現実を受け入れましょう!
残酷描写あり。注意。
毎度お馴染みの金曜日にいらっしゃった方は2話お戻りください。
なかなか難しいな・・・と、考え込んでいたら、アークティースがまたまた私を持ち上げてくれました。
宙ぶらりんも3度目なら慣れたもので、脱力してされるがまま状態の私の前へ、アークティースが顔を寄せてきます。その、いい事思いついた! とばかりに輝く銀の瞳に、ものすっっっごく嫌な予感がして、鳥肌が立ちました。
『お前がやればいい』
「え。やめてください! 私には無理ですよ!」
『確か黒である深淵は人の負の感情が読めたな。であれば、契約者を選別するには適任ではないか』
「いやいやいや! 貴方、さっきまで消す気まんまんだったじゃないですか!」
『そこは・・・まあ、互いに触れぬよう注意すれば、百年くらいなら何とかなるであろう。最悪、深淵が消えるだけだ』
「でもでも! 私はただの人ですし・・・そう! 寿命だってあるのですから、いつか老いて死ぬのです。精霊の声が聞こえる者は稀だそうですし、私が生きている間しかできないなんて、意味がないではありませんか?」
ほら、無理でしょう?! と、笑いかけたら、蛇がぼそりと何やら呟きました。
『なんだ。そんなことか』
「ぎゃわっ?!」
ね? 今、惜しかったと思いませんか? もうちょっとで「きゃあ」だったと思うのですよ。
急にアークティースが目から閃光を放ちまして。リアル「目が~っ!」状態の私は、現実逃避をしながら視力の回復を待ちます。なかなか見えるようにならないことに苛立ち、瞬くたびに滅びの呪文を唱えていたら、アークティースの舌打ちが聞こえました。
まさか効果あり?! と、わくわくし始めたところで、突然視界が開けました。
『カーラ!』
「・・・はい?」
切羽詰まった様子のオニキスに名前を呼ばれ、状況を読み込めないながらも返事をしてみました。
『大丈夫か?!』
「え?・・・あぁ・・・はい」
心配そうに私を見上げるオニキスの頭を撫でながら、不審がられないよう、視線だけを巡らせて周囲を確認しました。そんな私の前方では、相変わらず光教会信徒と魔物の戦闘が続いています。
その中にあの昭和初期電柱もどきの蛇もいて、銀髪の使徒を相手に戦っていました。
あら?
先程のあれは、俗に言う「夢オチ」ってやつですかね?
やけにリアルな夢だったなと、思いつつ。立ったまま寝るとか、かなり器用なことをやってのけた自分に笑いが込み上げてきます。
しかし現在の緊迫した状況で笑いだして、空気読めない子扱いされたくはないので、片手で口を押さえてなんとか耐えました。
そんな私の足元で、オニキスが私の全身を舐めるように見回しています。するとすぐに、ある一点。私の胸の辺りと言うか、正確にはその向こうを透かし見るように凝視したの後、怒気も露に戦いの場へと向き直りました。
『狂乱! これはお前の仕業だな?!』
オニキスが肌を震わすほどに大きく吠えて、驚きのあまり目を伏せ、耳を手で塞ぎます。その途端に地面が地響きと共に大きく揺れ、軽くよろめいた所をクラウドに支えられながら顔を上げました。
「っ!!」
先ほどまでとは打って変わった目の前の光景に、思わず息を飲みます。私って、驚きすぎると悲鳴どころか、逆に声が出なくなるたちなんですよね。
軽く現実逃避する私の目前に広がっているのは、前世の建設現場で見たような、鉄筋が乱立している光景です。その中から呻き声が漏れ、さらに肉が焼ける匂いが漂い始めました。
レオンが口笛を吹き、ヘンリー殿下が感嘆の声を上げます。
「すごいな! 動きを封じ、損傷を与えつつ、失血死を避けるとか。なかなかに悪どい」
標本の虫のように地面へ張り付けられた人々の、鉄筋が突き刺さっている部分から上がる煙と、ジュウジュウという音から、それが熱を帯びていることがわかります。しかも肉を焼くほどの高温に。
充満する匂いの正体を知ってしまったために酸っぱいものが込み上げてきましたが、息を止めて耐えます。気をそらすためにレイチェル様をチラ見したら、彼女はメディオディアに目隠しされていました。
グッジョブですよ! さすがに貰い放送自粛は避けたいですからね!
