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続々・残滓の浴(前)

ブクマ、評価、感想等、どうもありがとうございます!

じわじわとブクマ、評価が伸びているのは、皆さまの温かい応援あってのものだと感謝いたしております。

感想を連続でいただいて、テンションが上がったので、またまたその後的なものを投稿。




「あぁ・・・憧れの南国リゾートも、日常になってしまうと魅力が減退してしまいますねぇ」


 不快ではない程度に熱を孕んだ海風が通る、水上コテージのテラスの上。とう素材のデッキチェアへしどけなく体を預けて、何ともなしに海を眺めていたカーラが、気怠げに心情を吐露した。

 それを彼女の足元へ犬の姿で寝そべりながら聞いていた私は、壁際で視線だけあたふたし始めたクラウドをしっかり5拍は睨みつけてから、のっそりと体を起こす。主であるクラウドの周りで一緒にあたふたし始めたモリオンは、鼻で笑っておいた。


 この絶海の孤島で生活し始めてからというもの、カーラは薄い布地の「むぅむぅ(ムームー)」とかいう服を好んで纏っている。

 そして現在、横向きに寝そべっているため、服の材質からして必然的にはっきりくっきりしてしまうわけなのだ。豊満な胸の脇から細い腰、形の良い尻まで続く緩急の窮まった曲線が。


 その美をつい眺めてしまう気持ちは分かる。

 が、しかし。熱心が過ぎるから、主の言葉を聞き逃すのだよ。たるんでいるぞ、愚か者め。

 

 カーラの母国から逃亡して、そろそろ半年経とうという頃であるが、私としてはカーラの精神が意外ともった方だと思う。

 これまで、カーラの思惑はともかくとして。様々な困難に突っ込んでいったり、遭遇したり、呼び込んだり、巻き込まれたりしてきた彼女の経緯からしても、2か月にも満たないうちに興ざめするだろうと予測していたのだ。

 予測に反して半年ももったのは、前世もともとは怠惰だった性質が、不変的な平穏を好んでいるせいなのかもしれない。

 

「ねぇ、オニキス。まだ駄目なのですか?」

『駄目だ。』


 彼女にとっての普遍的な平穏の理想とは、幼少期から学園へ入学させられるまでの、テトラディル侯爵領で過ごした日々であるようだ。

 それはそれで波瀾に溢れた日々であったと記憶しているのだが、「終わりよければすべて良し」と早々に美化してしまっているところが彼女の美点であり、欠点でもあるな。故郷を懐かしく思ったことがないので、郷愁への共感はできないが、あの頃の方が周囲に面倒な人間が少なくて、楽だったようには思う。

 最も面倒かつ厄介な「狂乱の真白」に目を付けられてもいなかったしな。

 

 その「狂乱」であるが、やはりカーラを探しているようだ。彼女の母国では魔物による襲撃が増えているらしい。

 とはいっても「真白」たちが人を襲っているわけではない。

 カーラを探しだして会話することに固執している「狂乱」は、意識を乗っ取りやすい人以外の生き物への寄生を繰り返しているのだろう。そして勝手に追従してきた他の「真白」たち諸共に、「和色あえいろ」たちが喧嘩を売り。「真白」対「和色あえいろ」の魔物大戦争を、そこかしこで起こして回っているのだそうな。


 人間たちそっちのけで勃発するものだから予測がつかないし、対処が面倒くさいと、伯爵令息がぼやいていた。ついでに人へ寄生する「真白」の数が減ったことで、教会の影響力が失墜したと喜んでもいた。きっとこの機会を逃さず、教会へ追い打ちをかけてくれることだろう。

 教会が存在せずとも問題なく生活できることは、長らく留守にされたままのテトラディル侯爵領で実証済みだからな。それも民間医や薬師を保護し、育て上げたカーラの父君の手腕と、それに追随し秘密裏に援助した隣国ガンガーラの王の存在があっての話ではあるが。


 カーラの両親や弟君、ついでに王子たちにも、モリオンが実行した偽装を参考にした目くらましをかけ終えている。「狂乱」に目を付けられる前に済んだのは僥倖だな。


「モノクロード国外なら、どうですか? ガンガーラ―――は行ったことがあるからやめるとして、グレイジャーランド帝国とか?」

「そういえば以前、チティリ領へ行ってみたいと仰っていましたね。確か、温泉に興味が―――」

「温泉!!」


 ようやく状況を察したクラウドが相槌を打ち、それに反応したカーラが飛び起きた。そして先程までの死んだ魚のような目から一転、夜空に瞬く星の如き輝きを宿した瞳で私を見下ろしてくる。


『・・・北の帝国か』

「お願い。お願い。お願い。お願い。お願いぃぃぃっ!」

『・・・・・・・・・』




 うるうると瞳を潤ませ、ついでに胸の前で両手を組んで拝んでくるカーラの懇願を、私が拒否できると思うか?

