいのですが、それだといつか干上がってしまうので、池予定地の中心に降り立って地下水脈を探ります。水気を異常とみなせば、地下30メートルくらいの固い岩盤の下に発見できました。そこまで風魔法で砂や土を巻き上げつつ、土魔法で水道管をイメージしてミスリルで周りを固めていきます。だってミスリルは錆びない仕様ですもの。
突き当たった岩盤はくるっとウォーターカッターの要領で水魔法を使って切り抜き、すっぽ抜きました。途端に噴き出る水。
冷たくて気持ちがいいですね!
後は土壌改良用の雑草を池の周りに生やして、ついでにマンゴーの木と、スイカを食べられるところまで育てました。大岩に入り口を作ったら、なんということでしょう! 即席オアシスの完成です。
『ただいまっす』
穴を開けようと大岩に近づいたら、上からモリオンが降りてきました。
「おかえりなさい。問題ありませんでしたか?」
『余裕っす! 主が瞬殺したっす!』
「それはよかった。ところで、そのクラウドはどこに?」
近くにいるかとあたりを見回したら、大岩の上に居ました。なぜか鼻を押さえて、蹲っています。
「どうして降りてこないのでしょうか?」
モリオンを見ると、耳をぺたりと寝かせて申し訳なさそうに頭をたれました。
『あー。今はそっとしておいてあげて欲しいっす』
「そうですか」
クラウドをちらりと見上げたオニキスが、深いため息をつくと、私の服を乾かしました。
確かに先ほどの水の噴出でぐっしょりでしたが、この暑さなら風邪をひくどころか、気持ちいいくらいなんですけど。
ちなみに私とクラウドは今、ガンガーラの一般的な服を着ています。インドの民族衣装な感じですかね。女性用の体にぐるぐる巻く布の下は、日焼け対策で長袖、長ズボンですが、すぐ乾きそうな透けるように薄い生地ですし、自然乾燥でよかったと思うのです。
過保護ですね、オニキス。
『・・・そういうことにしておく』
私までオニキスにため息をつかれてしまいました。
まあ、いいか。早いこと大岩に穴を開けて、皆で休憩しましょう。
ミスリルの薙刀に「カーラの切りたいものがなんでも切れる」を付与して、大岩を人が立って通れるくらいに切ります。いらない部分は転移で池のほとりに移動しました。
「どうですか、少年」
開けた穴を通って外へ出ると、口と目を大きく見開いた少年が立っていました。他の帰国希望者たちもほぼ同様の表情をしています。
どうやら驚きすぎて、固まっているようですね。
「皆様、オアシスを作りましたので、今日はここで疲れを癒しましょう」
「え、この中オアシスなの?! スゲーな、ねーちゃん!!」
子供たちがわっと走って入っていきました。大人たちも戸惑いながら、中へ入っていきます。そして口々に私を称えてくれました。
ほほほ。これで子供たちも私がクラウドの上司だと、納得したようです。
その後、クラウドの提案で水浴びは男女入れ替え制となり、オアシスで一泊して疲れを癒すこととなりました。
モリオン『主、大丈夫っすか?』
クラウド「油断した。まさかずぶ濡れで、体の線がまるわかりで、しかも透けているなんて・・・っ」
モリオン『しっかり見てるっすね』