売られた喧嘩を買いましょう!
庭園の、あたりに人気のないベンチでオニキスをもふもふしていたら、背後に人の気配がしました。5メートルくらい離れた木に隠れるようにして、こちらを伺っています。
見えてますけどね。ヘンリー・モノクロード殿下。
『あれで隠れているつもりか? どうやら興味が畏怖に勝ったようだな』
オニキスも気づいていたようです。秋口の花の少ない庭園に、彼のふわふわした金茶の髪と、キラキラしい衣装は目立つのですよ。
『どうする?』
どうもしません。かかわらないのが一番です。あれ以上、近づいてこないようですし。
『それもそうか』
オニキスが膝の上に頭を戻そうとして、ふと、少し離れたところで地面をつついていた小鳥に目を止めました。
じっと見つめながら、私を背後にかばうようにベンチから降りて前に出ます。
『何の用だ』
小鳥が視線をこちらに向けました。しかも私ではなく、オニキスを見ているようです。そして小鳥が2羽、3羽と増えていきます。最終的に十数羽の小鳥が、オニキスをじっと見つめていました。
恐い。オニキスが唸ります。
『和色たち、我を羨むのはお門違いというものだ。去れ。次は人に寄り添うがいい』
増えた時のように、1羽、2羽と飛び去って行きました。
しかし全てではなく6羽残りました。微動だにせず、じっとオニキスを見つめています。
一触即発という空気。動いたら、何かが起こる。そんな空気を・・・
「カーラ嬢!」
読まないヘンリー・モノクロード殿下。勝手に「嬢」呼ばわりですし。
『下がれ! カーラ!』
ごめんなさい。ベンチの後ろは生垣なのですよ。立ち上がったものの、どうしようか迷っていたら、横からタックルされました。
「カーラ嬢、あぶない!」
「ぐはっ」
体格はあまり変わらないものの、同じ年の男の子に押しつぶされて、肺から空気が抜けました。ふいに「きゃっ」なんて言えるほど、女子力高くないので。
でもなんとか、乙女の唇は死守しました。ハプニングキスというのですかね? 迫る唇を顔を背けて回避した結果、頬を犠牲にしましたが。
これですか?! カーラの初恋の原因は!!
『大丈夫か?!』
オニキスの焦った声に、大丈夫と答えようとして、反射的にヘンリー殿下を抱きしめて横へ転がりました。
「ひいっ」
ヘンリー殿下が慌てて生垣の陰に隠れました。先ほどまでいた場所に、子供の背丈ほどの羽が突き刺さっているのに驚いたようです。
どうしようか迷っていたときに、「危険予知」と「傷害無効」を付与した甲斐がありました。抱きしめた時に、こっそりヘンリー殿下にも「傷害無効」を付与してあります。
『3羽は強制転移したが、まだ3羽いる。大きさの割に動きが早い!』
オニキスの前には、クマほどの大きさの小鳥じゃなくなった鳥がいました。魔物です!
何度か「カーライル」の時に見たことがありますが、魔物に変わる瞬間は初めて見ました。しかも同時に複数体現れるなんて。
1羽はドラゴンか! という勢いで火を吐き、もう1羽は風魔法で勢いよく羽を飛ばしてきました。横にステップを踏んで避けます。もう1羽は・・・
「きゃあぁぁぁ!」
ヘンリー殿下が生垣に絡まって・・・じゃない、絡みつかれていました。もう1羽は植物魔法が使えるのですね。
あー。体には「傷害無効」を付与しましたが、服にはつけませんでしたからね。なんかエロ本の表紙みたいになっています。私にショタ趣味はないので、萌えませんけど。
「殿下! 護衛は?!」
「撒いた!」
思わず舌打ちしそうになりましたが、その前に足元に忍び寄っていた生垣に気づき、風魔法で切り刻みます。あ、そうか。殿下にも「傷害無効」を付与したんでした。
先ほどの要領で、殿下に絡みついている生垣を魔物ごと、風魔法で切り刻みます。
「や~ん!!」
解放された殿下が、座り込んで自身をかき抱きました。無駄に女子力高いですね。
衣装はなるべく傷つけないように気を付けましたが、ごめんなさい。
『カーラ! それは火も使うぞ!』
オニキスは火を吹く1羽を倒したか強制転移したようで、羽を飛ばす方の魔物と対峙しています。
先ほどまで植物を操っていた魔物が、くわっと口を開けました。「傷害無効」で火傷はしないのですが、服は燃えるんですよね。
「殿下! 伏せてください!」
狙われた殿下の前に走り出て、半径3メートルほどの「炎無効」空間を展開します。熱を感じてしまうのは、術としてまだ未完成だから。
「さて、反撃しますか」
ブレスが終わる前に、土魔法で得物を作成します。「カーラの切りたいものが抵抗なく切れる」と「羽のように軽い」を付与しました。小心者なので「なんでも切れる」は恐いんですよ。
右手にあるのは、私に一番適性のあった武器、薙刀です。
ほんとは悪役っぽく、大鎌にしたかったのですが、思ったより射程が短くて断念しました。投げたら投げたで、戻ってきた鎌を怖くてキャッチできなかったのもあります。
薙刀を両手で持ち直し、上段に構えます。
じつは高校、大学では薙刀部だったんですよ。戦国アニメのわき役に憧れて、ついでに痩せればと思ったのに、所詮動けるデ・・・ぽっちゃりでした!
「はっ」
ブレスの終わりを待たず、空間に「足場」を付与して魔物の上に飛びます。そのまま重力に従って、魔物の中心をなぞるように薙刀を振り下ろしました。
あえいろ―和色-は造語です。侮蔑する呼び名は「混ざりもの」となります