 否。出来るわけがない!


 それにほどこしている「狂乱」対策が有効なのは、クラウドや残してきた面々で実証済みだ。

 今までカーラを母国の大陸へ行かせなかったのは、まあ、その、なんだ。もう少し蜜月の雰囲気を味わいたかったというか、なんというか。

 口惜しい事に、相変わらず体が溶けるのだよ。しかもいけそうな時に限って、クラウドがさり気なく邪魔をしに来るのだ!

 よって雰囲気だけ、な。

 ・・・・・・・・・くっ!


 と、言うわけで請われるまま、即座に転移をしてみた。

 グレイジャーランド帝国、チティリ領。ついでに温泉の気配が濃くて、周囲に人の気配がない場所へ。


「・・・・・・・・・暗い。」


 夜だからな。

 私としたことが、母国のある大陸と、絶海の孤島では昼夜が逆であるのを失念していた。


「・・・・・・・・・寒い。」


 そう言えば、真夏でもそでが無いと肌寒く感じる地域だったな。今日は様子見のつもりだったので、絶海の孤島でくつろいでいたままの服装で連れて来てしまった。


 丁度いい。

 「カーラが体調を悪くする前に」とか理由をつけて、さっさと帰ろう。

 そう考えた私が提案する前に、カーラは少し離れた所に見える光源へ向かって走り出した。


「温泉!!」


 カーラが目指すそこには、それぞれに白で横向きの楕円と縦に3本の波線が描かれている、赤と青の2枚の布地がはためいていた。篝火に照らされるそれには縦に切り込みが入っており、その隙間から、この世界では目にした覚えの無い建具を窺い見る事ができる。そう大きくはなさそうな建物の形状は、カーラの記憶にある日本家屋を彷彿とさせた。


「1時間後にここで! オニキスとクラウドは青い方へ入ってね!」


 カーラは早口にそう言うと、赤い布の方へ滑り込んだ。

 彼女の記憶によると「暖簾のれん」と言うらしい2色の布の前で、私は共に残された隣のクラウドを見上げる。ちなみにモリオンは、転移してすぐにクラウドの影へ潜ってしまった。どうやら先程の睨みが、関係の無いモリオンを怯えさせてしまったようだ。

 私が不甲斐ない主を持つモリオンへ同情だけしていると、クラウドが赤い暖簾の奥を透かし見ようとするような視線を向けながら、嫌そうに口を開いた。


「・・・・・・・・・どうします?」

『隔てているのは壁1枚だ。ここで待つより、カーラの指示通り中へ入った方が、近くて守りやすい』


 カーラの言った「温泉」とは、天然に湧き出た温水の事を指し、広義ではそれを利用した浴場が存在する一帯の呼称でもあるらしい。

 つまりこの建物こそが、カーラの興味を惹いた「温泉」その物であり、浴場であるという事だな。よって異性であるクラウドと、共湯がまだ解禁されていない私は、カーラと一緒に入浴する事ができない。


 カーラの姿が見えないからだろう。不安気にそわそわし始めたクラウドを伴い、私は青い布地の掛かっている方の建具をすり抜けた。

 入って正面には、履物をしまうように書かれた棚があり、手前に腰を下ろすのに丁度よさそうな段差がある。それを抜けるとまた建具があり、その向こうにはベッドを5つも入れたら足の踏み場もなくなる程度の部屋があった。

 壁や中央に棚が設置してある様相は、まるでカーラが通っていた学園寮別館の風呂の脱衣所のようだ。


「これがチティリ領の公衆浴場・・・あぁ、成程」


 壁へ掲示してあった利用法らしい文章にさっと目を通したクラウドが、これまた手早く服を脱ぐ。そして備え付けの、まるでカーラが海水浴をする目的で作り出した「水着」の男性用のような形状の、「湯浴衣ゆあみぎ」へ足を通した。

 クラウドの裸体など見たく無い。視線を意図的に外す目的で何ともなしに読んでいた利用法には、それを着用の上で入浴する事、と書いてある。腰の紐を引いて結わえ、脱げない様にしたら準備完了だ。

 精霊であり、実体化していない上に犬の姿な私には無用なので、従う気は無いが。


 壁の向こうのカーラが、建物の奥へと移動して行くのを感じ取り、私はそれに合わせて足早に向かう。すると、こちらも察したらしいクラウドが奥の建具を開けた。

 そこは意外にも屋外で、呆気に取られた私とクラウドは数歩進んだ先で立ち尽くしてしまった。


続きは明日。お読みいただき、ありがとうございます!

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