残滓の欲
蛇足。
題名からの予測通り、オニキス目線。
とんずら直後です。
あちらの世界に体が無いため、正確に把握することは難しいが、それでも目立つ大きさの真白である「狂乱」の気配が近づけばわかる。
問題なのは、気付いたころには遅いという事だ。
「狂乱」は私の中の「悲嘆」に執着し、また他者の消滅を気に病むくせに、自身の身の安全には頓着しない厄介な奴だ。まぁ、簡単に消滅するような大きさでもない、というのもあるとは思う。
今はカーラに興味を示し、また会話をする機会を狙っているためにそう易々と消滅してはくれないだろう。だがカーラに寄生した結果が消滅であったとしても、仕方がないと割り切っている節がある。
執着したものへ捨て身で向かっていく純粋さは、それを受け入れられない対象側にとって、狂気の沙汰でしかない。
所詮「すとぉかぁ」というやつだ。
『限界だ! 行くぞ! カーラ!』
「へぇっ?! ちょっと?! あの! では皆さま、ごきげんよ」
名残惜しげな王子と伯爵令息の羨望に満ちた視線に優越感を抱きつつ。すでに絶望が浮かびつつあるクラウドの、濁った茜色の瞳に身の毛がよだった。
できる事ならば蜜月よろしく、1年くらいカーラと2人きりで過ごしたかったのだが、あの様子を見るに、やはり3日で我慢するほかないようだ。
クラウドは確かにカーラへ好意を抱いているが、いまやそれが歪んだ忠誠心へと変化しつつある。変に拗らせて私を有害なものとみなし、排除しようと考え始めたら面倒だ。
返り討ちにして終いにすることは容易いが、それをすれば確実にカーラが気に病み、私との関係に軋轢が生じてしまうだろう。彼女に嫌われてしまいそうな事はしない方が無難である。
「うっぐおぉぉぉ! 眩しい! 今日は瞳に優しくない事が多すぎる!」
悶々と3日しかない蜜月の使い方へ考えを巡らせる私の横で、カーラは顔を両手で覆い「目が~っ!目が~っ!!」と、何となく楽しそうに身をよじらせている。そんな彼女の頭の中では、前世の記憶から掘り出したらしい、もの悲しい歌声が再生されているのだから、楽しいのか悲しいのかよくわからない。
ただ、黒として、精神を繋げなくてとも感じ取れる負の感情が全くないので、気を遣う必要はないと判断した。
さて。
元いた大陸からはかなり離れたのだが、そうするとどういう訳なのか、あちらの世界とも遠くなるという不可思議な現象が起きた。しかし特に問題ないどころか、思わぬ好条件なので良しとする。
ここは随分前になるが、流刑地を探していたときに見つけた、大海の直中にある無人島だ。
絶海の孤島かつ断崖絶壁な流刑地の方は、こっそり活用中である。したがって、こちらはそれよりは小さいが砂浜のある、カーラ曰く「南国りぞぉと」のような島の方だ。
そんな真昼間で太陽が燦々と輝くこの島へ、深夜であった大陸から転移で連れてきたために、カーラは目を眩ませてしまった。もうそろそろ目が慣れる頃だとは思うが。
私はうめき声に笑い声が混じり始めたカーラを、静かに見下ろした。
「・・・オニキス?」
気配の変化に気付いたカーラが手を顔から離して、自らの足元を見、次いでこちらを見上げる。
その顔が驚愕から羞恥へと変化し、彼女の頭の中が私でいっぱいになった事に、魂がぎゅっと握られたような苦しみと、言いようのない幸福感が生まれた。精神に引きずられて、自然と私の表情が変化するのを自覚する。
カーラや他の人間たちを参考にして感情と表情が連動するようにはしたが、人の体を細部まで再現するのには、なかなかに骨が折れた。この比喩の意味を真に理解できたほどに。
記憶にある人物や生き物等を写し取って真似るのは簡単なのだが、私のこの姿はカーラの好みを調査し、凝集したものである。よって笑顔ひとつとっても、さまざまな状況に応じて細かく変化するよう、苦心に苦心を重ねて創りあげたのだ。
「はあぅっ」
カーラの反応を見るに、どうやら上手く笑えているようで安心する。その結果として彼女を「悩殺」できたのは、嬉しい誤算だな。
『カーラ』
紅潮した彼女の頬へ手を伸ばし、そっと触れる。そのまま輪郭を辿るように撫で下ろせば、カーラが小さく震えた。
やや潤んだ紫紺の瞳に浮かぶのは、見慣れない人の姿への恐怖ではなく。喜悦、愛念、懇願、そして微かな、欲情。
彼女のそれに呼応して、私の体の一部が熱を持ち始めた。
精神生命体である精霊に、実体はない。そして性別もない。よって欲情による体の変化も知らない。