私はこっそり自分の「吐き気」を状態異常とみなして解除します。平気になったわけではありませんが、切羽詰まった状況からは逃れられましたよ。
『やっとわかったのか。遅かったな、深淵。もうこの体は用済みだから、好きに殺せ』
『阿保か! 自由にしてやるわけ無かろうが! お前と同居など御免だからな! カーラも渡さん!!』
対象は「月華」の主であるアリエスクラート卿と教会信徒に限定され、器用にも魔物たちを避けて乱立している鉄筋ですが、昭和初期電柱もどきの蛇は除外されなかったようです。しっかりと地面へ張り付けられていました。そちらを睨みつけるオニキスの足元から、どす黒い影が広がっていきます。
『げぇっ! おい! 落ち着け、オニキス!!』
『ちょっと! やめて!』
『あわ・・・あわわ・・・』
影から逃れる為でしょう。その侵食方向にいたレオンを、宙に浮いていたトゥバーンが慌てて抱き上げました。フランツ王子殿下もフレイによって同様に宙へ浮いています。気絶寸前っぽいモリオンは、見かねたクラウドが片手で持ち上げて小脇に抱えました。私より後ろへは影が広がっていないようで、ヘンリー殿下とメディオディアに慌てた様子はありません。
私と、その真横に居るクラウドの足は、例の影の上にあるのですが、大丈夫でしょうか。
『十分、落ち着いている。喰う相手は選ぶから安心しろ』
明らかに目が据わっているオニキスが、時折低く笑いながら鉄筋群の方へと影を伸ばしていきます。それを見守る、困惑顔の人間たちと、完全に怯えきって動けなくなっている精霊たち。
そんな温度差を気にもとめず、蛇が軽い口調で言いました。
『そう腹を立てることか? お前のように、記憶を消したのでも、契約を消したわけでもなし。ただ永く生きるようにしただけだろうに』
『カーラの「寿命」と「老化」を消去しただろう! 人として生きる道を断っておきながら、何を言う?!』
「・・・・・・・・・え?」
ガビガビに毛を逆立てて蛇を怒鳴りつけたオニキスの台詞に、茫然とします。普段からオニキスの声が聞こえるクラウドだけではなく、その他の面々が私へ視線を向けたことから、皆にも聞こえたのだという事がわかりました。
なん・・・?
それって、つまり、あれかい?
世の権力者が欲して止まないと言う、禁断の野望。
「不老不死?」
『まさか! 予はお前の体から「分裂限界」を消しただけ。「死」はこの界における、全てのものに関わる理ぞ? 異界の理に触れるような、そんな大それた事はできぬ』
ん? ん? ん?
あー・・・えっと・・・つまり。
私から「寿命」と「老化」が無くなったのですから、この場合の「分裂」は「細胞分裂」のことでいいのでしょうか? そんでもって、細胞分裂に回数制限があるから「老化」するっていう説の、その回数制限を取っ払ってしまった・・・と。そうなると「老化」しなくなるわけですから、副産物的に「寿命」も無くなる。そう言う事なんですかね。
十分に大それたことをしでかしてくれやがったと思うのですよ。私は。
しかし・・・こんな場面で前世の院長先生が力説していた、毛母細胞についての考察が役立つとは思いませんでした。彼の毛母細胞であれば渇望した結果を得たことになりますが、私の体を構成する細胞にそんな大それた機能は必要ありません。
助けを求めるようにオニキスを見下ろしたら、それに気づいてくれたのか、ハイライトの消えた瞳だけをこちらへ向けてくれました。
若干・・・う、嘘です。かなり怖い!
「あの・・・オニキス」
『真白の消去は不可逆的な能力だ。一度消されたものは戻らん』
「あの・・・でも」
『・・・我にカーラの死期を設定しろと?』
ビクビクしつつも声を掛けたら、私の思考を先読みしたらしいオニキスに、一蹴されてしまいました。
そうですよね! 自分でも死期を設定したくなんてありませんし、老け方なんて想像もできません。周囲の「今度は何したの」と言わんばかりの視線が痛い上に、改善策も見当たらなくて、情けなくも涙目になってきました。
そんな何とも言えない空気の中。確実に空気が読めない・・・というか読む気もなさそうな蛇が、串刺しにされているにもかかわらず、陽気に笑います。
『はっはっはっ! 案ずるな、異質な娘。予が飽きるまでは、話し相手になってやろう』
『塗りつぶす! 絶対に、完全に、跡形もなく塗りつぶしてくれるわ!!』
不安しかない蛇の物言いに絶句し、さらに涙目になってしまいました。その私の足元で、鼻息荒く牙を剥き出しにしたオニキスが圧迫感を増していきます。それと共に、周囲へ広がっていた影が蛇へと集束しました。
再び、皆がかたずをのむ中。突然、カラスもどきが野太い鳴き声をあげました。
『待って! 藍海松茶様!』
細胞の不死化だけでは、
ゲノムの損傷や、複製時のエラー等でガン化し、えらい事になるので
オニキスさんがこっそり
カーラさんの「不老」をサポートしたりします。
首ちょんぱされたりすると死んじゃう状態ですが
オニキスさんがいる以上
「不死」にも限りなく近いと思われます。
オニキス「いーぃ仕事してますねー(棒)」




