イケニエを差し出しましょう!
ヘンリー殿下はついに来なくなりました!!!
って言いたい。
「それで? なぜ貴方までここにいらっしゃるのですか? アレクシス・トリステン様」
「えっと・・・」
トリステン公爵令息が、困ったようにヘンリー殿下に視線を向けました。おのれ、トラブルメーカー!
「あはっ。もう来ないかと思った? 寂しかった? ねえ?」
「昨日、お見えになったばかりですよ」
なぜ? 昨日、あんなことをされたのに、なぜまた来るのですか?
あぁ。もうお手上げです。
膝の力が抜けそうになるのを、なんとかこらえました。
心配そうに差し出されたチェリの手につかまります。抱き上げようとするクラウドを空いている方の手で制して、オニキスを目線で制します。
殿下をどこかへ飛ばそうとするのはやめてください。
「だって、カーラ嬢。もうすぐテトラディル領に帰っちゃうんでしょう? それまでに、せめて防御だけでも、ものにしたくて」
「なぜここなんですか? お二人で他へ行ってやってくださいませ」
この調子ですと、テトラディル領に帰るまで、毎日おみえになるつもりのようです。
「ここに君がいるから? 刺客の心配がないって、すっごい気が楽なんだよね!」
それに関しては私は何もしていませんが、心当たりはあります。
オニキスに視線を向けると、ふいっと目を逸らされました。やはり、あなたの仕業ですか。私から危険を遠ざけようとしてのことでしょうから、咎めませんよ。
ありがとう、オニキス。
「わかりました。ではお相手いたしましょう。しかし殿下、テトラディル領には来ないとお約束してくださいね」
「えぇー。い! や! だ!」
きゃははっとか笑いながら、殿下がいつも通り勝手に、庭へ走っていきました。くうっ! 天使の顔をした悪魔め!
「申し訳ない。カーラ・テトラディル様」
びくびくしながら、アレクシス・トリステン公爵令息が頭を下げます。噛み殺しきれなかったため息が、漏れてしまいました。
「どうぞ、カーラとお呼びください」
「で、ではカーラ様。私のこともアレクシスとお呼びください」
「わかりました。こちらへどうぞ、アレクシス様」
そんなに怖がらなくても、急に昨日のような暴挙はいたしませんよ。ちらりと私を見ては、視線を逸らすアレクシス様を庭へとご案内します。
「ねえ、カーラ嬢。この前のをもう一回見せてよ」
「はい、殿下」
こうなったら、早いこと習得していただきましょう。
前回同様、私を中心に緩やかに回りだした風に、水魔法で作った微細な氷を巻き込んで、人為的にダイヤモンドダストを作ります。きらめきながら私の周りをまわる風を、両掌で示しました。
「これでよろしいですか?」
「派手な方はぁ?」
「アレクシス様、いかがですか?」
不満げな殿下を無視して、アレクシス様を見ます。ぽけーっと私を見ていたアレクシス様は、はっとするとうんうんと頷きました。
「たぶん大丈夫です」
そういえば、今更ですが彼は契約できたのでしょうか。ちらりとオニキスに視線を向けます。
『契約は完了している。王子が精霊を見せたようだな。王子と同じ鷲の姿をしている』
あ、そうですか。それはよかった・・・のかな?
精霊が何かアドバイスしているのでしょう。アレクシス様は時々、何もない中空に視線を向けながら、自分の足元をじっと見つめたり、手を広げてみたりしています。
殿下の方も同様に、たぶんカーリーを見ながら、ぐるぐる手を回してみたり、ジャンプしたりしています。殿下、飛ぼうとしてませんか?
