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残滓の浴

更に続いてみた

 




『おはよう、カーラ』

「お、おはようございます。オニキス」


 普段、カーラが目を覚ますくらいに日が昇ってから彼女の眠りを解くと、全くまどろむことなく、ぱちりと紫紺の瞳が開いた。しかしその瞳は、枕もとへ寝そべる私の姿を捕らえてすぐ、逸らされてしまう。

 ちらりとこちらを盗み見ては、また逸らしてしまう彼女の精神はひどく乱れているが、それらのほとんどは嫌悪や落胆ではなく、羞恥と謝罪であった。どうやら行為の途中で眠ってしまった事を、申し訳なく思っているようだ。


 事実とは異なるが、だからと言って私の事情を説明するのもはばかられる。よって思考を反らすことにした。

 私はベッドの上で立ち上がると、窓辺の小さなテーブルセットへ鼻先を向ける。そちらへ何の気もなしに視線を移したカーラの腹が、くう、と可愛らしい音をたてた。

 テーブルの上に並んでいるパンやスープに食欲が刺激されたらしい。


 思惑通り、カーラの思考が食欲へ染まったことにほくそ笑みつつ、それが微塵も現れない犬の姿に安堵を覚える。

 今、人化していないのは、決して怖気づいたとか、精神的に痛手を受けているとか、そんな理由では無く。全く無く。朝から盛るのもどうかと思ったからだ。

 カーラの心情をおもんぱかっての事なのだっ!

 

 ・・・・・・・・・・・・あぁ。

 テーブル上の食事は、残念ながら私が用意したわけではない。

 昨晩、伯爵令息に付けた分体を通して受け取って、異空間収納へ保管しておいた物だ。便利なことに収納している間は時が止まるため、朝食は出来立ての状態であり、食欲をそそる香りが湯気と共に広がっている。


 連絡用の分体を付けるにあたって伯爵令息を選んだのは、カーラのとりまきの中では最も大きな精霊であるトゥバーンに寄生されているからに他ならない。

 あれなら一飲みにされるにしても「狂乱」への負担も相当のものになるだろうし、無抵抗のまま、むざむざとやられはしないだろう。と、いうわけだ。その宿主である伯爵令息も、一等、カーラの意思を尊重した行動をとるだろう人物であるし、な。

 

「オニキス、ありがとうございます! いただきます!」


 瞬時に飾り気のない普段着へと着替え、髪を申し訳程度に整えたカーラが、いそいそと席に着く。そして用意してあった濡れた布巾で手を拭いて、嬉しそうに両手を合わせてから食事を始めた。

 カーラは優雅に食事を摂りながら時折、私へ感謝の念がこもった視線を向けてくる。朝食の品に彼女が学園へ通っていた間、好んで注文していたものが多いからであろう。


 出どころを正直に話してもいいが、しばらく母国へ近づくことのできない彼女に里心がついてしまうのは酷だ。よって手柄を横取りしてしまった後ろめたさを、彼女の視界から逃れることで緩和しつつ。早々に伯爵令息へ、あちらから探られないような、完璧な偽装を施してやろうと決めた。

 弟君や、カーラの父母の次に、であるが。


「?・・・?!」


 食事に夢中になっていたカーラが、ベッドの上から私が消えたことに気付く。そして定位置である足元にいることを確認し、安堵の表情のまま窓の外へと顔を向けて・・・息を飲んだ。

 そのまま硬直していたが、すぐに食事を再開する。しかしその手が見苦しくはない程度に、早まった事に気が付いた。普段、食事の時間をゆっくり楽んでいるだけに珍しい。

 疑念のままに彼女の思考を探れば、ふわふわと楽し気な喜びが伝わってきた。どうやら窓の外に広がる「南国りぞぉと(リゾート)」のような風景に、心が躍っているらしい。


「んっぐ。ごちそうさまでした!」


 珍しく最後の一口を紅茶で流し込んだカーラが、何やら手元で作り始めた。私は空になった食器類を伯爵令息へと送り付け、彼女の向かい側の椅子へと腰かける。

 あーでもない。こーでもない、と悩みながら、1刻ほどかけてカーラは植物魔法でいくつかの布地を作り出した。

 