ただ、それを制御することにクラウドが苦労していたのは知っていたので、だったら対象と呼応させてしまえば簡単だと閃いた。
そんなわけで私に付いている、人の生殖行為に必要な肝心の生殖器は、カーラの昂りに呼応するようにしてある。
誰のなにを参考にしたのかは、墓まで持って行くべき重要機密とする。
カーラの頬へ添えてあった手を、ゆっくり這わせながら首の後ろへと移動させていく。もう片方の手は、彼女の細い腰へと回した。
ぐっと力を入れて引き寄せると、何の抵抗もなくカーラの体が私の腕の中へと納まってくる。意図せず、大胆に開いたドレスの胸元から、白く豊かな双丘が垣間見えた。カーラを抱く手へさらに力を加えれば、私の胸へ押し付けられたそれが、何とも言えない感覚を伝えながら形を変えた。
知らず、ごくりと喉を鳴らしてしまった。
精霊は元が精神生命体であるため、体を維持するための呼吸も心拍も必要ない。勿論、唾液も必要ないのだが、そのどれもが無いと不気味に感じるらしい。カーラの無意識下に微かな怯えを感じ取ったため、犬の姿であった時から再現するように努めている。
あぁ、あと瞬きも。
「・・・オニキス」
やや掠れた声で私の名を口にしたカーラが、目を細める。こちらを見上げた際に、私の背後にある陽が目へ入ってしまったようだ。
私は体を少しずらして、カーラが私の影へ入るようにする。ふわっと安心したように笑った彼女が力を抜き、私へ体を預けて瞳を閉じた。
これは・・・あれか。誘っているのか。
口付けを。
つい、また喉を鳴らしてしまった。必要ないはずの心拍が早まり、呼吸が乱れる。私の呼気が口元へ触れただろうに、嫌がる素振りもないカーラに気を良くして、さらに顔を寄せる。
重ねた唇は記憶通りの柔らかさで。
記憶に在るより甘く感じた。
私の味覚など真似事でしかないのだから、つまり快感を覚えたと言うことなのだろう。
もう一度・・・と、離しかけた顔を寄せようとして、先程まで騒がしかったカーラの精神が凪いだ事に気が付いた。
『カー・・・』
「くぅー・・・ふすー・・・」
『―――――――――くっ!』
・・・・・・・・・む、無理もない。
ここは真っ昼間と言うに相応しいほど高い位置で太陽が燦然と輝いているが、つい数刻前までいたカーラの母国は日が変わった頃である。ということは、カーラの体内時計的には深夜なのだ。
規則正しく生活し、特に夜は小腹が空く前に寝ると決めている彼女が睡魔に負けるのは道理であろう。
今日は・・・もう日付も変わったが、いろいろあって心労も溜まっていただろうし、な。
私はカーラを横抱きにし、密かに建造しておいた「水上こてぃじ」なるものへと転移した。
ここにはカーラの寮の自室に似せた配置で、南国風に改変した家具が設置してある。全く同じでは芸がないため、彼女の前世の記憶を参考に造り上げたのだ。
ちなみに海岸には「まいあみ風の別荘」と、「おぅしゃんびゅぅホテルの最上階」に似せた建物もある。どこでカーラと致そうか、悩むところだな。
カーラが目覚めた後の事を考えたら、再び心拍と呼吸が乱れ始めた。
つくづく、クラウドの自制心に感服する。そして同情も。
するだけだが。
深く、夢さえ見ないほどにぐっすり眠ってしまったカーラを、丁寧にベッドへ横たえる。すると一瞬、息を詰めた彼女に眉をひそめられ、そう言えばドレスのままであったことに気付いた。
私と同じ名の石が胸元へ縫い付けられた、カーラの魅力を最大限に引き出された、黒のドレス。
『・・・・・・・・・・・・・・・』
駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だっ!!!!!
そ、そんな、眠っている間に、服を脱がすなど不埒な・・・いや、しかしこのまま寝かせておくのも可哀想ではある・・・よな?
そっと、カーラの体を横向きにし、背中の腰近くで結わえられているリボンに手を伸ばし―――。
「う・・・ん?」
『!!!!!!!!!!!!』
硬直した私へ、にへらっと無防備に笑ったカーラが、頭の中で「なんちゃらパワー! 以下略」と唱えた。瞬時に普段通りの寝巻き姿に変わり、身に付けていたドレス等が彼女の影へと収納される。
再び穏やかな寝息をたて始めたのを暫く眺めた後に、ようやく詰めていた息を吐いた。
焦ることはない。まだ3日あるのだ。
ひとまず落ち着こう。
私は自分へそういい聞かせて、いつもの犬の姿になり、いつも通りに彼女の枕元へ体を伏せた。
続く・・・かなぁ?