『カーラ、大丈夫か?』
オニキスが足にすり寄ってきます。その頭をひと撫でして、殿下たちが目に入る場所に置いた椅子に腰かけました。
あ、ルーカスは夜更かしの影響で、この時間はお昼寝をしていますのでここ何日か鍛錬には不参加です。
「もう関わらなくて済むと思ったのですが・・・どうしたものでしょうか」
昨日殿下たちにお帰りいただいた後、殿下に関して思い出したことがあります。
それは殿下の婚約者についてです。ゲームスタートの時点では、殿下には婚約者がいません。もちろん王族ですので、それまで誰とも婚約していないわけではなく・・・つまり、ゲームスタートまでにいなくなる婚約者がいるのです。
その婚約者が、いないはずの同級生、テスラ侯爵令嬢です。昨日、父に確認しましたが、話は上がっているものの、まだ確定ではないとのこと。どうやら第二王子の婚約を待っているようですね。
攻略していく途中、殿下の過去に触れる機会があって、そこで判明するのですが、テスラ侯爵令嬢は殿下の暗殺に巻き込まれて命を落としてしまうのです。
殿下に関わりたくはないのですが、人が死ぬとなると見て見ぬふりはしづらいです。
「ねぇ、カーラ嬢」
「何ですか、殿下」
ぼうっと殿下を眺めていたら、視線に気づいた殿下が近づいてきました。
「私と婚約しないかい?」
「いやです。」
きっぱりと断りました。殿下がぷくっと頬を膨らませます。
「なんで? 私と婚約すれば、他に縁談を持ってくる者もいないし、君の望み通りそのうち解消してあげるよ?」
「最善策に見せかけた罠ですか? きっと殿下は私が使える人間である限り、婚約を解消してはくれないでしょう?」
殿下の頬がしぼんで、ちょっと悲しげな表情になりました。泣き落としは通用しませんよ。
「で、では私が・・・」
「お断りいたします。そんなに私を巻き込みたいのですか?」
いつの間にか近くにいたアレクシス様を、軽く睨みます。あなたではシナリオ通りですから、問答無用で却下です。アレクシス様も殿下同様、悲しげな表情になりました。二人とも結構、追い込まれているということでしょうか。
私は攻略対象である二人が死ぬことはないとわかっていますが、本人たちはそんなこと知りませんからね。まあ、私に関わることでシナリオから外れてしまうので、そこが心配といえば心配なのですが。
「・・・2日後に兄上の婚約が発表されるんだ」
殿下が焦りをにじませた表情で、つぶやきました。
第二王子フランツ・モノクロード殿下のことですね。確か公爵令嬢との婚約がほぼ確定のはずです。
面倒くさがりの私ですが、貴族の令嬢の嗜みとして、ある程度の力関係は把握しています。
王太子殿下と第三王子ヘンリー殿下は、亡くなった正妃様の御子です。ヘンリー殿下は亡き正妃様にそっくりだそうで、それを理由に国王陛下に溺愛されています。
亡くなられた正妃様と陛下は大恋愛の末にご結婚され、子爵家の出なのを無理に正妃に押し上げたのだとか。
面白くないのが婚約者の立場だった側妃様です。
誰もが他国の王族に嫁がれるかと思っていたところを、陛下にべた惚れだったがために側妃に甘んじてでも結婚をと、望まれました。側妃様のご実家は公爵家です。いろいろあったとは思いますが、結局、その希望はかなえられました。その側妃様の御子が第二王子フランツ・モノクロード殿下です。
そしてその第二王子フランツ・モノクロード殿下が、公爵令嬢と婚約されるとなると・・・。
3家ある公爵家のうち、王太子の婚約者の実家であるトリステン公爵家を除く、2家が側妃様の陣営になるということです。
だいぶパワーバランスが崩れますね。侯爵令嬢の私や、テスラ侯爵のご令嬢ではつり合いが取れないではないですか。
ん? 立場あるご令嬢を殿下の陣営に加えられればいいんですよね?
では、ゲーム主人公なんてどうですか? 庶子とはいえ大公閣下の娘です。十分ではないですか。私の平穏のために、彼女を差し出してしまいましょう!
思わずにんまりしてしまいました。殿下とアレクシス様が、やや体を引いて身構えます。いくらなんでも、理由もなく力を行使したりはしませんよ。
「殿下。大公閣下に5歳のご令嬢がいらっしゃるとしたら、どういたします?」
驚く殿下たちに、悪い笑みがいっそう深まりました。