残滓の宝
閑話です
私の相棒、カーラは異世界からの転生者だ。
だからなのだろう。その知識の中には見たこともない、一見して異世界のものとわかる事象が多々ある。そしてそれらは私の力を有効利用するのに、かなり役立っている。
転移や、異空間収納、数々の攻撃魔法。とても魔法のない世界のものとは思えない、物語の数々にヒントはある。それらを元に、カーラが眠ってしまった後、力の行使を練習をする。努力は見せない。できるものが時々見せる努力が魅力的なのであって、日々の努力を見せてもありがたみが失せてしまうからだ。
言葉遣いもそうだ。私になじんだ一人称は「私」だが、カーラの好みを推察するに「我」のほうが「かっこいい」らしい。だから「我」と言う。
愛される努力は惜しまない。
『むむ・・・』
現在はカーラの湯あみから追い出された原因に対処している。彼女の髪を使った人形だ。この人形がなぜカーラの成長した姿をしているかというと、彼女のなかに幼い子供の人形に対する恐怖を感じたからである。
彼女は味気ない緑の服を着せて満足しているようだったが、私は納得していない。せっかくカーラそっくりに作ったのだ。好みの服を着せたい。
「な、な、なにを・・・」
クラウドが顔を真っ赤にして、人形を指さしている。ちっ。面倒な奴に見つかってしまった。チェリはカーラの湯あみについているので油断していた。
『許可なく見るでない。このむっつりすけべが』
人形の服で満足に作れたのは、今のところ下着のみ。だから人形は下着姿だ。クラウドは顔を赤くしながらも人形から視線を外さない。これだけしっかり見てしまったのなら、告げ口はすまい。いっそ巻き込むか。
『お前ならどんな服を着せる?』
相変わらず赤い顔をしながら、クラウドの視線がさまよう。考えているようだ。
『こうっすね!』
クラウドの思考を勝手に読んだモリオンが、植物魔法を行使する。これは・・・クラウドたちを拾った日に着ていたドレスではないか。動きやすいように最低減の装飾しかされていない、カーラの瞳と同じ紫紺のドレス。意外に細かく再現できている。
『なんのひねりもないな』
だが、あの緑の服よりいい。いそいそと人形を異空間収納にしまった。もう湯あみが終わるころだろう。カーラに人形を見られても困ることはないが、服装が変わったのは見られない方がいい気がする。
~十数日後~
「それは、なぜまた服を着ていないのですか?」
クラウドが眉を寄せて、私の手元にある人形を指さした。頬をやや赤く染めて、人形を凝視している。
こいつの気配は黒の主であるせいか、わかりにくいな。嫌いな「色彩」たちならすぐにわかるものを。
『飽きたからだ』
紫紺のシンプルなドレスもいいが、そろそろ服を新調したい。
『こうっすね!』
またもモリオンが勝手にクラウドの思考通りの服を着せた。またカーラの瞳と同じ、紫紺のドレス。しかし前回と違い、裾が膝上と短い。
『ならばここをこうしよう』
ドレスはそのまま、「ぱにえ」を履かせてスカートを膨らませる。そして「にーはい」という白いものを履かせた。カーラの記憶によると、この「ぜったいりょういき」なるものがたまらないらしい。襟元を白いレースで飾り、同じ質感のヘッドドレスも付けた。
「あ・・・」
『主、鼻血が出てるっすよ!』
モリオンがクラウドの足元で跳ねている。下着姿ではなく、服を着せた方が興奮するとは。クラウドの視線から隠すために、人形をいそいそと異空間収納にしまった。
~十数日後~
「またですか」
『嫌なら見なければいい』
また気配に気づけなかった。いや、こいつは意図的に気配を消しているのではないか?
「べつに嫌なわけでは・・・」
それはそれで問題発言だと思うぞ。
『こうっすね!』
フライングぎみにモリオンが植物魔法を行使する。だが変わったのはドレスではなく、下着だった。心なしか透け感があるような。
「っ!っ!!」
『主、鼻血が出てるっすよ!』
お前のせいだよ、モリオン。思春期の少年をもてあそぶとは。とりあえず人形に元のドレスを着せて、異空間収納にしまった。
「おやすみなさいませ、カーラ様」
「クラウド、チェリ、おやすみなさい」
兄妹が礼をして隣室にさがる。ベッドに入ったカーラが、私に向かって両手を広げた。
「来て、オニキス」
拒む謂れもないので、素直にカーラのベッドに上がる。小さな手でたしたしと示されたカーラの傍らに体を伏せた。
「ふふ。幸せ」
すり寄ってきたカーラが、私の胸元に触れながら笑う。ぎゅっと魂が握られたような感覚がして、妙に愛を囁きたくなった。
「好きだ。カーラ」
偽りではないが、本心より程度の低い好意を口にした。本心のまま「愛している」と言っても、カーラは受け入れてくれるだろう。だが、まだその時ではない気がする。彼女の好意が、私のそれに近いものになってからにしたい。
カーラはさらに笑みを深めると、私の目元に口づけを落とした。
「私も好きよ。オニキス」
あぁ・・・この時間を至福というのなら、カーラは私の至宝だろう。大切に、大切に、しまい込んでしまいたい。けれど、それでは私の愛するカーラは壊れてしまう。だからこのまま、この穏やかな時間が少しでも長く続くようにと願う。
カーラを真似て鼻先を彼女の目元に押し付けると、彼女はぎゅっと私を抱きしめた。