 黒や白、繊細な花柄等、様々なものを作り出しているが、それにしてもこの異様に小さな布を何に使うのであろうか。

 いつも通り自然にカーラの思考を覗こうとしたら、珍しく妨害された。驚愕して目をやった私へ、頬をほんのり染めたカーラが上目遣いで言った。


「えっち」

 

 いろんな意味で衝撃を受けた私の毛が逆立った。

 たぶんこれが欲情と言うものだろうという得心の後にすぐ、カーラからの軽い拒絶を感じて傷心する。元に戻った毛と共に力なく垂れた頭を、カーラが笑いながら撫でてきた。


「今、着て見せますから、そんな落ち込まないでくださいよ」


 カーラが力をふるった気配がして、顔を上げて、椅子から落ちた。

 起き上がろうとしても足が震えてできなかったので、這いつくばったままに彼女を目で追う。私の姿を見て、いたずらが成功したという様に笑い、カーラは軽い足取りで姿見の方へと歩いて行った。


「ほわぁぁぁぁ! さすがカーラ! やっばい! こことか、こことか・・・あ、ムダ毛出てないよね? 女子はわき毛生えないって、さすが乙女ゲーム! でも下は生えるんだよねーって、グラビアポーズか!」

 

 かなり気分が舞い上がっているらしいカーラは、少ない布地の、心もとなく彼女の局部を覆っている部分へ、躊躇なく手を突っ込んだ。更なる震えに襲われる私の前で、柔らかく形を変える胸の、その先端の位置を修正し、艶めかしい曲線を描く尻を突き出してまた、両端から布地へ指を突っ込んで引っ張り、鏡に向かってしゃがみ込んで股を開いた。


 溶けてもいいだろうか。

 というか、すでに一部溶けている。


 そんな息も絶え絶えな私の前で、カーラは次なる布地へと着替えた。先程の真黒なものとは違う、黄色でひらひらとした装飾の付いたものだ。


「おおぉぉぉ! ナイスバディは何を着ても美味しそうっすな! あ・・・でもこれだと、下乳がはみ出ちゃう」


 掌でぽよぽよと下から胸を持ち上げていたカーラが、次なる布地へと着替えた。今度は花柄で、今までのものより布地の面積が大きい。


「ふむ。ワンピース水着もいいけど、やはりカーラのプロポーションならビキニだよね!!」


 速攻でまた、面積の少ない布地・・・水着と言うらしいものへと着替える。今度は・・・今までに無い心もとなさすぎる布地の面積に、私はついに目をそらした。


 最近はずいぶんましになってきてはいたが、前世の28年に及ぶ記憶がしっかり残っているせいなのか。カーラはこうして、自分の体を他人事のように楽しむ癖がある。

 ここには他者の目が全くないのもあると思う。この場合、普段から着替えの場へ同席している私は数に入らないらしい。

 全裸は駄目でも、あんな・・・局部しか覆っていなような水着を纏ってさえいれば、羞恥を感じないのか。これには前世の常識による影響もあるようだが。


 だが! だがな!

 もう少し、私を意識してくれてもいいのではないだろうか!!


 そんな不満を抱きつつ。案外、役得なのではないかという事に気付いて、口をつぐんだ。

 その後、昼食の時間が近づいて再びカーラの腹が鳴るまで、私の僥倖と苦行は続いたのだった。



「浴」は海水浴の「浴」。泳いでないけど。

あまりの暑さに夏思考になったので。

カーラにビキニを着せたかったのもある。


皆さま、熱中症と夏バテにお気をつけて、過ごし下さい。

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