反省しましょう!
「は? 私がですか? 本当に?」
思わず素で、父に訊ねてしまいました。
エンディアからここテトラディル領都まで馬車で1日ほど。2日ぶりに会った父が、王太子殿下の10歳の誕生パーティーに招待された、なんて言うんですよ。
この世界では10歳を迎えると大々的なお披露目をし、徐々に社交界に参入していきます。しかし私はまだ6歳。お呼ばれするには早いと思うのですが。
『国の連中はどうやらガンガーラへの抑止力として、カーラの存在を公にしたいらしいな』
ああ。だから父の機嫌が悪そうなのですね。
ガンガーラの国土半分を砂漠にした、夜の女神。彼女と同じ髪色の私の存在を知らしめれば、おいそれと戦争を仕掛けてこないだろうという。
ガンガーラは去年、一昨年は大丈夫でしたが、今年また干ばつに見舞われているようです。相変わらず国境は緊張状態なんですよね。
ん? でも待ってください。それだと私が追放されるのはガンガーラではないってこと? だってガンガーラに渡してしまえば、戦争の抑止力にならなくなりますよね。
「カーラ、私たちに拒否権はない。諦めてくれ」
別の理由でがっくりと肩を落とした私の様子に、勘違いをした父が申し訳なさそうに言いました。
『本命のお前を引っ張り出すために、王太子の誕生を祝うという名目で、王太子に近い年齢の5歳以上12歳未満の貴族の子供たちを集めるようだ。カーラの父はギリギリまで抵抗したようだぞ。』
オニキスが父から読み取れた情報を教えてくれました。父、頭の中は不満でいっぱいなんですね。
主催が王家ともなれば、ほぼすべての貴族の対象年齢の令息令嬢が参加しますよね。当然、攻略対象たちも。
ま、まさか! ここでカーラ初恋イベント発生ですか?! だって王太子の誕生パーティーに、第三王子であるヘンリー・モノクロード殿下がいないわけないですよね。
「悪いが明日には出立する。パーティー用のドレスはもう仮縫いまで済ませてあるから、あとは最終合わせだけだ。王都で仕上げる」
なぜ急に新しいドレスを作り始めたのか、疑問には思っていたんですよ。
いえ、決してマンゴーで頭がいっぱいだったわけではないのです。許可をもらったその日のうちに、苗を量産して、土壌改良して、手始めに30本植えて、水を撒いて、成長促進して、水を撒いて、あと1月くらいで実が生る位にして、貯水池作って、難民たちに手入れを頼んでいたからではないんです。
「わかったね? カーラ」
「はい、お父様」
嘘です。ここ1月くらい、マンゴーのことしか考えていませんでした。
父が私の部屋から出ていくのを立ち上がって見送り、扉が閉まったのを確認してから、がっくりと床に手をついて頭を垂れました。
『残念だったな、カーラ』
「いい。いいんです。美味しいマンゴーが食べられるんですもの」
さようなら。ガンガーラ移住計画。
こんにちはシナリオ。
『落ち込んでいるところを悪いが、「はつこいいべんと」とやらはどうするのだ?』
どうって・・・。惚れなければいい?
登場人物としての容姿に対するゲーム補正はあるようですが、オニキスと契約したり、セバス族兄妹を侍らせたり、好き勝手していても、特に何も補正される様子はありません。
強制的にシナリオ通りに補正される力があるのなら、すでに母は亡くなっているはずです。それはないですから、問答無用で好きになることはないでしょう。
私は起き上がり、先ほどまで座っていたソファに座り直しました。
「なんだ。簡単なことでした。よかった。よかった」
ほっとして、再びマンゴー畑をどうするか考えます。父も一緒に王都へ行くようですから、移動の間はカーライルとして活動ができません。薬屋もどうにかしないと。
「モリオン」
『はいっす』
とてとてと黒柴もどきが私の足元に寄ってきました。つぶらな瞳がかわいい。
ついモリオンを見つめたままでいると、いつの間にソファに乗ったのか、オニキスが音もなく私の横に伏せました。そして膝の上に顎をのせます。あぁ! 最上級にかわいいよ、オニキス!
遠慮なくオニキスをもふもふしながら、モリオンに視線を戻します。
「私に擬態できますか?」
『ちょっと待ってほしいっす』
うむうむと唸りつつ、モリオンが尾を追いかけるように回り始めました。
ぐるぐる、ぐるぐる・・・バターにでもなるつもりかな?
『ほいっす!』
掛け声とともに、黒柴もどきが一瞬で私になりました。
おぉ、優秀ですな。そっくりだと思います。精霊は精神生命体ですからね、決まった形はないと予測しましたが、当たりだったようです。
「すごい・・・!」
クラウドが目を輝かせています。おっと、なぜか寒気がしましたよ。
チェリは私に擬態して見えるようになったモリオンを、ぐるりと一周観察して頷きました。
「完璧です」
よしよし、これで問題は解決です。モリオンには私に擬態して、馬車に乗っていただきましょう。乗り物酔いする父は、王都に近づくまできっと騎乗するでしょうし、大丈夫だと思います。
「どのくらいもちますか?」
『半日はいけるっす』
十分です。さあ、王都に行く準備をしましょう。
オニキスとモリオンは、初めに与えられた姿を大事にしてますので、命じられなければ姿を変えることはしません。